第一章 激闘生中継! 大蛇VSデカ女!
チロ──チロチロチロ──
赤く細い舌を伸ばし何かを吟味するように舐め回しているのは、体長にして六メートルほどの巨体を誇る大蛇である。
シャーッ──シャーッ──
ドロドロドロ。
大蛇の赤い口から毒々しい紫色の涎がポタリと地面に落ち、そして地面を溶かす。彼の目の前にあるのは、二つの──人間の赤子ほどの大きさの白い卵であった。大蛇は目の前にあるごちそうを平らげんとパックリと口を開け、一つの卵を丸呑みにする。ゴクリ、という音が薄暗く狭い洞窟に響き、そして──細い大蛇の身体がプックリと卵の形に膨れ上がり、それが次第に頭から首、身体のほうへと移っていく。
ゲフゥ。
命を一つ丸呑みにした大蛇が満足げに口から息を吐く。
──足りない。
大蛇はそう言わんばかりにもう一つの卵に目を向ける。今やこの儚き存在は──この世に生を受ける前に、命を散らそうとしていた。
──その時である。
ピカーッ!
グゥー!?
突如として暗い洞窟を貫く閃光が大蛇の目を撃つ。驚き、目を細める大蛇。そして、次の瞬間──
「さあーっ! ついに発見いたしました! 麓の村を荒らす体長六メートルの大蛇! 人間の敵、エルフの敵、そしてわたくしたちハーフリングの敵! その害悪獣を蹴散らす正義の使者が! 今ここに参上するのです!」
カーン!
少女のような高い声が洞窟に響き、そして金属がなにかに叩かれる甲高い音が響く。それは──闘いの幕開けを告げる、ゴングの音である!
「うおおおおおおおおおおおりゃあああああっ!」
ドガアアアアアアッ!
ギャアアアアッ!
体長六メートルもの大蛇がとてつもない衝撃を受け、おもいきりのけぞる。それは──彼の口の下、人間でいうと、ちょうど──
「知ってるかい! 首ってのはねぇ! どんな生物だって弱点なんだよ!」
〈首〉にあたる部分に、節くれだった丸太のように太くたくましい人間の腕が叩きつけられたからである!
グウウウウウッ──
「お、さすがにデカいだけあって、ラリアット一発じゃ倒れないか!」
自らを太い腕で殴りつけてきた相手を警戒する大蛇、そしてその目の前に──腕組みをして立つ人間の女。その姿は普通の人間にしては大きいほうであったが、六メートルの大蛇の前では三分の一ほどの体長である。だが、この女──尻からは尻尾を生やし、首から下をピッタリとした黒い布で覆い、腕と膝には緑色のハデな装飾のサポーター。そして顔に赤い紋章のような模様を浮かばせ、頭からドラゴンの角を生やした──明らかにただの人間には見えない女は、自らより遥かに大きく、今まさに食事の邪魔をしようとする外敵を排除せんと怒りの目の猛獣を前に──
「いいねぇ……アタシは強いヤツと戦わないといけなくてね! アンタならうってつけだよ!」
余裕のファイティングポーズを取った。
「キタガワ!」
大蛇を光で照らした少女が、手に持った小さな金属の板を見ながら叫ぶ。
「そいつの体液は酸性の毒! あなたの鍛え上げられた身体でも、まともに食らったら……」
「ありがとよマネージ! だがな、蛇が毒持ってんのは当たり前だろ! わかってるって! それなら!」
ガッ!
キタガワ、と呼ばれた女が両腕を広く構え──!
「それ以外の攻撃は……全部受けきってやるよ!」
相手の攻撃を待ち受ける!
シャアアアアアアッ!
キタガワの声が聞こえたかのように、己の食事を邪魔する敵を殲滅せんと大蛇の尻尾が巨大な鞭のようにしなり彼女を襲う! しかし!
ガシイッ!
「おおおっとキタガワ選手! 大蛇の強烈な一撃を受け止めたァ!」
グワァツ!?
「なんだい、たいしたことないねぇ!」
マネージが戦いを煽り、大蛇が驚愕の咆哮をあげる。大木をも打ち倒す一撃を──人間の女・キタガワがこともなげに捉えたのである。
「今度はこっちからいくよ! ハアアアッ!」
キタガワが腕に捉えた緑色の大蛇の尻尾を両手で掴み、そして──
グルン──グルングルングルンミスミスミスミスミスミスミス!!
ギャアアアアアアアッ!
「おおおおおおおおっと! 今度はキタガワ選手が大蛇の尻尾を捉え、え、えーと……」
「ジャイアントスイングさ!」
「そ、そうです! ジャイアントスイングでぶん回しております!」
マネージの言う通りだった。大蛇の巨体は中央でグルングルンと派手に回転するキタガワのパワーにより振り子のように振り回され、そして──
「ジャイアントスイングにより蛇に大ダメージ! そして、ゴツゴツとした洞窟の壁に身体がぶち当たり続けます!」
「それええええっ!」
ブーーーーーーン!
ガツーン!
「キタガワ選手、大蛇を放り投げ……壁に叩きつけたー!」
グエエエエエエエエエエッ!
ドサッ!
