演出の神様 番外編 シキの推理編
1 北山宏
俺の名前は北山宏。年は三十二歳で、スーパーマーケットで働いている。
俺は、いつものように会社へ出勤し、作業をしていた。すると、数日前に発注した商品が店の倉庫へ届いたのだが、俺は、それを見て驚いてしまった。
「え?なんで、こんなに届いてるんだ?」
店の倉庫には、とんでもない数の商品が届いていた。俺は、店内の事務所に向かい、パソコンで発注内容を確認した。すると、
「あれ?俺は三十ケース注文したのに、三百ケース注文したことになってる‥。」
通常、スーパーマーケットで商品を発注する場合、POSと呼ばれるシステムを使用する。POSとは、小売店で売れた商品の実績を管理するもので、その実績を参考にして、メーカーに商品を発注することができる。しかし、今回は、これから販売数を増やす予定があったため、上司から追加発注を指示されていたのだ。
結局、俺は、余計に届いた商品を返品することが出来ず、上司から厳しく怒られることになった。
後日、俺は再び追加発注を上司から指示されたので、その通りの対応をした。
「うん。間違いなく、二十五ケースだ。」
俺は、いつもより神経質になって発注をした。先日の失敗を繰り返さないためだ。
しかし、数日後、ありえないことが起こった。なんと、二十五ケース発注した商品が二百五十ケース届いたのだ。業者に連絡してみたが、前回と同様に返品は出来なかった。俺は、再び上司から叱りつけられた。
「ちゃんと確認したのに、なんで‥。」
上司に怒られている間、俺は不可解に思った。結局、俺は上司から発注係りを下ろされた。
2 井口美香
私の名前は井口美香。年は二十八歳で、派遣社員として事務員をしている。私は、某企業の顧客データを管理して、お客さんからの問い合わせに返答している。つまり、お客様サポートが仕事だ。
私は、本日も会社に出勤して、業務を開始した。すると、顧客からクレームのメールが届いていた。内容は、一週間前に納品されるはずの商品が届いていないというものだった。私は、急いで状況を確認したが、どうやら顧客に届ける商品の納期が遅くなっていたようだった。私は、お客さんに電話で謝罪したが、相手からは、
「納期が遅れるなら、もっと早く連絡しろよ!」
と、怒られた。しかし、私は疑問に思った。なぜなら、働いている企業のシステムでは、納品日が遅延した場合に、担当者へ通知が届くからだ。そして、通知を受けたら、担当者から顧客へ連絡することになっている。何が言いたいかというと、今回、私に対して、納品日遅延の通知が届いていないのだ。
後日、私は、いつものように出勤して、業務を続けていた。すると、顧客にメールを送ろうとしたときに、不可解な状況に遭遇した。それは、顧客へメールを書くときに使用するテンプレートが改竄されていたのだ。
テンプレートとは、同じデータを作成するときの、コピー元とするデータを指す。メールでは、本文で頻繁に使用する文を、事前にテンプレートとして作成し、実際にメールを作成するときにコピーして使う。例えば、「お世話になっております。株式会社○○の井口です」のような文のことだ。
「私の苗字は井口なのに、早坂に変わってる––––この部署に早坂って名前の人すらいないのに‥。」
私は、自分用のテンプレートを急いで修正した。
しかし、テンプレートの改竄は、別の日に再び発生した。そのときに、
「これって、私が居ないときに、誰かが私のパソコンを悪戯してるってこと?」
と、思った。私は、それ以来、社内の人間が信じられなくなった。周りの人間が私を馬鹿にしているような気がしたので、転職を考えるようになった。
3 不可解な事件
地上調整機関アースガルズは、神々が住まう天上の世界に存在する。人間が住んでいる地上とは、お互いに行き来することはできないが、アースガルズから地上の環境に影響を与えることができた。そして、アースガルズの神様には階級があり、一般の神様より上に上級神がいて、さらに上に最高神がいる。この階級が上に上がるごとに地上に及ぼせる影響力が強くなるのだ。
アースガルズの最高神シキは、自室で書類を片手に、モニターを見ていた。彼は、三十代半ば位に見えるが、落ち着いた茶色いショートヘアをして、整った顔立ちをしている。また、スタイリッシュなデザインの制服を着用しているが、長身なのでモデルのように見える。
「うーん。何だろう?これは会社側が従業員に嫌がらせをしているのか?––––でもなあ‥。」
