六話 『第二の王都 バズバルド①』
人混みに押されながら列車を降りると、途端にムワッと熱気が顔に飛んできた。
王都セルバーナにも並ぶくらいの人々の活気が、この駅にいても伝わってきた。
(国王軍は……? って、わっ!)
チラリと後ろを見て国王軍の行方を探ろうとしたティーマだったが、堰を切ったように人々はこの街へと降りる物だから、人の濁流に流され、見失ってしまった。
(うう……人が多すぎるよ……!)
やがて、人の濁流が収まると、ティーマは辺りを見渡す。
太陽がジリジリと砂の地面を照らし、ティーマは汗を額にポツポツとかく。
無造作に散らばった周りの建物も淡白な色合いの物が多い為か、より暑く感じた。
その街並みを、かず多くの人々が行き交う。
(来ちゃった。第二の王都……バズバルド)
ティーマは周りを警戒しながら、小動物のように歩き出す。
王都セルバーナとは違い、行き交う人々は筋骨隆々とした体格の者が多く見えた。
遠くでは、点呼を取る労働者が見えたり、奴隷を引き連れてどこかへ向かう者もいた。
「おらっ、邪魔だ! どけガキ!」
突如背中を押され、その後を二人がかりで荷物を背負った男が通り過ぎ去っていく。
王都セルバーナとはまた違う、労働の活気が溢れる街だった。
(そ、そうだった。一応、仕事という体でここに来たんだった)
ティーマはそれを思い出すと、キョロキョロと辺りを見渡し、近くの国立職業斡旋所へと駆け込んだ。
そして仕事の受付を終えると、とある場所へ集まるようにとの指示があった。
地図を見ながら、集合場所へと向かっていく。
がやがやと鳴り止まぬ乾燥の中、ティーマはじんわりと額に汗をかく。
このバズバルドは王都セルバーナからそう離れてはいないはずだが、やけに蒸し暑く感じた。
(なんだか、どんどん暑くなっているような……っわ、眩しい!)
突如何かの光が目に飛び込んで、ティーマは思わず瞼をつむった。
うっすらと瞼を開けると、遠くの方にぼんやりと、金色に輝く巨大な何かが見える。
(あれは……黄金像?)
あの巨大な黄金像が日の光を反射して、眩しく思えたのだろう。
地図を見ると、ちょうどあそこら辺に集合場所があった。
近くまで来てみると、大勢の人達が汗水垂らして仕事をしているようだった。
どうやらこの黄金像はまだ建設途中らしく、人の姿を象ってはいるが、その像に首はなかった。
ティーマは不思議そうに巨像を見つめる。
首がないが、堂々と立つその姿は、なんだかとても不気味に思えた。
(ええと……集合場所は……)
ティーマは地図と照らし合わせると、ちょうど集合場所の位置に人が集まっているのが見えた。
ティーマは地図をしまって深呼吸をすると、その人々に合流した。
「こ、こんにちは……」
ティーマはそう挨拶すると、ボロっちい格好をした人達が彼女に注目する。
その人達のギロリとした野良犬のような目つきに、ティーマは一瞬怯える。
「やあ。もしかして、国立職業斡旋所の仕事仲間かい?」
そんな中、一人の優しそうな壮年の男が微笑みかけた。
「は、はい。ティーマです」
「ティーマか……よろしくね。僕の事は、ランダと呼んでくれ」
ティーマは彼の朗らかな雰囲気にほっとした。
いつも仕事前は、どんな人達と仕事をするんだろうと不安になる。
国立職業斡旋所の人間関係は殺伐としている事が多い。特に彼女はまだ幼い少女だから、周りの大人達から舐められる事が多かった。
だから、ランダのような男の存在は貴重だし、嬉しかった。
「よろしくお願いします、ランダ様。……ところで、雇用主の方はどちらへ?」
「さぁ……。そろそろ来るはずだけどね。ロクな説明もなしに集められて、結構時間が経ってるからみんなイライラしてるんだ。君も何も知らないんだろ?」
ティーマは小さく頷いた。
もっとも、ティーマの場合は急いでいて、何の説明も聞かずにバズバルドの仕事を紹介してもらっただけだが。
元からこの仕事は不明な点が多いみたいだ。
「はは、割りのいい給料だからって失敗したかな。っと、噂をすればだ」
ティーマは振り向くと、数人の男が近づいてきた。
その手には鞭を持っている。
国立職業斡旋所の仕事はほとんどが奴隷扱いの為、特に珍しい事でもなかったが、ティーマは思わず息を飲んだ。
