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復讐のスレイブ -王をこの手で殺すまで-  作者: いぬはしり
一章 バズバルド解放戦
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二話 『子供です』

 そこは何の変哲もないごく一般的な村。

 緑は少なく、色素の少ない地味な家がまばらに並んだ田舎だが、そこを行き交う人々の顔は明るかった。


 スレイブはその村を歩いていると、彼に気付いた人達が手を振って呼びかけた。


「よう、スレイブの兄貴! 久しぶりだな!」


「スレイブじゃねえか。この前お前がここに呼んだ鍛冶親父、めっちゃおっかねぇぞ」


 スレイブはその言葉達に軽く返事をしてゆく。


 辺りを見回せば、井戸に水を汲みに来た女達が、そのまま話し込む。

 出稼ぎついでに食料を抱えた男達が、村の向こうから歩いてくる。


 ──また、遠くでは。


「一陣、構え! 二陣、構え!」


「進め! 進め!」


 覇気のこもった号令と共に、戦闘訓練を積む者達がいた。

 ある者は木刀を構え、架空の敵を貪るように巻藁に打ち込み、ある者は団体で、架空の敵に接近するように匍匐前進を行っている。


 ここはヴァルトゥナ王国の辺境、疫病の村ラウン・パータ。そして、『自由解放団』のアジトでもあった。

 自由解放団は村ぐるみで活動している。

 元はここもスラムであり、貴族達の奴隷畑だった。

 しかしここに疫病が流行った噂が流れると、そうそうに誰も近寄らなくなり、自由を得たのだった。


 貧しいし、差別も受けるが、みんな自由だった。


 スレイブはあるひとつの家に入り込んだ。

 むわっと熱気が飛んでくる。ガンダイの鍛冶場だ。


「よう、バルター。いや、スレイブか。しばらく顔を見せんから心配しとったぞ」


 何やら作業中だったガンダイは、スレイブに気づくとその手を止めた。


「いや、すまない。ガンダイが無事に着いたってのは仲間づてに聞いたからな。少しばかり日雇いの仕事をしていたんだ」


「熱心だのう」


「いつもよりお金が必要になっちゃったからな、ほいこれ」


 スレイブはそう言って、畳まれた服をテーブルに置いた。


「ん? それは……」


「覚えているか? この前ティーマが溺れてた時に貸してた服だ」


「おお、あの子か! 律儀な奴だのう」


 そう話すと、ガンダイは再び鉄を火にくべる作業に戻りながらこう尋ねた。


「あのお嬢ちゃん、元気にしとるかい?」


「それがえらく懐かれちゃってな……。時折遊びに行かないと、拗ねるんだ」


 スレイブは少し苦笑を浮かべながらそう言った。


「へえ。落ち着いた性格だと思っとったが、そんな子だったのか」


「内気ではあるんだが、どこかやんちゃなんだよな。ガンダイにも早く会いに来いって怒ってたぜ」


「本当か、そりゃいかん。だが、今はまだここに慣れるのに忙しくてのう、しばらくスレイブに遊んでもらえって言っといてくれ」


 しばらく談笑を続け、スレイブはガンダイと別れた。


 たまにスレイブは意味もなくこの村に顔を出している。

 スレイブにとっては、この村が第二の故郷みたいなものだからだ。

 そして、ここにいる村人全員が、同じ自由解放団の同志、いわば第二の家族のようなものだった。


 スレイブは村の人達と挨拶を交わしながらゆっくりと巡り、途中であるひとつの露店が目についた。

 どこの国のものだろうか。何やら華やかな色合いのお菓子のような物が並んでいる。


「これは、なんだ?」


 スレイブは商人に聞く。


「遠い国パラカルトの、『フワ』っていうお菓子よ。甘くて、とろける、煙も出るよ」


 商人はカタコトでそう言った。


「煙も? 変なお菓子もあるもんだな」


 この村は『疫病の村』という看板のおかげで国王軍の兵達は寄りつかないが、街の商人達も寄りつかない。

