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復讐のスレイブ -王をこの手で殺すまで-  作者: いぬはしり
一章 バズバルド解放戦
8/21

四話 『じゃあな』

 陽がほんのりと落ち始め、ただでさえ薄暗いこの街もさらに影に身を潜める。

 スレイブがこつこつと足音を響かせながら歩いていると、奥の方でスレイブを待つティーマを見つけた。


 彼女はいつもこうして待っているのだろう。

 連絡手段の乏しいこの国では、はたしてスレイブがいつ来るのかも分からない。

 淡い期待を抱いて、ただここで待ち続ける以外に選択肢がなかった。

 だから、たまにこうして会えた日には、彼女は嬉しそうに笑った。


「バルター様! 来てくれたんですね」


 ティーマはスレイブに気づくと、尻尾を振ったように近づいてきた。

 しかし、スレイブの儚げな表情を見てか、その歩みはゆっくりと止まった。


「あの、バルター様……? 何か嫌な事でもありましたか?」


 そう心配をかけるティーマに、スレイブは優しく微笑んだ。


「ああ。実はな、もうこうして会う事はできないかもしれないんだ」


 そう言うと、ティーマの顔に影がかかった。


「それは、どうしてですか?」


「それがな、遠い所に引っ越しする事になったんだ。もう会えないような程に、遠い場所に。だから、お別れを言いに来たんだ」


 意外な事に、ティーマは何も言わなかった。

 ただスレイブの瞳をじっと見つめ続けていた。


 そのまっすぐ貫くような瞳に、思わずスレイブは唾を飲み込んだ。


「あ、ああ! それでな、老婆心ながらにな、ティーマの事が心配だからさ、これをと……」


 若干早口になりながら、スレイブは懐から布袋を取り出した。


「じゃじゃーん! ほら、いつも一緒に飯を食べに行ってただろ? 俺がいなくても、これでうまいものでも食ってくれ」


 チャリンと袋を揺らすと硬貨の音が鳴る。

 スレイブはその布袋をティーマに差し出すが、彼女は一向に受け取ろうとしなかった。


「……どうした?」


 そう尋ねると、穏やかで気弱なティーマの目が、様変わりして鋭くなった。


「あなたは、嘘をついています」


 不意に、スレイブの顔からひょうきんさが無くなる。


「嘘……っていうと?」


「遠い所に引っ越すなんて、嘘ですよね。私には分かります。いつも目元をサングラスで隠しているのも、何か知られたくない事があるからですよね」


 彼女の瞳は、まるで全てを見通すかのような輝きがあった。

 透明な肌に白い長髪が、かすかに差し込む陽の光にきらめき、風に揺れる。


「目元を隠しても、顔に浮かんでいます。貴方のその顔は、戦に向かう男の顔です。命をかけて何かを救う、戦士の顔です」


 その時の少女の姿は、あまりにも気品に溢れ、美しかった。

 偉大なる女神の御前にいるかのようで、スレイブも思わず口を開けなかった。


「私には分かるんです。己が命をかけて、私を生かしてくれた兄様達と同じ、戦士の顔。……バルター様は、きっと戦をしに行かれるのでしょう?」


 スレイブは驚いた。

 わずか十三のいたいけな少女が、スレイブの何もかもを見通していた。

 その上品な佇まいも合わさって、今の彼女はまさに()()に見えた。


「……ティーマ。アンタは、一体?」


 その時だった。


「ようよう。こら、モクモク野郎」


 いつぞや聞いたガラの悪い声が、二人の間に割って入った。

 にやにやと笑いながら、三人の男がスレイブとティーマに近づく。


(こいつら、あの時の……)


