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復讐のスレイブ -王をこの手で殺すまで-  作者: いぬはしり
一章 バズバルド解放戦
12/21

八話 『奴隷達の復讐』

「遠い国の言葉では、『仏作って魂入れず』ということわざがあるらしい。今回行うのはそれだ。この国王像に魂を捧げるのだ」


 男の言葉に、ざわざわと辺りは騒めいた。


「と言っても、そんな堅苦しいものじゃない。要はショーみたいなもんだ。……何をするか気になるか。着いてこい、見せてやろう」


 そう言って、男は歩き出した。


 全員が不思議そうに彼に着いていく中、ティーマは心の中のざわめきが止まらなかった。

 察しのいいティーマはこれから何をするのか、なんとなく予想ができた。


(国王像に魂を捧げる……まさか……)


 ティーマの頬に冷や汗が走る。

 自分のこの予想が間違っている事を少しでも願うばかりだった。


 歩みを進めるにつれて、段々と辺りが騒がしくなってきた。

 バズバルドの住民や、それ以外の人。そして貴族のような人までがこの騒ぎに集まっていた。

 おそらく全員が、今からやるという儀式を観に来たのだろう。


 近くから太鼓のような音がリズムよく聞こえてくる。

 それと同時に煙の匂いが漂ってきた。あちらこちらで火が掲げられ、夕焼けのように辺りを赤く染める。


 やがて、遠くの方に何かが見えた。


 目を凝らして見てみれば、木で作られた簡素な作りの高台の上に、篝火が四方に置かれ、その中央に人が数人立っていた。

 その下には、見窄らしい格好をした奴隷が集められている。


 その高台を囲むように、大勢の人達が何かを待ちわびている様子だった。


(いったい何が……?)


 一見した限りでは、何かの祭りのようにしか思えない。

 やがて高台を囲む人々の一部に混ざると、先導する男がちらりとこちらに振り向いた。


「よく見ておけ、滅多に見られる物じゃないぞ」


 そう炎に目を光らせながら言うと、正面に向き直る。


 この異様な雰囲気の喧騒に、ティーマは怯えて腕を胸の前に組んだ。

 周りを見渡せば、これから何が起こるか分かっているふうの者もいれば、興味本位で集まった人もいる。


 遠くで犬の鳴く声が聞こえ、太った貴族が一般人を押し除けて前列に進む姿も見えた。

 ここには、ドロドロとした負の感情が炎の煙と共に充満している。


 やがて、高台の上に見覚えのある一人の男がやってくるのを見て、ティーマは眉をひそめた。


(あれは……監督?)


 さっき集合場所にいなかった監督が、高台の上から観衆を見下ろしている。

 その顔は篝火に照らされ、悪魔のように見えた。


 やっと何かが始まると、人々は各々と騒ぎ始めた。

 しばしの喧騒の後、監督はひとつ息を吸い込んだ。


「皆様」


 監督の一声で、ざわめきが止まる。

 火の音だけがパチパチと響く空間に、彼の声はよく通った。


「今日は、老若男女身分関係なく、よくぞ集まってくれました。この働き者の街、バズバルドの地は、今まで『第二の王都』と呼ばれてきましたが、それが本当の意味になる日が来たのです」