シキは、北山宏や井口美香の情報を確認してから、つぶやいた。すると、扉をノックする音がして、挨拶と共にタソガレが入室してきた。
「失礼します。」
タソガレは、茶色いミディアムヘアをした美人で、シキとは色違いの服装をしている。彼女は、ライジングフォーチュンという、「人間を心の部分で救済する」目的を持ったチームで、リーダーを務める上級神である。性格は真面目で優しいが、チームメンバーには厳しい部分がある。
「ああ、タソガレ君、お疲れ様。仕事は順調かい?」
「はい。特定のメンバーを注意することが多くて大変ですが、目的の人間に対する救済は上手くいっています。」
シキは、タソガレが少し疲れて見えたので、
「そうか、ちなみに、どういう件で注意したんだい?」
と、原因を聞いてみた。聞いてあげた方が、タソガレのストレスが軽減されると思ったからだ。
「絵画が趣味のお爺さんが、夜中に月の絵を描こうとしていたんです。そうしたら、メンバーの一人が、とてつもなく大きい月を出現させたんです。だから、私は彼を注意したんですが、『アニメやゲームのイラストではこれくらいやりますよ。』と、彼に抗議されました。お爺さんが、そんなイラストを描くわけないのに‥。」
アースガルズの神様は、システムを使用することで、地上に対して様々な調整をすることができる。例えば、雨を降らせたり、好きな花を咲かせたりすることもできる。今回、タソガレのチームメンバーは、現実離れした大きさの月を出現させたのだ。
「え?結局、そのままにしたのかい?」
「取り返しがつかなかったので、その日は、そのままにしました。日本のニュース番組で取り上げられてしまいましたが、専門家の人が、それらしい理屈で国民を納得させてくれたので、助かりました。」
「ああ、そうなんだ。専門家の人たちも、よく納得させられたものだね。」
「そうですね。ところで、最高神の方は、どういった案件を対応されていたんですか?」
「え?ああ、ちょっと不可解な事件が続いていて、まずは調査しようと思っているよ。」
「どういう事件ですか?」
「例えば、ある人間が、店で販売する商品を発注したら、連続して十倍の量を発注してしまった件。誰でも失敗はするものだけど、二回目は本人も慎重に発注を出していたんだ。」
「なるほど。」
「他の人間では、社内で自分が使用するデータを改竄されていた。そして、これも連続して発生していた。」
「それは、会社内でイジメが行われているってことでしょうか?」
「私も、そう思ったんだけど、何だか、しっくりこないんだ。」
「しっくりこない––––例えば、年功序列で給料が高くなった年配者を辞めさせる目的とかは、よく聞きますよね?」
「ああ、正社員だと容易に辞めさせられないから、嫌がらせして辞めさせるって方法だね。でも、それは絶対に無いんだよ。」
「どうしてですか?」
「今、話した内の一人は、三十二歳の正社員なんだ。その年齢って、一人前に仕事ができるようになって、これから会社を引っ張っていく時期だろ?さらに、もう一人は二十八歳の派遣社員で、仕事が出来ない人間ではないし、給料が高いわけでもない。」
「なるほど、どちらも若いんですね。そうすると、性格に問題があって、同僚から嫌われているとかですか?」
「うーん。私が見る限り、どちらも真面目に働いているし、嫌がらせを受けるような人間には見えないけどなあ––––とりあえず、これから詳細に調査するところさ。」
「そうですか。面倒な案件に思えますが、頑張ってください。」
「うん。君も、チームメンバーの尻拭いが多いみたいだけど、頑張ってくれよ。」
「はい。まあ、疲れてしまいますけど、私のチームは、みんな良い子ですから––––では、お先に失礼します。」
タソガレは、そう言うと、シキのデスクに解決した書類を置いて、部屋を出ていった。
4 上級神ダイチ
タソガレが出ていってから、シキは、不可解な事件の調査を再開した。その最中、北山宏が発注した過去の場面を見ていると、ある事実が判明した。
「なるほど、連続で発注ミスした北山宏は、実際はミスなんてしていなかったのか。彼が最初に発注した時点でも、正しい数量で発注されている。すると、井口美香と同様に社内の誰かが悪戯したってことか?」
シキは、北山宏が一回目の発注ではミスをしていたと思っていたが、実際は一回目もミスなんてしていなかったのだ。
「それじゃあ、次は、誰かが発注データを改竄していないか調べる必要があるな。」
