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三話 『謎の少女ティーマ』

「しかし、まさかお前さんがあのスレイブだったとはな。あちこちで暴れ回ってるって有名だぞ。あっ、サングラスを常にかけていたのも、その目を隠すためだったのか」


 軽くまとめた荷物を持ちながら、ガンダイとスレイブは人混みの中を歩いていた。


「おいおい、ここではバルターと呼んでくれ。人目がある」


「あ、ああ。それもそうか、悪かった」


 悪びれるガンダイに、スレイブはサングラス越しに笑ってみせた。


「意外だったか?」


「……いや、そうでもねえな。前々からお前さんは何かを隠しているような気がしてたからな。只者ではないだろうとは思ってはいたわい」


 国王軍の召集を断って、ガンダイはスレイブの誘いに着いてきていた。

 あのまま大人しく国王軍の専属鍛治師になった所で、自分の望むような武器はきっと作れなくなる。

 ただひたすらに武器を作るだけの工場人間と化す。それはもはや自分(ガンダイ)ではないだろう。


 ならば、自由解放団に協力して、国王軍に反抗してやろうと言うのが、この頑固親父の性格だった。


「しかしこれでわしもお尋ね者か。まっとうに生きてきたつもりだったが……」


「まあ、生きてりゃそういう事もあるよ」


「慰めはよせい」


 そんな会話をしながら、二人は自由解放団のアジトへ向かいながら、しばらく。

 スレイブは何かに気づく。


 人混みの奥底から、国王軍の軍服を着た男達が歩いて来るのが見えた。


(今日はやけにうろついてやがるな)


 スレイブは心の中で舌打つと、ガンダイに目配りをする。

 ガンダイも気づいているようだった。


 二人は国王軍から遠ざかるように、この大通りを抜け裏路地へと入っていった。


 人の喧騒が小さくなり、二人の足音が聞こえて来る。

 裏路地といってもさすがは王都。木や建物が芸術のように並び、スラムの街並みよりはるかに綺麗に整えられていた。


「ふぅ……少し焦ったわい」


 ガンダイが胸を撫で下ろす。


「いつか慣れるよ」


「こんなもんに慣れたくはないわい」


 軽口を叩きながら、二人は歩く。

 すると、どこかから、水の流れる音がする。


「……しょんべんか?」


 ガンダイが問う。


「ヴァルトゥナ川だ。近いんだ、ここら辺」


 ヴァルトゥナ川とはこのヴァルトゥナ王国に流れる大河である。

 ヴァルトゥナ王国が水と空の王国と呼ばれる所以はここにある。


 この大河は鏡のように青空を映し、サンサンと煌めく姿は人々の心を虜にする。

 そして川は葉脈のように枝分かれし、王国全体に道を伸ばし、自然をもたらす。

 これがこのヴァルトゥナ王国が栄えた理由のひとつでもあった。


 この川は聖なる川として、王城内にも続いているらしい。


「そうか。しょんべんかと思った」


「……したいのか?」


 そんな他愛もない話をしながら、しばらく水の流れる音を背景に歩いている。

 国王軍の愚痴だったり、自由解放団の話だったり、ガンダイの恋愛話だったりを語り合う。


「まあ、生まれてこの方鉄ばっかり触ってきたからな。女心なんてそりゃ分からなかったわい。だが、そんなわしにアレは随分と優しくしてくれた……。って、お前さん、どうした?」


 少し目を潤わせながら語るガンダイは、スレイブの表情に気付き訝しんだ。

 さっきまでうんうんと相槌を打っていたスレイブだが、今は別の事に集中しているようだった。


 耳をヴァルトゥナ川の方にかたむけている。


「……何か聞こえないか?」


 それに合わせてガンダイも耳を澄ませるが、聞こえるのは川の流れる音だけだった。


「いや、何も聞こえねえが?」


「そうか、気のせいだったらいいが……」


 そう思うと、スレイブはモヤモヤとしながら歩を進めようとしたが。


「──ぁ──け」


 かすかな人の声を感じて、バッと顔を振り上げた。


「やっぱり何か、人の声が聞こえる!」


 そう言うと、スレイブは川の方へ走って行った。


「あ、待たんかい!」


 場所によって木々や草が生え茂り、人の手が加わってない地域もあるが、ここ王都セルバーナのヴァルトゥナ川は石畳で舗装されていた。

 すこし大通りを歩けば、人の手によって飾り付けられた観光地としての川目当てに大勢の人が集まるが、ここは裏路地という事もあり、いつも人通りは少ない。

 しかも今日はいつもに増して、人が一人もいなかった。


 スレイブは一足先に川に辿り着くと、目を細めた。


(今日は川の流れが激しい)


 ごうごうと音を立てて水飛沫を上げながら川は流れる。

 どうりで人は少ないはずだ。スレイブは嫌な予感がした。


 スレイブは川に近づくと、目を凝らす。


(……あれは、人か!)


 人が流されている!