 監督は目の前の首なしの黄金像を指差した。

 ここは黄金像よりもかなり離れた位置だったが、それでもなお大きく人々を見下ろしていた。


「あそこに見える黄金像こそが、我らがヴァルハタ王より仰せつかりました、王都セルバーナに続く第二の国王像であります!」


 監督の声に呼応するように、あちらこちらで小さな歓声が上がった。


「今や今やとこの日をどれだけ待ち侘びた事か。ご覧の通り、もはや完成まで秒読みと言ってもいいでしょう。我らがヴァルハタ王の化身が、このバズバルドに君臨するのです」


 監督がわざとらしく大きく身振り手振りをしながらそう演説する。

 その様子をティーマは落ち着かない様子で見ていた。


「……しかし、まだ足りません。陛下は血を求められておられます。生贄を、魂を、儀式を!」


 波紋のように広がる周囲のざわめきと共に、ティーマは確信した。


「おい、連れて来い!」


 監督が高台の下にいる部下の男達に声をかける。


 部下達は手に鞭を持ちながら、奴隷達を高台の上に歩くように強制した。

 ひどく怯えた様子で、奴隷達はそれに従う。


「い、いやだ……!」


 その最中、一人のやつれた奴隷が、荒くなる呼吸を噛み締めて、勢いよく逃げ出した。

 その奴隷は観客の群れの中に逃げ込もうと、ちょうどティーマの方に駆け寄ってきた。


「だ、誰か! 助けっ」


 思わず手を差し伸べようとするティーマの顔に、ぴしゃりと血がかかる。


 追いかけてきた一人の部下が、奴隷の胸の辺りを剣で突き貫いていた。

 奴隷は涙で濡れた瞳から光が無くなり、どさりと民衆の目の前で倒れる。


 目の前で一人の人間が死んだ事に、ティーマも仕事仲間達もどよめいた。


「逃げようとするからこうなるんだ。……まあ、逃げなくても結果は同じだけどな」


 誰かがそう呟く。


 逃げ出した男の末路を見て、奴隷達の間に嗚咽と悲哀の声が広がった。

 対して群衆達は、にやにやと笑みさえ浮かべる。


 やがて高台に一列に並ばされると、一人のフードを被った処刑人が大きな手斧を持った。

 その横に、斬首台が置かれる。


「これより始めるのは、生贄の儀! 奴隷の首を切り落とし、国王像に魂を捧げるのだ!」


 ティーマは絶句した。

 全身から血の気が引いていき、心臓が止まるような思いでいた。


 周りの反応を伺う。


 このショーを知らなかったのか、ひたすらに戸惑う人や、この場から離れる人。

 この時を楽しみに待っていたであろう貴族、表には出さないが、興味津々の者もいる。


「いやあ、公開処刑なんて久しぶりだ」


「この為にわさわざバズバルドまで来たのだ」


 そんな会話が耳に入った。


(生贄の儀なんてただの建前だ。本当は、ただこの処刑を娯楽として楽しみたいだけ!)


 ティーマは高台の上で悦に浸る悪魔を見つめる。


(生贄でもなんでもない。人殺しが手段じゃなくて目的なんだ……!)


 ティーマの心に怒りや絶望が入り混じる。


 しかし、だからと言ってどうする事もできない。

 一人のちっぽけな少女が止めろと叫んだ所で、この狂騒に揉まれて消えてしまうのは火を見るより明らかだ。


 そんな無力な自分に罪悪感を覚える。

 これから、何人もの罪なき人が、民衆の目に晒されながら死んでいくというのに。


「さあ、記念すべき一人目を連れてこい!」


 監督がそう叫ぶと、部下が奴隷を捕まえて、むりやり高台の端に寄せた。

 その横で、処刑人が手斧を構える。


 奴隷の顔は恐怖で歪み、激しく抵抗している。


「い、いやだ! こんな所で死にたくない!」


 その必死の抵抗も枷をはめられた手足では虚しく、とうとう監督の前にまで連れてこられた。

 無様に這う奴隷を、監督は悪辣に笑い見下す。


「何故、何故殺されなければならないんだ! ふざけるな!」


「全ては王の為だ。陛下の為の生贄に選ばれるなんて、光栄な事だろう」


 監督はそう言いながら、暴れる奴隷を斬首台に拘束しようと押さえつける。


「やめろ! やめてくれ!」


「貴様の薄汚い命が報われる日が来たんだぞ? もっと喜べ!」


 そうとっくみ合いながら、とうとう奴隷は斬首台に縛られた。


「さあ、やれ!」


 奴隷の断末魔の叫びが響く中、監督は処刑人にそう言い放った。

 その者は手斧を構え、のそのそと近づく。


「やめて、あ、ああ……。うわああああ!」


 手斧が振り下ろされると同時に、ティーマは思わず目を瞑った。


(う、うう……ごめんなさい……)


 プルプルと瞼を震わせ、しばらくして、おそるおそる目を開けた。

 見たくはなかった。しかし、薄い瞼のその先に広がる光景に、ティーマは思わず目を丸くした。


 振り下ろされた手斧は、奴隷の首を切り落としたのではなく、斬首台を粉々に破壊していたのだ。

 奴隷も監督もきょとんとした顔で、処刑人を見上げている。


「そんなに大事な儀式だったら、アンタが捧げればいいじゃないか」


 ガラガラとした女の声だった。

 フードの女はそう言うと、構えた手斧を監督の首に振り下ろした。


(……え?)


