三話 『作戦会議 -復讐の火蓋-』
その後スレイブはティーマとも別れて、その辺の宿に泊まった。
朝が来たら、日雇いの仕事を探し、日銭を稼ぎ、鍛錬を行い、またその辺の宿に泊まる。
アジトはあるが、あえてそういう旅人のような生活をスレイブは送っていた。
理由は二つ。情報収集と巡回だ。
彼はいつも自由解放団の一員として、そのような流浪の旅を過ごしていた。
そんなある早朝の日、スレイブは街中を歩いていると、見知った顔がこちらに向かって手をかざすのに気がついた。
スレイブはそれに目配りして、無視したように歩みを進める。
(呼び出しか……)
これは、自由解放団の呼び出しの合図だった。
やがて、スレイブはアジト、ラウン・パータへと帰りつく。
入り口近くでは、仲間の一人が立っていた。
「よう、お前で最後だ。スレイブ」
そう言われ、二人は村の奥にある、周りの建物よりもひとまわり大きい建物の中に入っていった。
門をくぐると、殺風景な内装の中、そこには大勢の人が無造作に座っていた。
この全員が自由解放団の同志であり、その中でも解放運動を行う戦士が集まっていた。
「来たかい、スー坊。まあ、座んな」
奥の方から声をかけるのは、一人の屈強な体格の女。
長く脂っけのない黒髪で顔を覆い尽くした、獅子のような風貌に、顔は陽に焼けて深いしわが刻み込まれている。
彼女は、この自由解放団の長、ラァーフという女だった。
スレイブはラァーフに言われた通りに、そこら辺にどかっと座る。
辺りを見渡せば、自由解放団のそうそうたる面子が見える。
今日呼び集められたのがただ事ではないのは、入った瞬間に分かった。
ラァーフは集まった面々を見渡して、息をひとつ吸い込んだ。
「よく集まってくれたね、同志達。今から話すのは他でもない、今後の解放運動についてだ」
しんとした空気の中、ラァーフの声が響く。
「我々は今まで、いくつも解放運動を行ってきた。おかげで同志は増えたが、このままでは埒があかん。王にとっては我々の行いなど、あくまで有象無象のひとつでしかないだろう。これでは大海に石を投げ込むような物、決してこの国は変わりはしない」
眉間に影を落としながらそう語るラァーフ。
その口元に、笑みが宿った。
「だが、つい先日、いい情報が手に入った。もしこれが本当なら、我々はヴァルハタ王のケツの穴を世間に晒すような、そんな損害を与えられるかもしれん」
周囲がざわざわと騒がしくなった。
「ラァーフ姐さん、それは一体?」
「よくぞ聞いてくれたね、スー坊」
スレイブが問いかけ、その答えはこのざわめきをさらに大きくさせた。
「──王族の反乱分子……その生き残りが、バズバルドにて奴隷として働かされている」
スレイブは思わず目を丸くした。
「生き残りって……ヴァルティス派の事か?」
今から数年前、ヴァルハタ王の父、ヴァルガルム先王の時代。
ヴァルガルム王は、二人の息子のどちらを次期国王にするか決めかねていた。
その二人の息子というのが、やがて王の座を得るヴァルハタと、その実兄ヴァルティスだった。
ヴァルティスは、民を思う心優しき男だった。
彼は民を愛し、また民に愛されていた。
そして彼は、父の暴君ぶりを見かねて何を思ったのか、国王の毒殺を企てた。
結果として失敗に終わり、ヴァルティス派の者は全員処刑。次期国王はヴァルハタに決まった。
そのヴァルティス派の王族が、奴隷として身分を隠し今もひっそりと生き延びている。
この情報は、同志達を震撼させた。
「それが本当なら、とてつもない事だぞ。ヴァルティス派が今も生きているなんて知れたら、ヴァルハタ王は何を思うか」
「王国の希望、民の光だ。まさか生きておられたとは」
「しかし、奴隷に身を落としているなんて。どうしてそんな事を……」
「個人として扱われるより物として扱われた方が都合がいいんだろう。今やヴァルティス派は国賊扱いだ」
「やばいんじゃないか? そんなの万が一でもヴァルハタ王の耳に届いたなら、ただじゃ済まない」
そんな話があちらこちらで飛び交い、ざわめきは鳴り止まない。
「だから、私達自由解放団が保護するのさ」
ラァーフの鶴の一声が、辺りを静まり返した。
「ヴァルティス派は我々の光だ。生きていると知れただけで求心力となる。我々に追い風が吹く」
「バズバルドは今、国王像を奴隷達に建設させている。そこを襲撃するのか?」
スレイブが問いかけると、ラァーフはニッと笑った。
「大海に石を投げても無駄だと言うのなら、毒を流してやればよい。このバズバルド解放戦は、ヴァルハタ王に対する宣戦布告となる! 野郎共、褌を締めときな!」
そう言い放つと、この場は雄叫びに包まれた。
王の化身とも言える国王像の建設現場を襲撃し、奴隷を解放するというだけでも、きっとあの暴君は血眼になって憤るだろう。
さらに、ヴァルハタ王にとって目の上のたんこぶであるヴァルティス派の王族を味方に引き入れれば、今まで以上に革命派の貴族達からの支援も厚くなるに違いない。
ここからが、本格的な革命運動となる。
ようやく巡ってきたこの国を変えうる戦に戦士達は士気を叫ぶ中、スレイブはどこか暗い表情をしていた。
その脳裏に浮かんでいたのは、ティーマの事だった。
(この作戦がうまくいけば、きっと自由解放団は今まで以上にヴァルハタ王にとって無視できない存在になる。そうなれば、身内にも危害が加わる……)
スレイブは考えていた。
あの少女を巻き込みたくはないと。
「で、姐さん。どんなメンツで行くんだ? あまり大人数で行っても危なっかしいんじゃないか?」
「だが、少人数で行っても徒労だぞ。それに、万が一って可能性もある」
「そうだね。それと……そう、あと、念の為に運転士と砲撃手を……」
そんな話し合いも、どこか上の空でスレイブは聞いていた。
やがて作戦会議も終わり、各々が建物の外に出る。
外はすっかり昼になっていた。今からここを出ると、ちょうどティーマの仕事が終わる時間と重なる。
スレイブは自室に帰り、今ある貯金をある程度、布袋に入れると、ティーマの待つ街へと向かっていった。
その瞳は、悩みで曇っていた。
だが、その奥底では──。
ふと、笑みがじんわりと溢れだす。
(ようやく、だ。ようやく、復讐の火蓋を切れるぞ)
隠しきれない復讐の炎が、メラメラと燃え上がっていた。