キタガワが渾身の力を込めぶん投げられた大蛇がその勢いのまま壁に叩きつけられ、そして──地面へと叩きつけられる。
「くらいなっ!」
大蛇が弱っているのを見たキタガワが好機とばかりに──その太い足を地面にめり込ませ、そして飛翔する!
「たあああああっ!」
ガスッ!
ギャアアアアアアアアッ!
「ダイビングニードロップだー!」
肉に肉がめり込む音と、そして蛇の苦悶の声がシンクロする。飛翔したキタガワの膝が、大蛇の頭にめり込んだのだ。
「ようし、トドメだよ!」
ガッ!
そして──キタガワの太い二本の腕が、大蛇の首の部分にめり込んでいく!
「ええとなんだっけ……す、スリーパーホールドだ!」
ぎりぎりギリギリ!
グ、グエエエエッ──
大蛇が苦しみのあまり口を開け、そして紫色の粘液を吐き出すが──それは頭の後ろにいるキタガワに当たることなく虚しく洞窟の壁を溶かす。
「これならアンタの毒液も! 鋭い牙も意味ないねぇ!」
それでも──なんとか己の首に巻き付いた太い腕を持つ人間を打ち倒そうと、大蛇が尻尾を伸ばす。狙うは人間の首。そこに、まさに今やられているように食い込ませれば、たちまちこんな小さい生物倒せるだろう。だが──
ギリギリギリギリギリ!
強烈なスリーパーホールドはさらに威力を増し──締めている腕とキタガワの胸が着かんばかりに大蛇の身体は締め付けられつつあった。そして──
ぐああああああああああああああああああっ!!
シュパーッ!
ベトッ! ベトベトべト──!
断末魔。そして──口から吐き出される大量の紫の体液と、それに交じる黄色い液体、白い卵殻の破片。大蛇は首を締め上げられ、その生命を失ったのである。
カンカンカンカン!
再び洞窟の中に金属を叩く──ゴングの音が響く。
「十分四十一秒! スリーパーホールドで、キタガワ選手の勝利です!」
「よっしゃああああああっ!」
マネージの勝ち名乗りにキタガワは両腕を大きく開き、勝利の雄叫びをあげる。
「みなさんご覧になったでしょうか! これが! 龍の化身! 身長二メートル体重二百二十パウンド! ドラゴネス喜多川のモンスターバトルです!」
「次はどんな魔物を退治してやろうかねぇ! 楽しみにしてな!」
「キタガワへのおひねりはこちらに! そして、チャンネル登録と動画への高評価もお願いします! よろしくお願いしますー!」
「……もういいかい?」
「うん、いい動画が撮れたよ」
先程までの荒々しい姿からは想像もできない優しい声で話すキタガワに、これまた落ち着いた口調でマネージが答える。
「ふう……なかなか手ごわい相手だったよ」
「お疲れ様。はい、こちらはタオル。そこにバッグもあるから」
「ああ。すまないね」
キタガワがタオルで顔を拭うと、闘いの汚れとともに、紋章のような赤い模様が剥がれ落ちていく。そして──
「これ、戦うのにけっこう邪魔なんだけどねぇ」
コスチュームの尻にひっついていた尻尾を取り、頭に生やしていた角を取ると、マネージが用意したバッグにそれを投げ入れる。
「まあ、普通の人が戦うよりも、ドラゴンの化身が戦うほうがハデだからね。そのための装飾だよ」
「まあねぇ。元々アタシもそんな感じのギミックで試合してたけど、、まさかねぇ……まさか、こっちの世界でも、同じことをするハメになるとはねぇ」
キタガワは目を細め──しみじみとそう言った。
「それにしても」
大蛇の死体に恐る恐る近寄ってきたマネージが言う。
「この卵、なんなのかな?」
「さあ……」
彼女たちの目の前にあったのは、大蛇が丸呑みにし──そして吐き出した、大きな卵の破片とその黄色い中身であった。
「アンタにも、何の卵かわからないのかい?」
「ええ、さすがに……」
マネージが手のひら大の金属の板を指でささっと触りながら調べるが──
「ダメだね。これだけでは、鶏の卵なのか、蛇の卵なのか……」
「まあいいさ。しかし……」
キタガワが大きな両の手のひらをあわせる。
「すまないことをしたね。もう少し早くここに着いていれば、救えた命だったんだが……」
「それはしょうがないよ。弱肉強食は野生の掟。それに、キタガワが大蛇を倒さなければ、もう一つの卵も食べられていたわけだし」
「……そうか」
寂しそうに巣に一つだけ置かれた卵を見て、キタガワが首を振る。
「せめて、この卵だけでも……無事産まれてくれるといいんだがな」
「……そうだね。では村へ帰ろうか。目的は果たしたし、大蛇の死体は洞窟の生き物が勝手に処理してくれるから」
「……ああ」
金属の板から出る光で洞窟を照らし先導するマネージ。その後を──一度だけ卵のほうを振り返り見たキタガワが、ゆっくりと歩いていく。
すべてが終わりシン、と静まった洞窟の中で──
パリッ、パリパリパリッ──
卵にヒビが入り、そして──中から何か現れる。
「キュイー……」
その何かが産まれ落ちて最初に見たものは──去っていくキタガワの大きな背中であった。
続く。