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生きる意味

 


「話したくないのであれば構いません。こういったことは無理に聞き出すべきものではないとは理解していますので」

「あ、いや、そこまで秘密にしたいってほどでもないんだけど……あっ!」


 今しがた感じた自身の悩みをヴィーレに正直に話すわけにはいかない。

 けれど話さなければここで話が終わってしまい、せっかく巡ってきて幸運を無駄にすることになる。

 その為、なにか自分が悩んでいること、困っていることはないかとグレアは必死になって頭の中をひっくり返して調べていった。そして、そういえば、と先ほどまでとあることで悩んでいたのだと思い出した。


「実は、技師ギルドの受け付けが僕の知り合いなんだ。一応は幼馴染になるのかな? でも、あんまり仲が良くないんだよね」


 それがグレアの悩みだった。

 生まれは貴族の端くれとも言っていいグレアだが、今は貴族籍ではないただの一般人だ。

 だがその幼馴染というのは未だに真っ当な貴族籍を持っている者で、昔と今でお互いの立場の違いもあるが、元々顔を合わせれば話をするもののそれほど仲が良いと言うほどの関係でもないため、顔を合わせるのは気まずいと感じていた。


 けれどグレアはこれからその人物のいる技師ギルドに向かわなければならないため、どうにかその人物と顔を合わせることなく用事を終わらせることは出来ないかと悩んでいたのだ。そして、その悩みのせいでグレアは先ほどヴィーレに声を掛けられるまで落ち着きのない様子だったのだ。


「そうですか」

「うん」

「……」

「……え、それだけ?」

「? 他に何か必要でしたか? 何と答えればよかったのでしょう?」

「え、いや……そうだよね」


 悩みを打ち明けたのに特にこれといった反応もないヴィーレに、グレアは驚いたように目を丸くし、首をかしげたが、そんなグレアの反応にヴィーレも首を傾げ返した。


 だが、そんなヴィーレの反応も当然と言えば当然だろう。


 グレアがどんなことが理由で悩んでいたのだとしても、その悩みだけを聞かされてもヴィーレに何か答えられるわけがない。なにせ、聞かされたのは悩みだけであって、望みは聞かされていないのだから。今のグレアの話だけでグレアの望んでいる結果を察してその答えを出すために助言するなど、ヴィーレにできるはずもなかった。


 しかし、グレアの反応からここは何か自分が言わなければならない場面なのだろうと察したヴィーレは、グレアの悩みに対する適切な答えを出せないまま自身の中で関係がありそうだと思った話をすることにした。


「人生において最も大事なものは人間関係だと聞きました。ですが、最も重要でないものも人間関係だとも聞きました」

「え? それは、誰に?」


 大事ではあっても重要ではない。それはどこか矛盾しているのではないかと、グレアは不思議そうに眉を寄せながらヴィーレに問いかけた。


「お父様にです。結局は自分の人生なのだから、自分が自分に誇ることができるよう、胸を張って悔いのない人生を送れればそれで良い。他人のことを慮ることは大切だが、他人の目を気にして生き方を曲げてはならないと」

「自分を、誇る……難しいね」

「そうですね。私は、自分を誇るというものがどういうことなのか、理解できていません」


 考え込む様子を見せながら呟いたグレアの言葉に同意する様に、ヴィーレも頷きながら同意してみせた。

 だがきっと、二人が同意したように、ミムスの考えは決して間違ってはいないのだろう。


「僕もだよ。どうすればそう思えるのか……いつかはわかるのかな」

「わかりません。ですが、理解できるようにならなければなりません。でなければ、私は『幸せ』になれませんから」


 自分は人間ではない。使われている肉体も魂も人間のものではある。本来の〝ヴィーレ〟と違うところなんてほとんどないと言っていいだろう。


 だが、あくまでも自分は作られた〝人形〟である。


 そんな意識がヴィーレの中には存在している。

 だが、父親であるミムスからの命令を果たすためには人間についてを理解しなければならない。ミムスの命令を果たすことが人形としての自身の役割だから。


 しかしそう思ってはいるものの、未だに〝人間〟というものやその心というものを明確に定義づけし、言葉にすることができないでいた。だからこそヴィーレは、人間というものを知るために日々観察や問いを行っていた。