 先日、ちょうどここら辺でティーマと遊んでいる時に絡んできた三人のチンピラだ。

 一人の男が、口角を上げながら嘲笑した。


「挨拶くらいしたらどうだよ。俺らの縄張りだぞ?」


 その男は、ヘラヘラと笑いながら、スレイブに顔を近づける。

 怖がっていないかと、スレイブはチラリとティーマを見た。

 すると、意外な事に、あまり怯えた様子ではなかった。


「まあいいや。とりあえず、小遣い。置いてけや」


 男はそう言う。

 先日の件で、完全に舐め切っている様子だった。


「悪いな、今取り込み中なんだ。渡す金もない、帰ってくれ」


「金がないって事ぁないだろ。さっきチャリンチャリンって袋を取り出してたじゃねえか。なあ、嬢ちゃん。こいつにさっきの袋を渡すように言ってやれよ」


 ティーマに絡む男を見て、思わずスレイブは言葉を荒げた。


「おい。その子に手を出すな」


 その言葉に、飼い犬に手を噛まれたような顔をした男が、憤りを隠そうともせずにスレイブを睨んだ。


「誰に向かって口聞いてんだ、こらっ!」


 そう言って男はスレイブの頬を殴りつけた。

 ゴンッと鈍い音が鳴り、スレイブの目元を隠していたサングラスが飛んでいった。


「バルター様!」


 男は完全に骨を砕く気で拳を振るった。

 しかし、スレイブは巨岩のようにピクリとも動かなかった。


 口の中で滲んだ血をペッと吐き出すと、スレイブは目の前の男を殴り飛ばした。


「なっ!」


 後ろにいた男達が驚きの声をあげる。


 スレイブは流れるように二人目に近づくと、有無を言わさぬ速さで男の顔を蹴り飛ばした。

 どさりと地面に倒れる。一撃で二人とも意識を失ってしまった。


 一瞬のうちに仲間の二人が倒された男は、おろおろと後ずさった。


「な、なんなんだお前は!」


 完全に尻込みながら戸惑う男に、スレイブはこつこつと歩みを進める。

 そのスレイブの豹変ぶりに、ティーマもどうしてよいか分からず手を胸に当てている。


 ちょうどその時だった。

 この騒ぎを聞きつけたのか、奥の方から一人の人影がこちらに向かって近づいてきた。


「いったい何の騒ぎだ。喧嘩ならよそでやってくれ」


 その人影の胸元には、国王軍の紋章が刻まれている。

 憲兵か、騎士団か。何にせよ、自由解放団のスレイブにとっては今一番会いたくない人物だった。


「あっ、へ、兵隊さん! こいつ、いきなり俺達の仲間を殴りかかってきたんです!」


 男は兵士にすがりつく。

 兵士は面倒くさそうにため息を吐いて、スレイブとティーマを見ると息を詰まらせた。


「……驚いた。()()()()()()()()


