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TS魔法少女になった件について  作者: 廃棄工場長
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第一話 日常の崩壊

 俺――佐々木白は、ささやかながらも充実した日々を送っていた。



 猫と人間一人の暮らし。住居は大学から徒歩十五分ほどの距離に位置している格安のアパート。家賃の割に、風呂やトイレが設置してあったため、大学生でしかない俺の財布にも非常に優しい物件となっている。



「なあ、クロ。今日の晩ご飯だが、何にする?」



 俺は足元にすり寄ってきた黒猫――名前はクロ――に問いを投げかける。クロは可愛らしく、「なあー」と鳴くだけで人の言葉を発することはない。まあ、当然のことだが。



「はいはい、すぐ用意するから少し待ってろ」



 催促してくるクロを踏まないように注意しながら、キッチンにある戸棚に向かう。



「えーと……マジか。クロのご飯全部切らしてるじゃん」



 戸棚の扉を開けた瞬間に悟った。クロに与えられる物がない。いつもキャットフードや猫缶で占領されていたスペースが空っぽになっている。これは買い出しに行かなければならない。

 普段であれば、一週間に一回近所のスーパーに出かけるのだが、何故か失念していた。



「あー、そう言えば昨日までレポートに追われてたな」



 原因について思考していると、頭に浮かんできたのは今日が締め切りだったレポート。ついついクロとの戯れを理由に後回しにしていたのが、その結果自分の首を絞めることになってしまった。徹夜での作業になり、何とか期限ギリギリに提出することはできた。



 若干の回想を挟むこと数秒。ついでに隣に置いてある冷蔵庫の扉を開けて、自分の分も確認しておく。



「――よし、買い物に行くか!」



 今日スーパーで買ってくる物は二種類。俺とクロの食料を一週間分だ。俺の発言を聞いて、クロは嬉しそうに「にゃーん」と鳴き声を上げた。

 




 最寄りのスーパーまでの道のりは歩きで十分ほど。日常において、決して遠いとは口が裂けても言えないその距離は今の俺達にとって、乗り越えがたい試練として立ちはだかっていた。



「あ、暑い……」



 善は急げと、言わんばかりに意気揚々とアパートを飛び出してきた俺達だったが、今の日本の季節は夏真っ盛り。気温は全国平均で三十七度を超えている。この殺人的な暑さに、クーラーという清涼さを人工的に提供してくれる文明の利器に慣れてしまった俺は、参ってしまっていた。

 この試練を共に歩んでいた筈の相棒のクロは、気がつけば後方で伸びていた。



「クロ! 大丈夫か!」



 慌てて近づいて、クロを抱きかかえると、日陰を探す。咄嗟に見つけた、傍にある店同士の隙間、路地裏へと避難する。

 コンクリートに胡座を組んだ状態で座り、その上にクロを丁寧に寝かせる。暑さに完全にやられてしまったのか、息が荒く名前を呼んでも反応が鈍い。



「くそっ! こんな時どうすればいいんだ! 119番か! いや、落ち着け……それは人間用だ……」



 自分の脳味噌も暑さでどこか狂っているのか。出てきた頓珍漢な答えを、すぐに棄却する。息を深く吸い込み、気持ちを落ち着かせる。



 どのように行動すれば、正解か。そう考えていると、先ほどまで人々が織り成す喧騒が、何故か消えていた。

 その違和感の正体が気になり、ほんの僅かだが路地裏の入り口の方に意識が傾き始めてしまった。頭を振り、雑念を吹き飛ばす。まずはクロの安否が重要だ。それ以外のことは些事に過ぎない。



 自分にそう言い聞かせている間も、クロは苦しそうに呼吸を繰り返している。どうにかしなければ――と思考している内に、ソレは路地裏の入り口に立っていた。



 一人分の大きさの影がいきなり現れて、元々薄暗かった路地裏が昼間とは思えない闇に包まれる。と言っても完全な黒一色という訳ではなく、視界がさらに悪くなっただけだった。



 クロの方に意識が割かれていた俺は、そこでようやく異変に気づく。ソレ――十年ほど前までは架空の存在にしか過ぎなかった存在、「怪人」と呼ばれる異形がいた。

 その怪人の見た目は、醜悪な豚のマスクを被っている、三メートルほどの巨漢であった。それだけなら、季節外れのハロウィンの仮装であると、勘違いしたかもしれない。

 しかしその怪人が右手に持つ、巨大な斧。それには赤い液体がべったりと付着しており、傾けられた先から断続的に地面に染みを作っていた。



「何でこんな時に怪人が……」



 先ほど感じた違和感の正体。表通りの方が異様に静かになったのは、この怪人が原因だと思い至る。

 怪人が持つ斧に付いている大量の血。想像が正しければ、表通りを歩いていた通行人達が、この怪人の餌食になったのだろう。



 怪人が突如現れる。それ自体はここ数年間で珍しくもなく、怪人による無差別な破壊行為で、犠牲者の数は鰻登りで増加していた。

 一方で怪人が出現すると同時に、未知の新技術「魔法」を行使できる存在が現れた。魔法について判明していることは、十年が経過した現在でもあまり多くはない。それでも唯一絶対的なことは、魔法を扱うことができるのは一定の年齢に達した少女のみだということである。幼いながらも魔法を使い、勇敢に怪人と戦う彼女達を、人々は「魔法少女」と呼ぶようになった。



 大学生にもなって歳下の少女を当てにするのも情けないが、今は怪人の討伐に魔法少女が少しでも早く来ることを祈って、逃げることが先決だろう。

 


 そんなことを考えていると、怪人がこちらを標的に定めたのか、血塗れの斧を構え直して、肥満気味な体を揺らしながら接近してくる。

 急いで立ち上がり、クロを抱きかかえて、路地裏の奥へと逃げていく。

 生活音が一切感じられない路地裏では、俺と怪人による鬼ごっこが人知れず開始された。





 初めて入る路地裏を、運良く行き止まりに捕まることなく逃走は続いていた。しかし悪運にも限りがあったようだ。



「ここまで来て、行き止まりかよ……」



 目の前に立ちはだかった壁。体感時間でかれこれ十分以上走り続けていた無理が祟ったのか、その場に倒れ込んでしまう。自分だけではなく、抱えていたクロまで固いアスファルトの上に放り出されてしまった。



「く、クロ……お前だけでも逃げ――」



 力なく横たわるクロに向けて手を伸ばそうとした瞬間、自分の頭が潰される感覚と共に、俺の意識は途切れてしまった。

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