「よく来たな社会の掃き溜め共! 俺が今回の仕事のリーダー様だ! 貴様ら揃いも揃ってドブ沼のような……おや?」
その監督が目を配らせていると、一際体格の小さいティーマに注目する。
「おやおやおや? 誰だここにガキを連れてきた奴は! ここはガキの来るところじゃねぇぞ」
「わ、私は……国立職業斡旋所によって派遣された作業員です」
「作業員だぁ? 女のガキが作業になるか! 大人しく売春でもしてた方が稼げるんじゃねぇのか」
そう辛辣に詰め寄る男に、ティーマは唇をプルプルと震わせた。
「監督さん、彼女は我々の立派な仕事仲間です。日頃のうさ晴らしの前に、まずは作業内容を伝えるべきでは?」
彼女の困った様子を見てか、ランダが横からそう言い放った。
「なぁにぃ?」
急な口出しに、監督は顔を鬼のようにしてランダを睨む。
「……まぁいい」
だが、やがてひとつ深呼吸をすると、定位置へと戻っていった。
ティーマはそれを見て、ホッとした。
「あの、ありがとうございます。ランダ様」
小声とそう言うと、ランダは小さくウィンクをした。
「まずは貴様ら、上を見ろ」
監督に言われた通りに上を見る。
不気味に思えるほどの巨大な黄金像が頭上に広がる。日の光を反射して鈍く輝くその姿は、とても人の手に及ぶ物ではない幽玄さを感じさせた。
(そう言えばこの像の形、どこかで見たような……)
ティーマがそう訝しむと同時に、監督がこう叫んだ。
「この今建設中の像は、偉大なりしヴァルハタ王の化身。その国王像である!」
ティーマの目が丸くなった。
(もう王都にあるのに、またこんなのを建てるの!?)
内心そう驚いたが、とても口には出せなかった。
己の権力を象徴する為の黄金像なんだろうけど、そんなの作るお金があったらもっと民の為に使えばいいのに、と思った。
「国王は今や今やとこの像の完成を待ち侘びている。しかし、どうにも人手が足りん! そこで貴様らの出番というわけだ」
「もしかして、大工仕事をしろと? 俺達、そんな技術は……」
一人の男が質問すると、監督は手に鞭を持って、その男に振りかざした。
バシィッとイカつい音が鳴り、男は皮膚を裂かれ地に伏せる。
「少しは物を考えて喋れ。偉大なるヴァルハタ王の象徴たる国王像の骨組みに、貴様が指一本でも触れてみろ。そこから腐り落ちてしまうぞ」
監督はそう言うと、とある場所を指差した。
そこには、大きな袋や木材にバケツなど、様々な建設材料が並べられていた。
「貴様らの仕事は、そこにある荷物をただひたすら、この像の頂上まで持っていく事だ」
その監督の説明に、ランダはこう質問した。
「どうやってこの荷物を上に持っていくのですか?」
「安心しろ、中は空洞だ。階段になっているから、そこを登っていけ」
(中は空っぽなんだ……)
確かにこの巨大な像の中にぎっしりと黄金やらが詰まっているとは考えられなかったが、国王の化身たる黄金像の中身が空っぽというのは少し滑稽に思えた。
しかし、聞くだけでげんなりするような力仕事だ。
これだけの荷物を、ひたすら自分の身体ひとつで担ぎ上げ、階段を登ると言うのは、かなり過酷な仕事だろう。
加えてこの熱気。ここで死んだっておかしくはない。
「説明は以上だ。いいか、決して荷物を壊すなよ。サボったりしても鞭打ちの刑だ。では行けぃ!」
監督はそう言うと、鞭を地面に叩きつけた。
これを皮切りに、作業員達は一斉に動き始める。
そんな中、ティーマは先程鞭を打たれ地面に蹲ったままの男の元へ向かった。
「あの、大丈夫ですか?」
男はフラフラとしながら、立ち上がる。
そしてティーマをジロリと睨みつけると、そのまま返事もしないで建設材料を取りに行った。
男のつっけんどんとした態度に、ティーマは戸惑う。
「ま、ここに来るような連中は野良犬が多いんだ。気にする事はないよ」
横から、ランダがそう慰めた。
「それより早く荷物を持った方がいい。サボりとみなされたら女の子だって鞭打ちされちゃうよ」
ティーマはもやもやとした気持ちを抱えながら、荷物を取りに行った。
ひとまず手軽そうな袋を背中に担ぐ。それでも少女の身にはかなりの重荷だった。
ランダはと言うと、その細身な体で意外にも大きめの木材などを肩に担ぎ上げていた。
「ラ、ランダ様は力持ちなんですね」
ティーマは若干息を切らしながら、ランダにそう話しかける。