 そう呟くと、すがりつく男を払いのけて、すぐさま抜刀した。

 それに合わせてスレイブも即座に短剣を抜き、構える。


「バ、バルター様! やめてください!」


 ティーマが叫ぶが、すでに戦いの火蓋は落とされた。


 兵士が勢いよく長剣をスレイブの首元に振り下ろし、スレイブはそれに短剣をぶつけうまく軌道を逸らす。

 その隙に兵士の腕を短剣で切り裂いた。


 痛みで思わず後ずさる兵士に追い打ちをかけるように、スレイブはさらに短剣を投げ飛ばした。

 それを見た兵士は咄嗟に片方の腕で胴体を庇うと、短剣が腕に深く突き刺さった。


 両腕が血が飛び散り、力が入らなくなる。

 これでほとんど兵士の両腕は使い物にならないだろう。


 スレイブは兵士を思いきり蹴り飛ばした。

 手離された長剣をスレイブは空中で奪い取ると、とどめを刺す為にぐんと間合いを詰めた。


 長剣を兵士の首元に構える。

 その時、兵士がプルプルと震える腕で、何かを取り出した。


「……っ! ティーマ、伏せろ!」


 それは銃だった。

 即座に兵士の腕を蹴り飛ばすと同時に、パンと発砲音が鳴り響く。


 ズレた弾道は、チンピラの男に向かっていった。


「え」


 男は反応する間もなく、頭を撃ち抜かれた。

 どさりと倒れ、そのまま血の海の中、動く事もなく息を絶えた。


 スレイブはその光景に目もやらずに、目の前の兵士に剣を突き刺す。

 首元を抉り、内臓を穿つ。

 最後まで兵士は抵抗しようと、なけなしの力を振り絞り、刃を握りしめ、こちらを睨んでいたが、やがて目から光が無くなるとそのまま力が入らなくなった。


 スレイブはひとつ息を吐くと、額の汗を拭った。


「ふぅ……ただの一兵がこんな物まで持ってやがったとは。危なかった」


 スレイブはそう言って、兵士の銃を蹴り飛ばした。

 チラリと、頭から血を流して倒れるチンピラを見る。


「……悪い事をしてしまったな」


 その目に哀れみを抱きながら、そう呟いた。


「そうだ、ティーマ。無事だったか」


 スレイブはティーマにそう呼びかける。


 ティーマは泣きそうになりながら、暗い顔を浮かべていた。

 スレイブは幻滅やら警戒やらされると思っていたが、意外にも現実を受け止めた上で、彼女はスレイブと向き合っていた。

 

「なぜ、殺したのですか」


「俺を殺そうとしてきたからだ」


 ティーマは口に力を入れる。


「……今までずっと騙してきて、すまなかった。あの時、アンタは俺の事を優しいお方だと言っていたが、実はぜんぜんそんな事ないんだ」


 屈んでティーマに目線を合わせながら、いつもの優しい目でそう語る。


「バルター様……」


「……実はな、俺の本当の名はバルターじゃないんだ。本当の名はスレイブ。スレイブっていうんだ」


「……何もかも、嘘をついていたんですね」


 スレイブのその儚げな赤い目にティーマの顔が映る。


「アンタの言う通り、俺はこれから戦場に行く。だから、アンタはもうこれ以上俺に関わってはいけないんだ。ティーマ、アンタはこれからの人間なんだ」


 それでもなお心配そうなティーマに、スレイブは優しく諭すように言葉を選ぶ。


「アンタもこれから普通に生きて、いずれどこかの誰かと恋をして、やがて老いて死ぬ。そういう側の人間だ」


 しんと静まり返った街の中、スレイブの声が響く。

 辺りには気絶をした二人の男と、二つの死体が散らばる。


「対して俺は、こう言う界隈の人間なんだ。俺は多分、復讐の為ならアンタだって殺すと思う。……悪い人間だろ?」


 スレイブは懐から硬貨の入った布袋を床に置くと、そのまま立ち上がり踵を返した。


「じゃあな、ティーマ。もう溺れたりするなよ?」


「ス……バルター様!」


 そう呼びかけるも、スレイブは立ち去っていく。

 こつこつと足音が鳴り響き、やがてスレイブは点になると見えなくなった。


 一人残されたティーマは、うつむく。

 やがて、ぽろぽろと涙が溢れ出した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 なんでもない平凡な日が今日も訪れるはずだったのに、唐突な血の匂いに少女は泣くしかなかった。


(……あの赤い目、どこかで)


 初めて見たスレイブの赤い目を思い浮かべる。

 自由解放団のスレイブは、人攫いや奴隷達の間では有名だが、生憎この少女はその噂を知らなかった。


(何故、この兵隊さんはバルター様を殺そうと……)


 ティーマは兵士に近づく。

 首元に突き刺さった剣から、流れるように血が溢れる。


 そんな中、国王軍の紋章が刻まれた胸の近くに、一枚の紙がちらりと見えた。

 ティーマはそれを拾い上げる。それは切符のようだった。

 血に塗れて使い物にはならないだろうけれども、なんとか文字を読み上げる事はできた。


(切符……()()()()()行き……)


 第二の王都と言われる、バズバルド行きの切符。

 この兵士はバズバルドへ行こうとしてたのだろうか。


 スレイブと兵士を脳内で照らし合わせる。

 スレイブの、これから戦場に行くと言う発言が、どうにも引っかかる。


(……バズバルドに行けば、何か分かるかもしれない。分かるかもしれないけど……)


 ティーマは涙を拭うと、その場から立ち上がる。

 スレイブが置いていったお金と、念の為に銃を回収すると、急いで最寄りの国立職業斡旋所まで駆け込み、受付に向かって鼻息を荒立てた。


「あっ、あの! ……バズバルドで仕事はありませんか!」


 兵士が持っていたバズバルド行きの切符。

 その兵士が、クルバッカ率いる特別部隊の兵士とは、最後まで知る事はなかった。

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