ソフィーの特技
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––––カンポーの森[スターレリア地方]––––
今日は採集クエストを受注した。薬草を近くの森から採ってくるやつだ。チュートリアルって感じでやっぱり興奮する。
「おい! 採ってきたぞ!」
森の奥からソフィーが走ってくる。手元にぶら下げているのは明らかに草ではない赤色の物体だった。そして彼女が近づいてくるとわかる。臓器だった。
「えっ、何それは? うわ、くっさ……」
「そうか? 今日はまだ1箱しか吸ってないが」
「タバコじゃなくてその持ってるやつ!」
「ああ、これか……。キメラの肺だよ」
食ったばかりの朝飯が僕の胃から出て森へと還元された。
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「キメラってのは火を吐くだろ。そんな生き物の肺がどうなっているのか、気になったことないか」
「ない。どうでもいい」
「なぜだ!? 変わっているな」
ソフィーに変わっていると言われたら終わりのように思う。そしてまた彼女はタバコを吸っている。
「むしろソフィーの肺が気になるよ、僕は」
「どうしてだ?」
「ずーっとそれ吸ってるから」
「吸わないのか? イヅルは」
「うん。体に悪いから」
「じゃあ酒も飲まないのか?」
「飲む」
「ならさっきの言葉は撤回しろ」
僕はソフィーに秒で論破される。INT99879くらいあるんだけどなあ僕。
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––––フィールド[スターレリア地方]––––
「隣町に行ったことはあるか?」
薬草をギルドまで運ぶ帰り道。ソフィーがそんなことを言った。
「行ったことない。何か面白いことが?」
たぶん、普通の冒険者なら、僕たちが拠点にしているギルドのある街––––スターレリア––––を出発してその隣町とやらに行くのだろう。しかし僕は魔王一直線だったから、訪れたことのある街なんて数えるくらいしかない。
「一度行ったことがあってな。なんでも人を進化させる恐ろしい施設があるみたいで……。残念ながらその施設にはたどり着けなかったが、代わりにとてもいい収穫があった」
ソフィーの歩きタバコはスライムに着火して僕らは経験値2を得る。
「……その町にたいそういい飲み屋があるんだ。だし巻きが最高に旨い。今度機会があればどうだ? せっかくパーティを組んだというのに、飲みを一度も経験していないというのは寂しいじゃないか」
その経験は元の世界で十分に堪能したから、できれば僕はクエストをこなしていきたい。ただ、一応ソフィーの提案には首を縦に振っておいた。
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––––冒険者ギルド[スターレリアの街]––––
翌日。宿屋を出て今日もギルドに向かう。ソフィーは化粧に30分もかかるのでその間僕は随分退屈する。当然だけど、部屋は別。
「新しい特技を会得したい」
珍しくソフィーが幻想的なことを言った。僕は興奮した。
「いいね! そういうの! ……どういう技が欲しいの!?」
「爆発を起こすんだ。この木の実を、専用の溶媒に漬けた後に、鉱石を加えれば……時間差で爆発が起こるはずで」
「うおおおおお!? めっちゃアルケミストじゃん! 力になれることはなんでもする!」
あまりに声を上げすぎたのか、ソフィーは困ったような顔をした。……いいじゃんたまには僕だって喜んでも。
「そこまで喜ぶとは意外だ。こういうには興味ないと思っていた」
「いや、すっごく興味ある。どういう点で困っているの?」
「そうだな……反応がうまくいかないのが、速度論的な影響か、熱力学的な影響か、どちらなのかが解決じまいでいる」
僕は閉口した。
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––––スターレリアの街––––
ソフィーは宿屋に戻ってずっと難しい独り言を言っているので僕は街を探索することにした。というか部屋でガチャガチャ何かイジっているくらいならクエスト受けたい。
街を探索といっても、ただの散歩やショッピングではない。ソフィーの爆弾作成問題を解決するために、道具屋に顔を出してみた。
「いらっしゃーい」
「ごめんなさい。アルケミスト用の、アイテム合成書はありますか?」
「ああ、もちろん。兄ちゃん見た感じアルケミストじゃなさそうだが、転職かい?」
「いやあ、パーティメンバーがアルケミストで」
そこで売っている合成書を全て購入する。金には困っていない。モンスターを狩りまくったからだ。ありがとう、チートスキル。
「うーん……」
合成書は結構難しい。ソフィーの話すような学術的な難しさじゃなくて、この世界での知識を要する感じだ。僕の与えられた能力は戦闘に特化しているものばかりで、知識はてんで足りなかった。
「ここらへん……かな」
なんとなくで、爆発に関係しそうな項へ飛んでみる。たくさんの爆発物に関する合成法が掲載されている。そこにある、『ボムボム【初級】』と書かれたアイテムが目に入った。というのも、生成に必要なアイテムがさっきソフィーの持っていたものとほとんど同じだったからだ。
「あれ、これは」
そのレシピを見て僕は思わず笑ってしまう。これでは特技が生み出せないはずだ。あまりにも簡単なカラクリで笑ってしまった。ソフィーもなかなかおっちょこちょいなところがある。
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––––宿屋[スターレリアの街]––––
「ソフィー、ちょっといい?」
タバコまみれの一室に戻る。ソフィーはまだ独りごちていた。
「イヅルか。どうした」
「新しい爆発が出来ない方法がわかったよ。……これを読んでくれ」
「アイテム合成書?」
僕はソフィーに『ボムボム【初級】』のページを見せて、必要材料の部分を指差す。
ソフィーは、集めるアイテムを間違ってたんだ。
「爆弾を作るのに必要な木の実はバナの実だ。……ソフィーがいま手元持っているのはニジクの実。見た目も全然違うし、入手難度も違う。南国でしか手に入らないバナの実がないと、爆弾は初めから作れなかったんだよ!」
決まった……! 情報探索の甲斐があった。仲間の間違いを、自分が調べて訂正する。そうやって、お互いに成長していく。なんて冒険らしい行為だろう。素晴らしいパーティだ。チートとは違った喜びがここにある。
僕が喜びを噛みしめ終わるより先に、ソフィーは合成書を僕に突きつけた。
「ボムボムか……。それくらいの調合法、さすがに知ってるぞ」
「だよなあ、そうだよなあ。……あれ?」
え、いまなんて?
