エピローグ 『復讐のスレイブ』
雪が降っていた。
ヴァルトゥナ王国の最北端、王都から遠く離れた寂れた街。
建物も少なく、人気の少ないその街は、白い雪に飾られ、とても寂しげに見えた。
「見ろ、この新聞を」
そんな中、一人の男が白い息を吐きながら、知り合いに新聞を見せつける。
「まあ待て。俺は文字が読めねえんだ。読み上げてくれよ」
そう言われ、男は軽く息を整える。
「ヴァルティス派が生きていた。自由解放団っていう革命組織が保護しているらしいぞ」
二人は顔を見合わせた。
「自由解放団って、バズバルドで騒ぎを起こしたあの組織の事か? 本当かよ、だとしたら、完全に世論が傾くぞ」
「貴族連中もその知らせを聞いて、自由解放団に投資を始めたとの事だ。今のうちにツバ付けときゃ、後で美味しいって考えだろうが……。何せ、あのヴァルティス派だ。今の暴君に比べたら、誰だってそっちに着いて行きたがる」
「……もうすぐ何か変わるのかもしれないな。ヴァルティス派が処刑されたあの日から、どうにも生きた心地がしない。ヴァルハタが王になり、悪政は激しくなる一方だ。この街も、昔みたいに……」
「今の話、詳しく聞かせてもらおうか」
突然の声に二人は驚いてその方を向くと、国王軍の軍服を着た騎士がこちらに近づいてくるのが見えた。
男は慌てて新聞を背中に隠した。
だが、騎士は男の腕を掴むと、強引に新聞を引っ張り出した。
その新聞をじろりと見て、男を睨んだ。
「その新聞、国が発行している物ではないな。どこで手に入れた?」
男は冷や汗を浮かべた。
この新聞は、裏で出回っている闇新聞だ。
国運営の新聞は王の顔色を伺ってロクな情報が書かれていないので、裏でこうして寄せ集めた情報をやりくりしていた。
当然政府はこの事をよく思っておらず、発見次第、購読者も、発行者もまとめて制裁の対象となる。
そして、どこで物を手に入れたか、話さない場合は。
騎士は黙る男の口をこじ開けると、剣の柄を口内にねじ込んだ。
情報を話さない場合は、拷問さえ行われる。
酷い時は、そのまま収容所行きだ。そうなれば、生きて帰れる保証はない。
男はえずき、呻き声をあげる。
それにも関わらず、騎士は柄を喉奥まで突っ込み、ぐりぐりと掻き回すと、最後に喉奥を抉るように突き込んだ。
男はよろけて血が混じったゲロを吐く。
それを見たもう一人の男は、今にも泣きそうな表情でへたり込んだ。
騎士は剣先を男の喉元に突き立てると、冷酷な眼差しでこう言い放った。
「答えろ、こんなくだらない噂を広げた奴らはどこだ」
「そりゃー、俺達に決まってるだろ」
突如、背後から声がかかった。
騎士は驚いて後ろを振り向くと、雪景色の向こう側から二人組が歩いてくるのが見えた。
一人はサングラスをかけた大柄な男。
もう一人はフードで顔を隠した小柄な少女だった。
「もっとも、それは噂程度なんかじゃないけどな。あーあ、酷い事しちゃって。可哀想に」
「誰だお前らは」
騎士は剣を構えてその二人を睨んだ。
男はその場にざっと立ち止まり、サングラスを取り外す。
その男の燃えるような赤い目を見て、騎士の顔は青ざめた。
「その目、もしやお前は……!」
言い放つ間も無く、その男は騎士の方に向かって踏み出した。
騎士は慌てて剣を構え直す。
しかしその瞬間、不思議な事が起きた。
突如として雪が冷たく吹き荒び、吹雪となって視界を閉ざした。
(まずいっ)
騎士は慌てて剣を振るも、それは空を斬るだけで何の手応えも無かった。
そして一瞬の吹雪は止むと、気が付けばその男は騎士の背後を取っていた。
男は短剣を騎士のうなじに突き立てる。
まるで吹雪を意図的に操ったかのような、奇跡的なタイミングだった。
うなじに伝わる冷たい刃の感触に、騎士は身動きが出来ずにいた。
二人組の男が、まるで妖の類でも見るかのようにこちらを見つめている。
少女はその二人組に駆け寄ると、口から血を流し咳き込む男の顔を見た。
純白の髪がチラリとフードの隙間から覗く。
「もう大丈夫ですよ。ほら、あーんして」
少女の言う事に戸惑いながらも男は口を開けると、奇妙な事が起きた。
少女の身体がほんのりと光ったかと思うと、途端に喉の痛みが取れてきた。
喉奥の焼けるような痛みはすっかりと癒え、男は顔を上げた。
まるで御伽噺に出てくる魔法のようだった。
「あ、ありがとう……」
男はそう呟くと、少女は儚げにニコッと笑った。
そして、彼女は立ち上がると、短剣を持った男の側に近付いた。
「こっちはもう大丈夫です」
「そうか、ありがとな。にしても便利だなあ、それって」
騎士は睨んだ。
背後から聞こえる呑気な会話に、屈辱さえ覚える。
だが、それと同時に。今が好機だと、笑みを浮かべた。
騎士はバッと身を翻すと、男の手に握られた短剣を跳ね飛ばした。
クルクルと短剣は宙を舞い、雪に突き刺さる。
騎士は大きく息を吸い込み、剣を振りかざした。
男の胴を真っ二つにしてやろうと手に力を込める。
その時、目を疑うような事が起きた。
足元の雪が胎動したかと思えば、その雪がまるで生き物のように騎士の身体を這い寄り始めた。
そして、一瞬の内に雪は螺旋状のロープのようになって、全身を縛り上げた。
(信じられん)
力を込めるが、身動きひとつ取れない。
今度は偶然などではない。自然現象などでもない。
紛う事なき、この世の力ではない技だ。
「こ、これは……。お前らは、一体……」
騎士はプルプルと身体を震えさせて、絞るような声で問いかけた。
「俺達が誰かって?」
男はニヤリと笑みを浮かべる。
その笑顔は、まるで無邪気な子供のようにも、冷酷な死神のようにも見えて。
赤い目が太陽みたいにキラリと光った。
「覚えておけ! 俺達は自由解放団の、スレイブとティーマ。復讐の為、ヴァルハタ王を討ち倒す者だ」
しばらくの間書き溜めをさせていただきます。
次の章の投稿は1月末くらいになると思います。