 ティーマは我が目を疑った。

 会場全体に静寂が走る。


 一瞬のうちに監督の首は切断され、高台の下へと転がっていった。

 パチパチと篝火の音が会場に響く。


 何が起こったのか、この場にいる誰もが理解できなかった。

 今、ここで反乱が起こったのだ。


「聞け、奴隷達よ!」


 女の声が轟いた。

 

 それを皮切りに、がやがやと辺りが戸惑い、ざわめきだす。


「我々は、()()()()()である!」


 その声と同時に、観客の隙間からいくつもの人影が高台に向かって集まっていく。


 それは、武装した何人もの自由解放団の戦闘員だった。

 彼らは高台を中心にずらりと整列する。


 女はフードをばさりと脱ぎ捨て、その顔をあらわにした。

 まるで獅子のような、年季の入った屈強な顔つきであった。


「私はラァーフ! この自由解放団の長だ!」


 ティーマは息を呑んだ。


(自由解放団……? 自由解放団ってまさか、()()()()様の所属している……!)


 ティーマは、あの時奴隷が話していた、自由解放団のスレイブがバズバルドに潜入していると言う噂を思い出した。

 あの噂は正しかったのだと気づくと、ティーマはふっと胸の奥が熱くなった。


「虐げられし奴隷達よ。アンタらには人である権利があるというのに、奴隷として生涯を終える気か。このまま大人しく殺されるのを待つのか」


 この場に響き渡る演説の最中、ティーマはスレイブの姿を探す。

 しかし、この場にはいないのか、探せども探せども見つかりはしなかった。


 高台の上で、コツコツと歩き回りながら力強くラァーフは言葉を紡ぐ。


「いや、いや、断じて違う。すべての人々は自由であり、解放されるべきだ! 自由の為ならば、アンタ達の為ならば、我々はあの愚王に弓引く者になろう」


 徐々にこの場に熱気が立ち込める。

 それは儀式の時とは違う、怒れる奴隷達によるものだった。


「だからどうか。立ち上がれる奴隷達よ、私達に力を貸してほしい。自由を勝ち取る為に、私達と一緒に戦ってほしい」


 気がつけば、奴隷達の瞳に涙が浮かび、顔を赤らめていた。

 その各々の瞳の奥底で、まるで炎のような光が浮かび上がる。


「今、ここで我々は自由の鐘を鳴らそう。王よ見ていろ、虐げりし者共よ刮目せよ、これが我々の反撃の狼煙だ!」


 ラァーフがそう叫び、遠くからこちらを見下ろす国王像に向かって手をかざした。

 すると、その瞬間、けたたましい爆発と共に、国王像が崩壊した。


 強烈な爆発音が会場に轟き、もくもくと煙を上げ、巨大な像はみるみるうちに砕け落ちてゆく。

 その突然の光景に誰もが唖然とし、慌てふためいた。


「う、うわあああ!」


「逃げろ、逃げろ!」


 貴族たちは我先にとこの場から逃げ出して、それに続くように群衆達が逃げ出す。

 まるで蜘蛛の子が散るような様子を見て、ラァーフは高台の上で豪快に笑った。


「がははははは! 逃げろ逃げろ、飼い犬に手を噛まれる所では済まなくなるぞぉ!」


 ラァーフは残った奴隷達を見渡すと、拳を天に高く掲げた。


「奴隷の時代は終わりだ。武器を手に取り、戦え、奴隷達よ! 今、ここで! 我々は、復讐の奴隷となるのだ!」


 その瞬間、誰もが拳を天に掲げ、雄叫びを上げた。


「ラァーフ! ラァーフ! ラァーフ! ラァーフ!」


 今、この瞬間、奴隷達は『自由解放団』の一員となった。

 ラァーフを称賛する鬨の声は、この深く赤い空の下、永遠に続くかのようだった。

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