「ガンダイ! 人だ、人が流されているぞ!」


「なんだと!?」


 ようやく追いついたガンダイは、辺りを見回して溺れゆく人に目を向けると、冷や汗をかいた。


「まずい、どうする? この様子じゃ憲兵を呼ぶ時間もねえ!」


「しょうがねえ、俺がやる」


 スレイブはそう言うと、纏っていた衣服を脱ぎ捨てた。

 瞬間、ガンダイはギョッとした。

 その分厚い筋肉の鎧を守った身体は、おびただしい程の傷跡が浮かんであった。


 しかし、今にも飛び込みそうなスレイブを見て、ガンダイは我に帰って必死に止める。


「馬鹿! やめろお前さんまで溺れちまうぞ!」


 しかし、スレイブは川の前に立つと。


「ガンダイ、頼んだぞ」


 そう言い残すと、スレイブは濁流の中に身を投げた。


「──っ、馬鹿たれが!」


 ガンダイはそう言うと、荷物からロープを引っ張り出して近くの丈夫な杭に巻きつけ始めた。


 全身が弾け飛ぶような衝撃が来た。息がつまり、身体が濁流にもまれる。

 流れに逆らいながら、ぐいぐいと水をかいてゆく。

 だんだんと意識が遠くなるのを感じ、スレイブは一旦水面に顔を出した。


(──あそこか)


 再び息を吸い込んで海面に潜ると、スレイブは全身全霊の気力を持って進んでいく。


 やがて、かすかな視界の中、人影のようなものが見えた。

 かろうじてその人影に手を伸ばすと、瞬間抱き寄せる。


 折れてしまいそうな程に華奢な身体だった。意識があるのかないのか、その身体に力はなかった。


(よし、あとは……)


