一話 『自由解放団』
どんよりと薄暗く寂れた街中で、その悲鳴は聞こえた。
「やめてっ、おねがい! 誰か!」
薄汚れた一人の女が、複数の男に囲まれている。人攫いだ。
揃いも揃って下衆な笑みを浮かべながら、地べたの女を見下す。
そんな光景を、周りの人達はただ傍観している。
「叫ぶな、どうせ誰も助けに来ない。ここはゴミ捨て場だろう?」
男は縄を持ちながら、そう言った。
──ヴァルトゥナ王国。そのスラム。
ここには憲兵も寄りつかない。文字通りの無法地帯だった。
一人の浮浪者の女の為に、武装した人攫い集団相手に立ち向かおうとする者など、ここには一人もいなかった。
これがこの街の日常なのだ。
「いやっ、おねがい! 誰か助けて!」
それでも女はひたすら叫び声を上げ続ける。
男がやかましそうに顔を歪めると、溜め息を吐き。
「さっさと済ませるぞ。口に布を詰め込め」
そう言うと、男達は一斉に女に群がり始めた。
「誰か、誰かぁ!」
「うるせえな! 叫んでも無駄なんだよ! このっ……」
叫ぶ男の肩に、ぽんっと誰かの手が乗っかる。
振り向くと、フードで顔を隠した何物かが人攫い達を見下していた。
「お前、人攫いか?」
渋く、冷たい声が辺りに響いた。
このフードの男、よく見ると中々の巨体である。
一瞬、人攫いは尻込んで冷や汗をかいたが、すぐに目を鋭くさせる。
「だとしたらなんだ?」
「いや、なんでもない」
フードの男はそう言うと、人攫いの顔をぶん殴った。
「なっ!?」
突然の出来事に、辺りが一斉にどよめく。
殴られた男は反撃する気力もなく、そのまま口から血を流して気絶した。
「お前、仲間に何をしやがる! ぶっ殺してやる!」
いきりたった人攫い達は、フードの男を取り囲んだ。
しかし、その男は動揺する事もなくこう言い放った。
「そうか。人攫いめ、悪い奴はこの俺が許さないぞ……ってね」
「抜かせ!」
人攫い達はいっぺんに武器を取り出し襲いかかる。
だが、次から次に降りかかる攻撃が当たる事はない。
恐ろしく喧嘩慣れした男だった。
この人攫い達だって相当な武闘家達だ。
そんな男達の攻撃を全てすんでの所で交わし続ける。
やがて、一人の男がナイフでフードを切り取った。
そこからひらりと、その者の顔があらわになる。
その男の赤い瞳を見た人攫いは、さーっと顔を青ざめた。
「こ、こいつ! スレイブだ!」
それを聞いた人攫い達は、一斉に後ずさる。
それを機に、スレイブの反撃は始まった。
光のような速さで目の前の男を殴りつけると、流れるように隣の男に蹴りを入れた。
赤い目がギョロギョロと動き、次の標的を山猫のように探す。
「ひ、怯むな! この人数相手に何ができる! 俺達同業者の敵だ、ここで殺せ!」
そう叫び、人攫い達はがむしゃらに襲いかかる。
しかし、見事なまでに全てをかわされ反撃を喰らい──。
戦いの音が聞こえなくなるのは、すぐだった。
周囲には気絶した人攫い達が倒れていた。
それを見渡して、赤い瞳の男がふぅっと息を吐く。
「あ、あの……ありがとうございます」
腰を抜かした女が、怯えた声でスレイブに話しかけた。
スレイブはすっとしゃがみ込み、女と目を合わせた。
「気にするな。それよりアンタ、身内は? 宿は?」
「えっ? ……いえ、私は独り身で、野宿をしています」
「そうか、ならこれを持ってこの場所へ行くといい。俺たちの仲間が匿ってくれる」
スレイブは懐からペンと紙を取り出し、何かを書き殴るとそれを女に渡した。
紙には大まかな地図と、紹介状、スレイブの名前が書いてあった。
「自由解放団……あなたが?」
スレイブはニカッと歯を見せて笑った。