 だが、自由解放団に支援をする貴族や領主からは、時折派遣の商人達がやってきて、こうして商売をしてくれた。


 スレイブはその色とりどりのお菓子を見て、少し悩むと。


「じゃあそれをひとつ……いや、二つくれ」


 そう言った。


 フワというお菓子を袋に包んでもらい、スレイブはそろそろ村を出ようと歩く。

 そんな時、一人の女が駆け寄り、話しかけてきた。


「あ、あの……。私の事、覚えていますでしょうか?」


 そうほんのりと顔を赤らめて、肩で息を吐く彼女を見る。

 スレイブは少し考え込むと、やがて思い出した。


「ああ! あの時、人攫いに襲われてたアンタか」


 彼女は、スレイブがいつぞや人攫いから助け、このアジトへと招待した子だった。


「あの時は本当にありがとうございました。もし、あなたがいなかったら、私、どうなってた事か……」


「いいんだよ。アンタはその分、誰かを助けてやったらいい」


 スレイブがいつか見せた笑顔を浮かべると、彼女はもじもじとしながら頬を染めた。


「あの……よろしければ、この後お時間はありますでしょうか……?」


「ん? 何か用があるのか?」


「いえ! そういう訳じゃないんですけど……ただ、少しお話がしたいな……なんて」


 スレイブは少し困ったように笑った。

 おそらくデートのお誘いだろう。

 せっかくのお誘いに少し心を痛ませながら、スレイブは手に持ったお菓子袋を顔の前に寄せる。


「ごめんな、この後寄らなきゃいけない所があるんだ。また、今度付き合うよ」


○●○●○


()()()()様、来てくれたんですね!」


 薄暗い街中をスレイブは歩いていると、向こうから小さな歩幅で一人の少女がやってきた。

 白く長い髪を風に揺らし、あどけない笑顔を浮かべる。


「よう、ティーマ」


 その少女、ティーマはスレイブのそばに寄ると、上目遣いでこう尋ねた。


「その、ガンダイ様は、息災でいらっしゃいましたか?」


「ああ、元気だよ。すまんがわしは忙しいから、バルターに遊んでもらえ〜ってな」


 ガンダイの声真似をしながらそう伝えると、ティーマはくすくすと笑った。


「お元気そうなら何よりです。バルター様の故郷、私もいつか行ってみたいです」


 そうどこか遠くを見つめるような目付きを浮かべるティーマに、スレイブは紙袋を掲げる。


「なら今日はお土産だ。不思議な物が売ってたんでな、一緒に食おうぜ」


 スレイブは紙袋の中を見せると、そこにはコロコロとした丸いお菓子が見えた。


「まあ、何ですか? とても可愛らしい……」


「なんか遠い国のお菓子らしい。ほら、食ってみ?」


 そう言うと、ティーマはそのお菓子をひとつ手に取ると、まじまじと見つめて口の中に頬張った。

 お行儀よく、口の中でゆっくりと味わっていながら、目を子供のように輝かせる。


 ここ数日、ティーマと遊んで分かった事がある。

 この子は実に行儀が良く、こうして物を食べている最中は喋ったりはしない。


「どうだ? 口に合うといいが」


 返事が来ない事を分かりながらも問いかける。

 ティーマはうんうんと頷くと、途端鼻の穴から色鮮やかな煙が出てきた。


「わっ、なっ、なんですっ……わっ!」


 突然の出来事に慌てて口を開くと、今度は口の中から煙が舞い上がる。

 それを見てスレイブは思わず吹き出してしまった。


「ははは! いや、『フワ』っていうお菓子でな。煙が出るって言うんで気になって買ってきたんだよ」


「わっ、私で毒味させたんですか!?」


 そう困惑する間にも、口の中から煙は出続ける。

 やがて煙が収まる頃には、ティーマはすっかり怒ってしまった。


「ああ、ごめん、ごめん。お詫びにもう一個あるが、食うか?」


「遠慮します! もう、バルター様は子供です」


 拗ねてしまったようだ。

 子供のようだと言われてしまってはスレイブも反論する事はできず、さてどうするかとフワを口の中に頬張った。


 いかにも人工甘味料のような味が口の中に広がる。