「【初級】どころか、【天】まで全て知っている。レベルが足りなくて作ることはできないが」
勘違いされているみたいだな、とソフィーは付け加えた。
「私が作ろうとしているのはボムボムではない。既存のものは社会の役に立つが、私が興味を示すところとは別だ。私がいまからやろうとしているのは、より入手が容易なニジクの実を用いた……完全に新規な爆弾の開発だよ––––そして、まさにそれが上手くいきそうなんだ」
彼女は手元で変な色の液体を混ぜていた。また変な匂いがする。ソフィーと一緒に冒険しているといつか嗅覚が崩壊する。
「よし……できた」
ソフィーは満面の笑みで立ち上がった。それから「ちょっと外で試してみようか」と言った。
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––––フィールド[スターレリア地方]––––
フィールドに出て、スライムとの戦闘を開始する。
ソフィーは木の実入りのビンに鉱石を加えてから、それをそのままスライムの近くに置いた。ちょっと俊敏性の高いモンスターならすぐ避けられそうだと思った。本に載ってたボムボムはもっと爆弾っぽかったのに……。
「ではいくぞ、3,2,1……」
ソフィーが耳を塞ぐのに合わせて、僕も耳を塞ぐ。
大地が、激しく揺れた。
「……何っ。ここまでの威力が」
「でもビンは何も変わってないよソフィー!」
僕らはそのまま地面に倒れ込む。スライムも困惑している。
……しばらくして、地面の揺れは収まった。
「なんだったの、今のは」
「……どうやら、ただの地震だったみたいだ。珍しいな」
なにか、嫌な予感がした。ソフィーはあまり気にしていないみたいで、倒れたビンを回収してから、もう一度新しい爆薬を作り直していた。
「自然現象に邪魔されては仕方ない。気を取り直してもう一度」
僕はさっきの地震に意識を奪われて耳を塞ぎ忘れる。
ビンは、ボフッっと、か弱い音を立てて、スライムに0.3のダメージを与えた。
ん? 失敗?
「きたあああああ! 成功だ!」
「へっ?」
「見たか! 完全に爆発していたな、今のは。ついにニジクの実での爆発実現に成功した……。まさか溶液の組成を変えるだけでここまで上手くいくとは……。あははは、ふふっ、いひひ、ふへへ」
「そ、ソフィー。変な笑い方してるとこ申し訳ないけど」
「どうした?」
「これが、成功なの?」
「……はあ、これだから非アルケミストは困るな」
ソフィーは成功のタバコに着火してから言う。
「0から1にしたのは大きな進歩だ。ニジクの実からエネルギーを引き出す方法を見つけたことで、将来的に、ボムボム【天】を超える秘密兵器へ応用されるかもしれない。もしくは、この原理を利用して、新たな回復アイテムが産まれるかもしれない。それは私以外の賢いやつが考えてくれる。今日のこの発明も、世界を豊かにする貴重な一歩なのだよ」
吸うか? と彼女はタバコを差し出した。丁重にお断りしておく。
それにしても一発でダメージ0.3、それも低命中率かあ。
いまの僕の夢は、チートを隠しつつ、4人パーティで何か強敵を討伐してみることだ。たとえば、さっきの地震を起こした元凶とか。……いるのか知らないけど。
しかし、肝心の一人がスライムを倒すのも苦労するような特技しか覚えられないとなると……。
「どうした? イヅル。浮かない顔をしているな」
「副流煙のせいかもね、はは」
理想の冒険者ライフは、まだまだ遠い気がする。
ソフィーは特技『ニジク爆弾【威力:極微小】』を獲得した!