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復讐のスレイブ -王をこの手で殺すまで-  作者: いぬはしり
一章 バズバルド解放戦
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十三話 『ヴァルティマリア姫』

「……姫?」


 その突拍子もない言葉に、辺りはしんと静まり返った。


 ヤラドゥはわなわなと震えながら、ティーマの元へ近づく。

 スレイブは訳が分からない顔を浮かべる。


「姫? 姫って、誰の事だ」


 すると、ティーマはスレイブの腕から離れ、ゆっくりとした動作でヤラドゥの姿を見つめる。

 

 伸び放題にボサボサの髪に無造作に生えた髭。薄汚れた衣服に痩せこけた姿。

 ……だが、その瞳の奥に宿る、ティーマと同じ、あの日を物語るかのような憂いを帯びた光。


「……ヤラ、ドゥ?」


 無意識に出た言葉だった。

 ティーマは思わずヤラドゥに向かって歩み寄る。


 その知らないはずのシワ枯れた男に、数々の思い出が重なって、記憶が鮮明と蘇る。


「ヤラドゥ……ヤラドゥ、なのですか?」


 そう静かに問いかける。

 するとヤラドゥは、胸が燃えるように切なく、熱くなり、堪らずに大粒の涙を流すと、その場に跪いた。


()()()()()()()()()!!」


 枯れるような大声で叫ぶと、ティーマも泣き出して、急いでヤラドゥに向かって抱きついた。

 二人はまるで、互いの生存を確認するかのように強く抱きしめ合うと、涙に濡れる。


「……大きく、なられましたな」


「あなたこそ。こんなにボロボロになって……」


 その二人の姿に、周りは状況を理解できずに、ざわめきはどんどん大きくなる。


「ヴァルティマリア姫……って、ヴァルティス王子の妹の?」

 