シキが、そう言うと、扉をノックする音がした。すると、挨拶と共に大柄な男が入室してきた。
「失礼します。」
「ああ、お疲れ様、ダイチ。仕事は順調かい?」
「ええ。最高神から依頼を受けた案件の調査は、おおむね終了しました。調べたところ、対象となる企業間での不正は行われていませんでした。」
「そうか。それなら、こちらで対応することも無いから、助かるね。」
「ええ。最高神の予想通りでしたね。」
ダイチはシキに返答した。ダイチは、上級神の一人である。シキと同じくらいの年齢に見えるが、黒いショートヘアに浅黒い肌をして、端正な顔立ちをしている。また、タソガレと同じ服装をしていて、性格は明るくて男らしい。
「ああ。しかし、最近は企業絡みの問題が多くなってるから、君も忙しいね。」
「いやー。最高神ほどではありませんよ。」
「そうか。ところで、今、私が扱っている案件だけど、これも企業関係だからダイチの意見を聞きたいんだけど。」
「え?複雑な案件なんですか?」
「複雑というよりは、不可解。」
シキは、そう話すと、ダイチに北山宏と井口美香の案件を見せた。それを見て、ダイチが話す。
「これは、企業内におけるイジメでしょうか?ですが、彼らが、イジメられる理由が分かりませんね。」
「そうなんだよ。」
「企業側が、企業に貢献できている人間を排除する必要はない。それに、真面目に働いている従業員が嫌がらせを受けていたら、企業側が助けてあげるんじゃないですか?重要な戦力が辞めてしまったら、企業にとってマイナスですからね。」
「うん。企業関係の案件を扱っている君らしい考えだね。私も、そう思う。」
「しかも、この二人に対して行った嫌がらせって、企業にとって損失になっていますよね。過剰に商品の発注をしたら、赤字になるリスクが高まります。また、仕事で使用するデータを改竄されたら、仕事効率が低下します。」
「ああ、そういう考えもあるね。ダイチは流石だな。それに、データの書き換えができるのって、企業の管理職以上だと思うけど、管理職が現場の仕事を邪魔するわけがないよね。チームの成果が管理職の実績になるんだから、自分の首を絞めることになるもんね。」
「そうですね。」
「––––ああ、何だか、引き止めて悪かったね。君も、早く帰って、休むといいよ。」
「はい。最高神も、無理をされないでください。では、失礼します。」
ダイチは、そう言うと、シキのデスクに調査した書類を置いて、部屋を出ていった。
5 ソラとツバサ
シキの扱う不可解な事件を知った翌日、ダイチはアースガルズ内にある彼の作業場で、チームメンバ―と話しをしていた。
「だから、企業が特定の個人に圧力をかけて、退職に追い込むってことではないと思うんだよ。」
ダイチはチームメンバーに、昨日、シキと話していた内容について語った。ダイチのチームは、企業関係の問題解決を扱っているので、ダイチはメンバーに意見を求めていたのだ。
「そうですね。真面目に働く若い人を追い出す必要なんてないですよね?」
ソラがダイチに返答した。ソラは、ダイチのチームメンバーである。金色のツインテールに、シキやダイチと色違いの服装をしている。彼女は一般の神様だが、アースガルズでは実力を認められると制服が変更されるので、タソガレのチームメンバーとは服装が違った。
「でも、中には他人に嫌がらせする人間だっているでしょ?少数かもしれないけど‥。」
ツバサがソラに話した。ツバサは、ソラと同様にダイチのチームメンバーである。暗い茶色のショートヘアに、ソラと同じ服装をしている。ソラは明るくて元気な性格をしているが、反対にツバサは落ち着いた感じである。また、ソラは可愛らしい容貌だが、ツバサは大人っぽい見た目をしている。
「うーん。まあ、ツバサが言うことも分かるけど。でも、私は、こういう嫌がらせって嫌いなのよね!だから、何だか許せない気分だわ。」
「でも、もしかしたら、同僚がライバルを蹴落とすのが目的だったりして‥。」
「うーん。でも、そういうのは自分の実力を磨くことに、時間を割くべきでしょ!同僚を蹴落としたら、会社が悪い方向に進むだけじゃない!」
「ソラは他人を信用しすぎだよ。あなたも寝首をかかれないように、気をつけた方がいいんじゃない?」
「物騒なこと言わないでよ!怖いでしょ!」
「––––俺から話しを振っておいて悪いんだが、さっさと今日の仕事を終わらせようか。残業したくないだろ?」