 体中がちぎれそうになる衝撃に、スレイブは風に舞う木の葉のように振り回される。

 ここまでで全ての力を振り絞った彼に、このまま引き返す力はほとんどない。


 スレイブは懐から短剣を取り出すと、歯を食いしばる。

 そして、自らの手首に向かって刃を突き立てた。


 ボコボコっと、歯の隙間から苦悶の泡が湧き出る。

 じわっと血が流れ出すのを確認して、スレイブはそれを広げるように手を水面に踊らせた。


 表から見れば何も変わらぬ川の青さに、絵の具を垂らしたような赤色が浮かび上がった。


「行くぞぉぉおっ!」


 かすかにガンダイの怒号が聞こえる。

 スレイブは手に全神経を集中させると、何かが手に飛び込んでくるのを感じた。

 槍だ。ガンダイは水面の血の色にめがけて、ロープをくくりつけた槍を投げて渡してきたのだ。


 スレイブは必死にその槍にしがみつくと、ガンダイはロープを引っ張り始める。

 ぐいぐいと身体が引き寄せられていき、かろうじてこの濁流から抜け出す事が出来た。


 打ち上げられたスレイブは肩で息をしながら、溺れていた人をガンダイに託す。


「まったく、お前さんあれだな、相当な馬鹿だな」


「はは……短剣、研いでおいてもらって助かったな」


 スレイブはくらくらと揺れる頭の中、自分の上着から片手に収まる大きさの箱のような物を取り出した。


「なんだそれは」


「ある技術大国から取り寄せた、点火装置らしい」


 スレイブはそう言って、その箱のレバーを引くとぼうぼうと火が燃え出した。


「はあ、便利なもんだな……っておい!」


 スレイブは突如その火で手首の傷を炙り始めた物だから、ガンダイは目を丸くした。


「いいんだ、俺はこれで大抵なんとかなる。それより、そっちの子は?」


 ああ、この男はこんな応急処置をしているからこんなに傷跡が残るんだ、とガンダイは思いながら、腕に抱える人に目を見やる。


 齢は十三あたりだろうか。あまりにも儚げな少女だった。

 白く長い髪が水に濡れて、滴っている。

 その細い身にまとうボロボロの服に似合わない、赤色の宝石の首飾りが印象的だった。


 その少女はガンダイの腕の中でぐったりとして動かない。

 顔が真っ青だった。呼びかけるも反応がない。


「息をしていないのう、こりゃまずい」


「床に寝かせろ、蘇生術だ」


 スレイブは汗を拭うと、少女の胸に手を乗せ、力強く圧迫を繰り返す。

 命を吹き込むように、ドッドッとリズムよく。


 胸を強く押し込むたびに、揺れる首飾りが鬱陶しく思えた。

 パッと手でその首飾りを払いのける。


 と、その時だった。


 瞬間、首飾りがまばゆく輝き始め、辺りは赤い光に包まれた。


「うわっ!」


 思わず蘇生する手を止め、光を腕で遮る。


「なんだ、なんだ!」


 あまりの出来事にスレイブもガンダイもびっくりしたが、爆発でもするのではないかと不安に思い、その光を瞳に映す。


 ──刹那、見惚れてしまった。

 それは炎のように、力強くも優しい光だった。

 心の底から力が沸いて熱くなるような、太古の炎を想像させる芯の通った光だった。


 やがてその光が徐々に収まると、突如少女が咳き込んだ。

 水を吐き出して、苦しみに喘ぐ。呼吸が回復したようだ。


「おかえり、体調はどうだ?」


 スレイブは安心したような笑みを浮かべて、少女に問いかけた。

 まだおぼろげな意識の少女は、目をトロンとさせて辺りを見回す。


「私は……」


 今にも消えてしまいそうな、細く、透き通る声だった。

 その目はガンダイを見て、スレイブを捉えると、不安げな表情を浮かべた。

 それを見て、スレイブはそっと優しく微笑みかける。


「さっきまでの事、思い出せるか? アンタはこの川で溺れていたんだ」


「はい、覚えていますが……。あの、すみません、その姿は私には少々刺激が……」


 そうほんのりと顔を赤らめる少女に、スレイブは片眉を上げる。

 やがて自分が全裸である事を思い出すと、少女以上に顔を赤らめてそそくさと衣服を拾いに行った。


 急いで着替えるスレイブを隠すようにガンダイは寝転んだままの少女の前に座り込む。


「大丈夫か? 記憶は、体調は?」


「ええと……はい、問題ない……と思います」


「そうか、良かったなあ! お前さんはまだ若いんだから、こんな所で死んじゃもったいない。しかし、なんでこんな所で溺れていたんだ?」


 そうガンダイが問うと、少女は眉をひそめる。


「ええと……。その、思い出せません。たぶん、滑って川に落ちたんだと思います」


 少女の回答に、ガンダイは訝しんだ。

 この子は嘘をついている。こんな人気のない荒れた川に女の子一人で近づく理由がない。自殺でも図ったのだろうか。


「ええと、あなた達は?」


 そんな事を考えていると、少女が問いかける。


「ああ、わしはガンダイ。そして後ろのすっぽんぽんが、ス……」


「バルターだ」


 着替え終わったであろうスレイブが後ろから答えかけた。


「なあ、その首飾り。ちょっと見せてもらってもいいか?」


 少女はゆっくりと起き上がって、首飾りを手に持ってみせた。

 フレームに飾れた吸い込まれそうな深い赤の宝石。

 太陽の明かりに反射してキラキラと光ってはいるが、さっきのように自ら輝きを放ってはいない。


「なあ、さっきこれがピカーッ! って光ってたんだが、何か分かるか?」


「えっ? いや、何も分かりません。この首飾りは、私のお兄様からいただいた物で……それ以外の事はよく分からないのです」


 彼女はそう言うと、首飾りを胸と服の間にしまった。


「そうか」


「ええと、すみません……」


「いや、いや、いいよ謝らなくて! ただちょっと、不思議に思ったからさ」


 彼女は申し訳なさそうな顔をして、スレイブは焦る。

 心に蓋でもしているのか、内気なこの少女をスレイブは少し苦手に思い、心配に思った。


 と、突如。

 少女の顔が赤くなったかと思えば、そのままポロポロと涙を流し始めた。


「わっ。ど、どうした? ガンダイ、俺何かやっちまったか?」


「分からん! だが多分お前さんが悪い! 慰めてやらんかい」


 焦るスレイブは、少女を胸に抱き寄せた。


「ごめんなー、ごめんな、ごめんよー」


 とりあえず謝るスレイブの胸で、少女は静かに泣き続ける。

 やがて涙が収まると、そのまま胸の中で少女は小さく呟いた。


「ご、ごめんなさい……。ちょっと、頭がおかしくなったみたいで……ごめんなさい」


 少女はスレイブから離れると、涙を拭って目を上げた。


「ま、まあ。大変だったもんな、分かるよ」


 妙に気まずい空気が辺りに流れる。


「そうだ。アンタ、名前は?」


 彼女は少し言葉を躊躇った後。


「ティーマ」


 と名乗った。


 スラムの出だろうか。

 しかし、ボロボロの服に似合わない白く透き通るような肌に、整った顔立ちは一種の高貴ささえ思わせる。


「帰る場所はあるか?」


 ティーマは少し迷って、こくんと頷いた。


「一人で帰れるか?」


 ティーマは頷きかけて、うつむいた。


「あ、あの……着いてきてもらったり、出来ませんでしょうか?」


 スレイブとガンダイは目を合わせた。


 スレイブは迷っていた。

 ただでさえ自分はお尋ね者なのに、ガンダイを連れてこれ以上人目につきたくはなかった。

 あんな話があった以上、もし王国軍に荷物をまとめたガンダイを見られでもしたら、逃亡したと決定づけられ面倒な事になるだろう。

 出来る事ならガンダイを自由解放団のアジトに届ける事を優先したい。


 そう悩む様子を見てか、ガンダイは髭をいじくって、こう言った。


「着いていってやれ。わしは大丈夫だ」


 そんな言葉に、スレイブは不安そうな表情を浮かべる。


「大丈夫か?」


「安心せい。何より、そのお嬢ちゃんがあわれでならん」


 スレイブは不安で仕方なかったが、この頑固親父は言い出したら聞かないだろうなと思い、鼻で笑った。


「よし、なら一緒に行こうか。ティーマ、よろしくな」


 そう言って、スレイブはティーマに手を差し伸べる。

 彼女はおそるおそるその手を握り。


「あの、ありがとうございます。ガンダイ様、バルター様」


 そう言って、やっとほんのりと笑顔を浮かべた。

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