「ヴァルティス派として処刑されたって聞いたぞ。彼女がそうなのか」


 ヴァルガルム先王の娘にして、ヴァルハタ王とヴァルティス王子の妹、ヴァルティマリア姫。

 王宮に箱入りで育ち、民衆に顔を出す事は少なく、世間に知られているのは名前だけのような物だった。


 そして、最終的に彼女は、ヴァルティス王子の処刑の際に一緒に亡くなったとされている。


 だが、どういう訳か。

 そんな王家の人間が、こんな戦場にいるではないか。

 本当に、このティーマという少女が姫と同一人物なのだろうか。


「スレイブ、どう言う事だ。あの子が王族だと知っていたのか」


 ケルビアの問いに、スレイブは慌てて首を振った。


「いや、何も知らなかった。ただの女の子としか……」


 スレイブは目を瞬かせながら、ティーマを見る。

 今まで自分の隣にいたか弱い少女が、王家の人間だとは到底信じられなかった。

 だが、その一方で。どこか彼女に得体の知れない厳かさを感じていたのも事実だった。


 混乱に陥るこの場を諭すように、ラァーフは一歩前に踏み出す。


「……まあいい。状況確認は後だ。いつ国王軍の追手が来るか分からん、今はここからトンズラする事が優先だ」


 彼女はそう言うと、皆を引き連れて移動を始めた。


 道中は血と灰の匂いで燻っていた。

 極力敵に見つからないように、静かに淡々とした移動だった。


 そんな中スレイブは、隣の泣きじゃくって瞼が腫れたティーマに話しかける。


「なあ、ティーマ。……いや、ヴァルティマリア姫……様?」


 そう辿々しく尋ねるスレイブに、ティーマは思わずくすりと笑った。


「ティーマでいいですよ。バルター様」


 そう言われると、スレイブは若干考え、やがて頬をかいた。


「……そ、そうか。じゃあ、なあティーマ。アンタ、本当に王族なのか」


 その問いに、ティーマはこくんと頷いた。

 スレイブは思わず唾を飲み込み、早口になった。


「なんで隠していたんだ」


「バ、バルター様だって、自分の正体を隠していたではないですか」


 そう言われると、スレイブも口ごもった。


「そりゃ、まぁ……。うん、そうだけど」


 集団の足音の中、スレイブの声が小さく響く。


「生き残っていたのなら、反ヴァルハタ派に正体を告げて、保護をして貰えばよかったじゃないか。少なくとも、あんな過酷な生活を送るよりはマシだっただろう」


 ティーマは顔を俯かせ、少し黙った後、


「それは、そうなんですが……」


 煮え切らないような返事に、スレイブは片眉を上げた。


「こら、スレイブ。黙って移動しろ」


 横からヤラドゥが声をかける。

 スレイブは軽く謝ると、正面を向いて再び歩き出した。

 だが、その頭の中では忙しなくティーマの事を考えていた。



 ──そして、無事に敵に気付かれる事もなく、なんとか自由解放団は包囲網を突破した。

 住民も既にどこかへ避難していたらしく、人と会う事すら無かった。


 今は既にバズバルドの端にまで移動している。

 ティーマはこの道に見覚えがあった。


「ここは……駅の付近ですか?」


 その問いに、先頭のラァーフは顔を振り向かせてニッと笑った。


「ああ。既に仲間が足を用意してくれてるはずだ」


 やがてバズバルドの駅に到着する頃には、既に空は真っ暗に染まっていた。

 星の光も届かない地上には、駅の灯りがやけに眩しく見える。

 そして、その灯りに照らされ、数々の人影がこちらを覗いてた。


「私だ、ラァーフだ」


 その人影達に向かって、ラァーフは呼びかける。


「列車で逃げるのか」


 ヤラドゥは驚いたように言った。

 スレイブは前に進みながら、ヤラドゥの方に振り向く。


「ああ。列車酔いする類いか?」


「いや、そうではないが……。大それた事を考えるものだ」


 そう言いながら人影に近づくと、そこには列車の外で見張りをしている自由解放団の仲間達がいた。

 ラァーフが一人で近づくと、付近の団員に話しかける。


「やあ、お疲れ。こっちは無事に全員解放できたよ。そっちはどうだい」


「ああ、滞りない。既に避難は完了している。こっちで解放した奴隷は既に列車の中だ」


 自由解放団は二手に分かれ、ヤラドゥ捜索隊と儀式阻止隊で行動していた。

 ヤラドゥ捜索隊はヤラドゥを探す過程で、街中に点在する奴隷達に接触し、解放作戦を伝えていた。

 そして、儀式阻止隊が派手に名乗りを上げ注目を集めた所で、ヤラドゥ捜索隊が街に散らばる奴隷達を保護していたのだ。

 こうして、バズバルドにいる奴隷達のほとんどが、今この列車に集まっている。


 ラァーフ達がそんな状況確認をしている横で、一人の男がスレイブを見かけると手を振って声をかけた。

 その男は疲れたように腰を伸ばしながら近づいた。


「ガンダイ」


 その男は、鍛冶屋のガンダイだった。

 くまが出来た顔をしわくちゃにさせて、ガンダイはため息をついた。


「よう、スレイブ。まったく、こんなジジイを酷使しおって。もう疲れたわい」


 そう愚痴を漏らすガンダイを見て、ティーマは目を輝かせた。


「ガンダイ様!」


 ガンダイはスレイブの横の小さな少女を見て、驚いた顔を浮かべた。


「ティーマか。何故ここに」


「……姫、お知り合いですか?」