 そんなヴィーレの呟きが聞こえてきたグレアは、以前から少し気になっていたことを聞いてみることにした。


「ヴィーレって、よく『幸せ』が何とか、っていうよね」


 以前から事あるごとにヴィーレは「幸せにならないと」と口にしている。それは幸せになりたいというある意味当たり前な人間としての願いなのかと思ったが、共に過ごしているうちにそうではないのだとグレアは気が付いた。ヴィーレの言葉は、幸せになりたいではなく、ならなくてはいけないだったからだ。


 しかし、ならなくてはいけない、というのはどういう意味なのか。グレアはその理由がわからなかったが、なんとなくそのことを聞くのはヴィーレの内側に踏み込むように思えてその一歩を踏み出すことができなかった。


 そう思っていながらも今聞くことにしたのは、今までとは違ってヴィーレと少しは仲良くなることができたという認識が多少なりともあったからだった。


 後は、何だか今ならいけそうな気がするという思いがグレアの中に湧いてきたから。言ってしまえば、ただの衝動的な発言だ。


「そうでしょうか? 特に意識をしたことはありませんでしたが……おそらくはそれが私の生きる意味だからでしょう」


 しかし、グレアが考えていたような不安などヴィーレの中には初めから存在しておらず、ヴィーレは問われるがままに答えを口にした。


「生きる意味……?」


 幸せになる事が生きる意味。それはこの世に生まれたからには幸せにならなくてはいけない、あるいは幸せになる事こそが人生の意味だ、とでもいうような哲学の類だろうか?


 そう思い首を傾げたグレアだったが、そんなヴィーレの言葉の意味を理解するためにさらに問いを掛けようとしたその時、不意に近くを歩いていた通行人とぶつかってしまった。


「行きましょう。ここで立ち止まっていては人々の邪魔になります」


 グレアはすぐにぶつかった人物に謝って事なきを得たが、一度話が途切れたことでその話題は終わってしまった。


「あ、そうだね。って、ヴィーレもギルドに行くつもりなの?」


 まだ心の中に何かつっかえている者があるような気もするが、それを明確な言葉にすることができないグレアは、ヴィーレに促される形で技師ギルドに向かって歩き出した。


「はい。休日といえどやらなければならないことはありませんでしたし、難しい人間関係であるならば、私が行く価値はあるでしょう」


 グレアは幼馴染との関係に悩んでおり、相応に難しい関係であることがうかがえる。

 であれば、その二人の関係は人間というものを理解するための良い教材となる事だろう。


 声にこそ出さないものの、そんなことを考えていたヴィーレはグレアに同行する意思を伝えた。


 グレアにとって大事な場面であると言える状況で自分本位な行動ではあるが、他人の心というものを理解することができないのだから仕方ないと言えば仕方ないだろう。


「……そう、だね。他人がいた方が穏やかに話が終わるかもしれないし……ありがとう」

「? 私は何か感謝をされるようなことをしたのでしょうか?」


 ただ、ヴィーレの行動がグレアを慮ってのものではなかったとしても、それでもそんなヴィーレの内心を知らないグレアにとっては一緒に来てくれるというだけでありがたい事だった。


「ううん。何でもない。ただ、何となく言いたくなったんだ」

「そういうこともあるものなのでしょうか?」

「あるものなんだよ」


 なにがなんだかわかりません、とでも言うかのように無表情のまま、けれどどこか普段よりも間の抜けた表情で首を傾げたヴィーレを見て、グレアはクスリと笑うと一度だけ深呼吸をして技師ギルドへと進んでいった。


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