大会に向けて
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「大会に登録はしたけど、今まではヴィーレの腕を直していただけで実際に出品するものがない。だから今日からは、そのための作品を作っていこうと思う」
「承知しました。それでは私はグレアの活動が滞ることがないように補助に回りましょう」
「うん、お願い。それと、途中で色々頼むかもしれないけど、それも頼めるかな?」
「はい、問題ありません」
そうして特に悩むこともなく話し合いは終わり、二人は作業へと移っていった。
「ヴィーレ。この構成だとどうかな?」
「こちらですと重量が重くなり、使用者を選ぶことになるかと思われます」
まだ大会まで期間はあるが、作った作品が一発で出来上がるなどと思いあがる程グレアは愚かではない。
その為、今からでも作り始めないとならないのだが、まず作る前に設計図を描く必要がある。
しかし今回はヴィーレの時とは違い、ミムスの作った基礎があるわけでもなく一から自分で全てを作らなければならない。その為、ヴィーレにも聞いて何度も設計し直すこととなったのだが、それでもグレアは諦めることなく連日机に向かい続けた。
「ヴィーレ。マダラクモの糸ってもう在庫無かったっけ?」
「発注はしていますので、今日明日には届くかと思われます」
遂に設計図が完成し、試作品作りに取り掛かったグレアだったが、設計図は完璧でもそれを再現する技術が未熟なグレアでは細工に失敗が多い。その為、普段よりも余分に素材を消費してしまい、すぐに在庫が切れてしまうことが多々起こるようになった。
だがそれも、ヴィーレが全ての素材を管理しているおかげで特にこれといって滞ることなく作業を進めることができた。
「ヴィーレ、この腕を使ってもらう事ってできる? 少しの間でいいから感想が欲しいんだ」
義手作りを開始してからおよそ二週間。
ある程度腕が完成してきたことで、一回使用してもらって回路や重量などの確認をしてもらおうとヴィーレに頼んだのだが、そこで問題が一つ発生した。
「承知いたしました。では……」
「へ……? あ……いや、まっ!? なんで脱いでるの!?」
グレアに頼まれるなり、ヴィーレが突然服を脱ぎだしたのだ。
「腕を付け替えるとなると、服が邪魔になりますから必然的に服を脱ぐ必要がありますので」
「いますぐじゃなくてもいいから! 服を脱ぐんだったらちゃんと隠してよ!」
これはヴィーレの言うように腕を付け替えるには上半身の服が邪魔だから当然と言えば当然なのだが、普通は個室に行って一人だけで行う事であるため、まさか目の前で突然脱ぎ始めるとはグレアも思っていなかった。
常識と羞恥心がある普通の人間であればそうしたのだが、ここにいるのは〝ヴィーレ〟だ。
もちろんヴィーレとしても人前で着替えるのは問題があると理解しているが、今は仕事中であり、業務に必要な事なのだから問題ないと判断したのだ。
だが、当然問題があるに決まっており、グレアは驚きから叫ぶと思い切り目を瞑ってヴィーレに服を着るように促した。
「――問題ありません。可動部にもラグはありませんし、魔力のロスも想定の範囲内です」
「そ、そっか。じゃあまあ、ひとまずはこのまま進めるってことで平気だね」
ヴィーレが突然脱ぎだすというひと悶着はあったものの、確認自体は問題なく行われたことでグレアは一つ息を吐き出した。
だが、確認し終えて再びヴィーレから外された義肢を渡されたグレアは、その腕を見下ろしながらしばらく動きを止めた。
そして、今度は自分の腕を見つめてから呟いた。
「ヴィーレ。他の義肢職人の腕って君から見てどう? やっぱり僕よりも上だよね……?」
自分では上手くいっているつもりだったグレア。実際これまでのグレアに比べたら良い出来に仕上がっているのだからその考えは間違いではない。
だが、それでもまだ自分が未熟であることを知っている上に、以前見たヴィーレの腕とは全然違う。
義肢職人としての道を進み始めてから数年しかたっていないグレアでは、職人の頂点とさえ言われたミムスの作品に劣っているのは当然のことだ。これはグレアではなく他の職人だったとしても同じだろう。
だが、今は大会が近づいており、この大会で結果を出すことができなければ、と焦りや不安を感じていることもあって弱気になっていた。だからミムスと比べて劣っている自分のことを、〝他の職人たちよりも劣っている〟なんて考えた頭の中に浮かんできてしまった。
「実際に使ったことがないので正確なところは言えませんが、見た目や使用している素材からの推測ではグレアのものとさしたる違いはないかと。『腕』に限りますが、ものによってはグレアの方が良い品を作ることができるのではないでしょうか?」
時折街を歩くと店に並んでいる義肢や、実際に義肢をつけている者を見かけることがある。
ヴィーレはそんな義肢を手に取って確認することもあるが、そのどれもグレアの腕に比べて同格、あるいは下位の出来のものしかなかった。
もちろんヴィーレが見て回れる範囲以外の場所……例えば貴族専用の義肢職人の作品は見ることができないが、街全体の評価や質を考えるとそう差があるわけでもないだろうと判断していた。
「そ、そうかな……? そっか。だったらよかった……」
「ただし、先ほども申し上げましたが、私が使用しているわけではありませんので、実際の性能がどうなっているのかは不明です」
「そうだね。でも、見た目だけでも戦えてるって分かるだけでも十分だよ」
グレアは〝ミムスの娘〟であるヴィーレに保証をもらえたことで安堵の息を吐いた。
いかにミムスの娘であったとしても、本人ではないのだから何の保証にもならないはずなのだが、それでもヴィーレに認められたことで多少なりとも不安を消すことができたグレアは気持ちを新たにして再び腕の製作に取り掛かるのだった。