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第二章 世はまさに、配信戦国時代!

「四百九十二、四百九十三……」


 夜の暗い森にキタガワの荒い息と、そして数字を数える声が響く。茶色の簡素なシャツに膝までの皮のズボンを履いた彼女が両手で抱えていたのは、自らの身体よりも遥かに大きなゴツゴツとした岩であった。


「四百九十九……ごひゃく!」


 ドン!

 ベコォ──

 五百まで数え終えたキタガワが巨大な岩を地面に放り投げると、その衝撃で地面が大きくくぼむ。


「ふうl、今日はこのぐらいにしておこうかねぇ」

「精が出るね、キタガワ。はい」

「おっ、気が利くねぇ」


 寝巻き姿のマネージから青い手ぬぐいを受け取ると、キタガワは全身にかいていた大汗をそれで拭き取っていく。


「しかし……」


 マネージが不思議そうな顔をして言う。

「君の世界では、これが戦闘の訓練なのかい?」

「ああ。ウェイトトレーニングって言ってな。戦うために必要なものはまず筋肉だ。その筋肉を育てるには、こうやって身体をイジメぬいて、そして筋肉を一度壊すのさ」

「そんなことをしたら、筋肉が弱くなってしまわない?」

「いや、人間の身体はね、一度壊れたら……より強くして蘇えるんだよ。で、次の日には昨日よりも強い筋肉になっている。これがウェイトトレーニングさ」

「へぇ……もちろんこっちの世界にも大きな岩をかついだりする力持ちはいるけど、それで訓練している人はいないよ。いたとしても……そんな理由があるとは知らないだろうね」

「ああ、その筋肉の元になるのが……それさ」

「ああ、これかい」


 マネージが手に持っていた木製のビアジョッキを渡すと、キタガワはそれを手にとり──


「いただきます!」


 その中に並々と注がれた白い液体をグビグビと音を立てて飲み干していく。

「うぇぇ……」


 それを見たマネージが、思わず顔を歪める。


「どうしたんだい?」

「い、いや……それ、なんだっけ?」

「ああ、プロテインっていうのさ。まあこの世界にはそんなもん無いから、大豆をすりつぶして粉にしたもんに、滋養のつく木の実やら蜂蜜やらを混ぜた自作のもんだがね」

「一度味見してみたけど……とてもおいしいものとは思えなかったよ」

「まあな。慣れるまでに時間のかかる味なことは、たしかだね」

「どうして、そんなもの飲むの?」

「筋肉の元になるのがタンパク質……いや説明すんのはめんどくさいな。簡単に言うとね、これが壊れた筋肉を修復して、明日の身体を作り上げるのさ」

「へぇー……食べ物にそういう効果があるなんて、この世界でそんなことを研究してる人、どこにもいないよ……すごいね、君の世界は」

「アタシから見れば」


 キタガワが、マネージの腰の物入れに入っている片手サイズの金属板を指差す。


「それのほうがすごいと思うね」

「マジクホンのこと?」


 マネージが袋から黒い板を取り出す。


「ああ、それさ。そいつはすごい能力があるんだろ?」

「うん、これは魔法の力がたっぷり溜まっていてね。この板同士を通じて遠隔地で話し合うこともできるし、目の前の暗闇を照らしたり、起こっていることを記録したりもできるんだ。こんな便利なもの、さすがに君の世界にもないだろう?」

「あー……」


 キタジマが頭を掻きながら言う。


「まあ、ない……かな?」

「でしょー」


 マネージが得意げにマジクホンを掲げる。


「これができるまでは、遠隔で話したりするのは魔法使いだけの特権だったんだ。でも、これがあれば誰でもが便利な魔法が使えるし、それに……」

「映像を見たり、配信することもできるんだろ」

「そういうことさ……あっ」

「なんだい?」


 マジクホンを覗き込んだマネージにつられるように、キタガワもその画面を見る。


「いまマジッチから通知があってね。こないだアップした『激闘生中継! 大蛇VSデカ女!』の視聴数が三十万を超えたって!」

「デカ女て……」

「いまは多くの人がマジッチに色々な動画をアップしてる時代だからね。こんくらい派手でインパクトのあるタイトルじゃないと、見てくれないのさ」

「はぁー、そんなことまであっちの世界と同じなのかい……」

「なんか言った?」

「いや。気にしないでくれ。で……肝心の『おひねり』はどんくらいなんだい?」

「ええとー……十万YENイェンくらいかな」

「うーん、三十万人が見て十万かー」

「これでもずいぶん比率は高いほうだよ。君は人気がある配信者だからね」

「十万YENから、マジッチにいくら引かれるんだっけ?」

「二割の二万YENくらいだね」

「そっから食費にー、装備にー、道具にー」

「私への報酬も忘れないでね」

「ああ。あんたへのマネージメント料金……世話代にってやると……手元に残るのは五万YENくらいか」

「そんなところだね」

「はーあ!」


 キタガワが大きくため息をつく。


「一億YENは遠いなー!」

「正直、一億YEN稼ぐって相当のことだからね……」

「それでも」


 キタガワがグッ、と拳を握る。

「アタシはやんなきゃいけないのさ。一億YEN稼いで、そして……大魔道士マックマンに面会する。んで……」

「『大転送魔法』だね」

「ああ、そのなんとかってので、アタシが元いた世界に帰る。そのためなら何だってするよ。なにせ……」

「ツムギちゃん、だっけ?」

「ああ。娘がね……つむぎが、一人で待ってるんだ。アタシが迎えにくるのを。だから絶対に帰らなきゃいけないんだ。自分の世界にね。そのために!」


 キタガワが手を開き、手刀を構えると──

 バシィ!

 先程まで抱えていた巨大な岩に、その手を叩きつける。すると──

 ミシ、ミシミシミシ──バリィ!

 大きな岩は、手刀で斬りつけたところから真っ二つに割れる。


「……すごいね」

「ああ、この……よくわからない力は、たぶんこの世界がアタシにくれたんだよ。だから、それは有効に使わせてもらうよ」

 そう言ってキタガワが夜の空を見上げる。その空の果てに帰るべき自分の世界があるのかはわからなかったが──そこに見えているまん丸く白い月は、どの世界で見ても同じ輝きを放っているように、見えた。


続く

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