 スレイブは煙を口いっぱいに溜め込んで、器用にポッと吐き出し、煙で輪っかを作ってみせた。


「えっ! どうやったんですか、それ!」


 さっきの怒り顔とは打って変わって、ティーマは興味津々に喰らいつく。

 スレイブは子供だなと思い、ニヤリと笑った。


「これはだな……」


「どうやったのか、俺らにも教えてほしいな〜」


 突如、ガラガラ声が割り込んできた。

 スレイブはふと真顔になって、その方を見る。


 柄の悪い男が三人、こっちに向かって歩いてきている。

 雰囲気で分かる。間違いなくチンピラだ。


「くせえ息を撒き散らしやがって、迷惑なんだよ」


 目をギロつかせながら、三人の男はスレイブを囲い込んだ。


(こう言う類の人間はどこにでもいるな)


 おおかた、スレイブを子供連れと思ってか、ケチな因縁つけてカツアゲでもしに来たのだろう。


「ああ、ここがお前達の縄張りか。なら悪い事したな、すぐに去るさ」

 

 そうスレイブはモクモクと煙を立てながら話す。


「舐めやがって。そっちがその気ならこっちも容赦はしねぇぞ。俺達はここら辺じゃ憲兵だって手を出せねぇ位名が売れてるんだぞ。おー、どうしてくれようか?」


 男はギラギラと目を鋭くさせて睨みつける。

 殴ってやろうかとスレイブの拳が強く握り込まれたが、怯えてスレイブの服を掴むティーマの姿を見て、少し考え込んだ。

 やがて、懐からいくらか貨幣を取り出す。


「まあ、今日の所はこれで穏便に済ませてはもらえないか?」


 そう言って差し出すと、すぐにチンピラはパッと貨幣を引ったくった。

 手の中の貨幣を数えると、その手を握りしめる。


「これは釣りだ、モクモク野郎」


 次の瞬間、その握り拳でスレイブの腹を殴りつけた。


「バルター様!」


 ティーマが叫ぶ。


 だが、殴り倒す気で放った一撃は、スレイブを一歩後ずらせるだけだったので、男は若干狼狽えた。

 対してスレイブは何も喋らず、じっと男を見つめ続ける。


「か、帰るぞお前ら」


 とうとう男は耐えきれなくなって、そう仲間達に告げた。


「おう。じゃあなおっさん、お小遣いありがとよ」


「へへへ、あばよおっさん」


 男達はそう吐き捨てると、どこかへと去っていった。


「おっさんって……まだ俺はお兄さんだろ……」


 スレイブはその背中を見届けながら、小声でそう呟いた。

 気づけば、フワは口の中で完全に溶けてしまい、煙が出る事はなかった。


「バルター様、お怪我は……?」


 スレイブは、隣でブルブルと震えるティーマに気付くと、彼女の背丈程にしゃがんで、父のような笑いを浮かべる。


「ごめんな、怖がらせたな。……かっこ悪い所見せちゃったな」


「いえ……バルター様が謝る事じゃありません。……怖かった、ですけど。でも、バルター様がいたから、大丈夫だと思いました」


 そう強がってはいたものの、その声は震えていた。

 ティーマは涙目を手で拭うと、心配させまいと赤ら顔で笑う。


「バルター様はどこまでも優しいお方なんですね。暴力に頼らずに、平和に物事を解決しようとする……。暴力はいけない事ですから、バルター様は何も間違ってなどいません。えっと、その……私は、かっこいいと思いますっ」


 その言葉を聞いて、スレイブは苦笑を浮かべた。

 今回あのチンピラ達をボコボコに殴らなかったのは、隣にティーマがいたからだ。

 もしスレイブ一人なら、構わずに喧嘩となっていただろう。


 スレイブはひとつため息を吐いて、パンッと手を叩いた。


「よしっ、気分転換に何か飯でも食いに行くか! 甘い物の後は何食べたい? しょっぱいのか? 逆にまた甘い物食べるってのもいいよな。いっその事全部のお店巡っちゃうか!」


 そうわざとらしい程に陽気に振る舞うスレイブを見て、ティーマはくすくすと笑って、こう言った。


「もう、バルター様は子供です」

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