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信頼が重い

 ――◆◇◆◇――


 技師ギルドからの帰り道。本日は仕事としてやって来たということもあって、グレアとヴィーレはその場で解散せずに工房へと戻ろうとしていた。


 アッシュという騒動はあったものの、大会の登録自体は問題なく終わったためグレアはほっとした様子で歩いていた。だが、不安が無くなったわけではなく、その頭の中にあるのは隣を歩いているヴィーレの事でも、何かしてくるかもしれないアッシュの事でもなく、すでに提出してしまった出品用の義肢の事だった。

 あれは大丈夫だっただろうか、ここはもう少し変えられたんじゃないか。そんなすでにどうしようもない思いばかりが浮かんでくるのだ。


 そんな女々しいグレアとは違って、ヴィーレは先ほど話をしていたアッシュへの対策について考えていた。そして、その問題に対する答えが出るとグレアへと顔を向けて、一言。


「――本日はグレアの部屋に泊まることにしましょう」

「え? ………………え?」


 既に提出してしまった作品のことで悩んでいたグレアは、突然のヴィーレの言葉に困惑し、すぐには答えることができなかった。


 なぜヴィーレがこんなことを言い出したのかと言ったら、当然ながらアッシュへの対策のためだ。


 人の心の機微に疎いヴィーレでも、流石に今回の騒ぎは自分が原因なのだと理解している。

 自身が理由で狙われたとなれば、発生した害はヴィーレの責任でもある。その為、ヴィーレはグレアたちに被害が及ばないよう、もし何かしてきた場合に自分が対応しようと考えたのだ。


 だが今のヴィーレは、グレアたちの住んでいる家とは別の場所に部屋を借りて暮らしている。ヴィーレはグレアの家族ではないのだから当然ではあるのだが、それでは今夜起こるかもしれない問題に対して自分が対処することは出来ない。その為、今夜に限ったことではあるが、共に同じ建物で過ごすのが最も効率的だろうと判断した。


「え、あ、え……は? ちょ、ちょちょちょちょ、ちょっと待って! ど、どういうこと!? と、泊まるって、僕の部屋に!?」


 だが、そんなこと考えていなかったグレアは、突然告げられた言葉を自身の頭の中で処理しきることができず、わたわたと無意味に手を動かしながら困惑した様子で問い返した。


「はい。もし先ほどの件で本当に襲撃が行われるのであれば、グレアの家が襲われた際に対応しきれません。永遠にそうしなければならないというのであれば他の手段を考えるべきでしょうが、現状警戒すべきは今晩だけのようですし、一晩程度で済むのであれば警戒して備えておくべきでしょう」

「いや、でもさ……それはどうなの!?」


 ヴィーレの言っていることは間違っていないのかもしれないと、グレアも理解はできる。だが、だからといって一緒に過ごす、という選択はどうなのかと、それでいいのかと即断することは出来なかった。

「何か問題でもありましたか?」

「問題っていうか、でもほら、そのさ……ヴィーレだって女性なんだし、未婚の男女が同じ部屋で一晩を過ごすってなると、君の今後に差しさわりがある可能性があるわけで……」


 このようなことを言っているが、実際のところこれはヴィーレの身を心配したとか世間体を気にしたとかではない。ただ単にヴィーレが自分と同じ家で寝泊まりするという状況を前にして、グレアに意気地がなく臆病になっているだけだと言えた。


「問題ありません」

「え……そ、それって……」

「部屋で寝たと公言しなければ、職人が工房でともに一晩を明かすことはよくある事のようですし、誰も疑問を感じることはないでしょう」

「……だよね。知ってた」


 ヴィーレの考えが自分の考えたようなものではなかったことで、グレアは肩を落として自嘲気に笑ってみせた。


 これまで何度も同じようなことがあったが、それでもグレアは学ばない。失敗から学ぶ頭はあるのにこう何度も同じような状況で肩を落とすのは、期待通りにならないのだろうと理解しつつも、ほんの少しであったとしても可能性はあるんじゃないか。いや、あってほしいと期待していたからだ。


「で、でもさ、ヴィーレは本当に良いの? うちには客間とか無いし、僕と同じ部屋で寝ることになるよ? ヴィーレだってそれは分かるだろう? そうなると、僕だって、ほら。男なわけだし、ヴィーレに襲い掛かる事もあるかもしれないとか考えないの?」

「グレアはそのようなことをする人物ではないと判断しましたので、問題ありません」

「ぐっ……! その信頼が、重い……」


 ヴィーレのような美人と同じ部屋で寝泊まりするとなれば、グレアにもよからぬ考えというものが頭によぎる。


 だが、相手が相手だ。ヴィーレのことだから同じ部屋で寝ると言っても、そこに言葉以上の意味はないだろうし、手を出してしまえばその後の関係は絶望的なものとなるだろう。ともすれば、仮に事故であったとしてもヴィーレの体に触れてしまっただけで軽蔑の眼差しを向けられるかもしれない。


 警戒心が薄い、あるいは人の悪意を考慮しない純粋さだと言えるかもしれないヴィーレだが、グレアにはそんな彼女の信頼を裏切ることは出来なかった。


 ……だが、今夜はグレアにとってある意味最も辛い夜になるのかもしれない。



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