 ヤラドゥが尋ねる。


「はい。私の……恩人です」


 そう微笑むティーマを見て、ヤラドゥは安らかな笑みを浮かべた。


「……そうか。ガンダイ殿、姫に変わって礼を。感謝する」


 深々と頭を下げるヤラドゥに、ガンダイは慌てたように頭を上げるよう身振り手振りした。


「ああ、よせやぃ。特に感謝される覚えもない……というか、姫? 姫ってお前さん、どう言う事だ」


「まあ詳しい話は後だ。俺達もよく分かってないからな」


 スレイブがそう促すと同時に、駅の方からラァーフの大声が聞こえた。


「さあ、皆乗り込め。ここから離れれば、アンタらは自由だ」



 ──時はほんの少しだけ遡り。


 がらんと静まり返った街並みを、国王軍特別総隊長のクルバッカは馬に乗って駆けていた。

 松明を掲げながら、そこへむこうへと目を配らせる。


「まったく、どこに消えやがった」


 体の底から湧き上がる苛立ちと焦燥感をぶつけるように、馬の尻を叩いた。


 いよいよ日が落ちるまで探しているが、一向に見つからない。

 この闇夜の中では、松明を掲げる事は目立ちすぎる。恰好の的だ。


「……もう知らん! そろそろ引き返すぞ、くそ」


 そう思った時だった。

 近くから瓦礫が崩れるような音がして、クルバッカは思わず馬を止めた。


 この付近は、作りかけの国王像があった所だ。もっとも、今は自由解放団のせいで爆破され瓦礫の山となっていたが。

 クルバッカはまさかと思い、馬を降りて松明で地面を照らしながら近づく。


 小さな山のように積み重なった瓦礫を登り、辺りを見渡す。


 すると、近くでガラガラと物音が聞こえた。

 クルバッカは思わず息を飲み込んで、恐る恐るその場へ近づいた。


「……誰だ」


 クルバッカが静かに問うと同時に、瓦礫の中から大きな人影がぬるっと飛び出した。


 うめき声を上げながら、その人影はクルバッカを見る。


「ぬぅ……総隊長殿」


 その声を聞いて、クルバッカは安堵と同時に怒りが湧いた。


「ズガドガン!」


 その者は、ズガドガン・ハッパライトだった。

 彼はふらふらと立ち上がると、顔に手を当てた。

 見れば、身体のあちこちから血を流し、瓦礫の破片が突き刺さっている。

 もはや立っているのも困難な状態だろう。生きているのが不思議な状態だった。


「貴様! 貴様! 貴様! 貴様と言う奴は、何故単独行動を起こした! 言え!」


 クルバッカは憤怒を抑えきれずに、吐き散らすように叫ぶ。

 当然の怒りだった。だが、ズガドガンは一向に悪びれる様子はない。


「《火の民》の首を取る為です。俺の王が《火の民》の事を気にかけておられるから、どんな奴かと思ったら……とんでもない卑怯者だ! あの男は矜持という物をまるで持ち得ておらん。絶対に許さぬぞ……」


「何が絶対に許さぬだ! そもそもお前、任務を放棄して何を勝手に……」


 その時、遠くの方から人の駆け寄る音が聞こえた。

 見れば、何やら一人の国王兵が、慌ただしくこちらに向かってきていた。

 その者は、片腕を無くし、ボロボロの格好だったので、クルバッカは不安に思った。


「そ、総隊長殿!」


 よろよろと倒れるようにして跪き、クルバッカは瓦礫の山から飛び降りるてその兵に近寄った。


「どうした」


 国王兵はぜぇぜぇと肩で息をしながら、吐き出すように声を上げた。


「……第六班壊滅! 自由解放団に包囲網を突破されました!」


 その報告に、クルバッカは唾を飲んだ。

 ぶわりと冷や汗が浮かび上がる。


「何故だ! 周りには包囲網、丘の上には砲兵部隊! その状態で何故負けるのだ!」

 

「それが、《火の民》の、《火の民》の急襲を受け……っ」


「《火の民》だと? 《火の民》とも言えど相手は一人だろう。奴らは今どこに」


 その問いと同時に、国王兵はばたりと倒れた。

 無くした片腕から血が滝のように溢れ出る。

 その様子を見て、クルバッカは歯ぎしりをした。


「くそっ、やっちまった。完全に甘く見ていた。どうする、どうする……」


 クルバッカは頭を抱えて眉間に皺を寄せる。


 その時、背後から馬の嘶く音が響いた。

 驚いて振り返れば、ズガドガンがクルバッカの乗ってきた馬に乗馬していた。


 大槍を携え、馬の手綱を握った。


「何をしている、ズガドガン!」


「《火の民》を討ち取りに行くのです」


 静かな返答に、クルバッカは舌打った。


「討ち取りにったってどこに行く気だ。奴らは行方が知れないんだぞ」


「しらみつぶしだ」


「そんな無茶な」


 そう言い残すと同時に、ズガドガンは馬の尻を叩き、駆け出した。

 その後ろ姿を見て、苦虫を噛み潰したような苦悩の表情を浮かべる。

 頭の中を沸騰させる程に推察を繰り返し、クルバッカは駆け抜けるズガドガンに向かって叫んだ。


「行くなら駅に行け! 奴らが次に取る行動は逃走だ。奴隷を抱えた自由解放団は、列車で逃げるはずだ!」


 この叫びが届いたか届かずか、ズガドガンの後ろ姿は点となって、とうとう夜の闇に消えてしまった。

 それを見届けて、クルバッカは腹いせに近くの瓦礫を蹴り飛ばした。

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