「ああ、これでも普段は力仕事をやっているからね。不安なら一緒に行くかい?」
「は、はい。ぜひ」
二人は一緒に、目の前の巨大な黄金像の中へと入って行った。
像の足元に大きな門があり、そこをくぐるとムワッとした熱気が顔に飛んできた。
あの監督が言っていた通り、中身は空洞となっていた。
木や石で組まれた無骨な階段に、途中途中で足場がアリの巣のように乱雑に作られ、それが上まで続いていた。
あちらこちらで職人が行き交い、ガンガンと工事の音がする。
天から差す日の光が、やけに眩しく思えた。
「うへぇ、結構高いね。行けそうかい」
ランダを上を見上げながらティーマにそう訊いた。
「が、頑張ります」
「頑張ろうか。よし、行こう」
そうして二人は階段を登り始めた。
階段に足をかけるたびにギィギィと不安定な音が軋む。
「いつ崩れ落ちたって不思議じゃないね」
そんな洒落にもならない事をランダは呟いた。
ティーマはそれに愛想笑いで返す。こうやって話し相手がいるだけでも、少しは救われた気になった。
そして、ようやく中腹まで来たあたりだろうか。
上に行けば行くほど建て付けが悪いのか、揺れが大きくなっていく。
下を見下ろせば、たくさんの人が米粒のように見えた。
「……ところで、ティーマ。ここら辺じゃ見ない顔だけど、どこから来たんだい?」
「え、えっと。遠い田舎の方から……」
「へえ! よくこんな所まで来たね。やっぱり、給料がいいから来たのかい」
ティーマは考えた。
このまま正直にスレイブ……及びバルターを探しに来たと言ってしまっていいんだろうか、と。
おそらく、偽名まで用いていたスレイブは、公の場に出すには、はばかれるような名前なのだろう。
だから、ティーマは自分を偽る事にした。
「それもありますが、少し良からぬ噂を聞いて、興味が出たんです」
階段を一段一段登りながら、ティーマは言う。
「何やら、この街に国王軍が集まっているそうで……。何か戦でも起こるのではないかと。ランダ様は、何か知っていますか?」
ランダはティーマの顔を見ながら、考え込んだ。
「いや……知らないな。国王像が完成しようとしてるんだ。きっと、警備の強化に来ただけだよ」
「……そうかもしれません」
口ではそう言う物の、ティーマはほぼ、この街で何かが起こると確信していた。
しかし、この街の人々は何も知らないらしい。
そんな市民との乖離にもやもやを抱えながら、しばらく。
やがて、頂上まで辿り着くと、そこには疲れをも忘れさせるような壮大な風景が待ち構えていた。
作りかけられた頭部は展望台のようになっており、強い風が火照った体を吹き抜けた。
辺りを見渡せば、晴れ渡る空の下、労働の街バズバルドの景色がミニチュアのように広がる。
陰鬱ともやもやしていた気持ちが吹き飛ぶような、達成感が胸に込み上げてきた。
「……いい景色ですね」
そんなティーマの横で、ランダはどさりと荷物を置いた。
「さ、まだまだ一周目だ。感動している所悪いけど、次に行かなきゃね。いずれこの景色がうんざりしてくるよ」
そう笑いながら、ランダはさっさと下へと降りていく。
「あっ、ランダ様! 待ってください」
そう言ってティーマはランダの後に続く。
その時、別の労働者の会話が、ふと耳に入った。
ボロっちい格好からして、おそらく奴隷の身分だろう。
二人の男の会話だった。
「くそ、いつまでもこき使いやがって。とうとう俺のダチも過労で死んじまった」
「お前の所もか。もう少しで国王像が完成するからか、やけに厳しいよな」
「ああくそ。いつ俺達も解放されるんだ。そろそろ俺もあちこち体にガタが来ちまってるよ」
「……これは噂なんだがな。なんでもあの自由解放団のスレイブがここに潜り込んでいるらしい」
ティーマは心臓を握られたような感覚になった。
(スレイブ……! スレイブってバルター様の本名……!)
詳しく話を聞こうと、ティーマは二人の男に駆け出した。
しかし、奴隷が喋っているのが気に食わなかっただろう。
指導者らしき男が鞭を鳴らしながら二人に怒鳴り込み、そのまま仕置きを始めた。
「ティーマ。何をやっているんだい」
階下の方からランダの声が聞こえる。
ティーマはしどろもどろと狼狽えながら、やがて鞭に打たれる奴隷を横目に、ランダの方へと向かっていった。