ソラとツバサの会話にダイチが割って入った。
「はい。そうですね。」
ダイチの言葉に、ソラが答えた。
ダイチのチームは、それから、いつものように、企業関係の案件を調査した。尚、ダイチのチームは彼を含めて三人しかいないが、ソラやツバサも優秀なので、基本的に三人で十分な力を持つ。ソラやツバサが一人でも、タソガレに管理されているメンバー全員分の職務が扱える。しかし、上級神ではないので、地上のコンピューターや機械は操作できない。
それから、ダイチのチームは、その日に行う業務を終えた。作業場にはダイチとツバサが残っていた。ソラは既に帰宅している。ツバサがダイチに話しかける。
「ねえ、上級神?最高神が調査している事件って、最高神は何て考えてるの?」
「え?まだ、はっきりした答えに辿り着いていないけど、今のところ、被害者の同僚による嫌がらせかなあ?被害者の上司が嫌がらせするメリットは無いからね––––ところで、もう仕事は終わってるから、名前でいいよ。」
「ああ、そうだね。」
「最高神は、今日も残って調査を続けているんだろうけど、どういう結果になるのかな?」
「ダイチの言う通り、同僚による仕業だよ。出世の邪魔になるライバルを蹴落とすためだって。」
「うーん。確かに、それだと筋は通るんだよな。」
「最高神も忙しいんだろうし、ダイチが結論づけてあげたら?あんまり小さい事件に時間かけても仕方がないでしょ?」
「うん。考えておくよ。」
「『考えておくよ』じゃなくて、早く教えてあげたほうがいいよ。最高神が倒れたら、どうするの?」
ツバサは、そう言うと、ダイチにキスをした。ダイチとツバサは、一年前に、付き合い始めたのだ。
「––––うん。その方が良いかな。」
ダイチは、少し照れながら、その日の業務をまとめた書類と共に、シキの居室に向かった。
6 福山吾郎
俺の名前は福山吾郎。年は二十六歳で、現在は無職だ。俺は、大学を卒業してから、ミュージシャンになるために音楽活動をしていた。しかし、一年前に、それを諦めることにした。それは、熱心に音楽活動をしても、あまり人気が出なかったからだ。まあ、一握りの人間しか大成しない世界だから、仕方がないとは思っている。しかし、現在、俺は非常に苦しい状況にあった。
苦しい状況というのは、就職活動をしても、まったく進展しないことである。今も、この間、応募した企業から連絡を受けたが、不採用だと判明した。
「一年前からインターネットで百件以上応募しているのに、一度も面接に進めないなんて、絶対おかしいだろ!」
俺は、一年前から、特別、企業を選り好みしているわけではない。また、正社員の案件しか応募していないわけでもなく、派遣会社やアルバイトにも応募している。さらに、就業後に必要となりそうなパソコン等のスキルを勉強したり、就業を希望する業界の勉強もしている。
「アルバイトにすら就けないなんて、どうしたらいいんだよ!」
俺は、別に気が短い性格ではないが、就職が決まらないため苛立っていた。
唯一、俺に幸運があったとすれば、実家暮らしのため、生活だけはできることだ。しかし、俺の仕事が決まらないせいで、最近では、一緒に生活している両親が冷たい目で見てくるようになった。また、貯金が無くなったので、欲しいものも買えない状態だ。頑張らないといけないのは理解しているが、次第に就業意欲が低下していく。
「本格的に就職活動を始めるからって、一年前にアルバイトを辞めてなければ良かったなあ‥。」
俺は、そう呟くと、さっきまで苛立っていたのに、気分が落ち込んできた。
午後十時、俺は、自宅のダイニングにいた。目の前では、俺の父親が、頬を押さえたまま、倒れている。俺が殴ったのだ。母親が俺に話しかけてくる。
「吾郎!お父さんに、なんてことをするの!」
「うるせえな!就職活動しているのに、毎回毎回うるさく言われる俺の身にもなってみろよ!」
「だからって、殴ることないでしょ!」
「お前らに、俺の何がわかるってんだよ!」
俺は、そう言って、食卓を蹴っ飛ばした。テーブルが倒れると共に、料理を載せた食器が散らばる。両親が怯えた様子をしていたので、俺は自室に戻ることにした。
「別に、こんなことをしたい訳じゃないんだ。」
俺は、そう思った。
しかし、それから、両親が俺の気に障ることを言うたびに、俺は何かに当たるようになった。
7 パスワード
シキは、自室でモニターを見ていた。画面には、福山吾郎が映っている。
「福山吾郎––––家庭内で暴れるようになったみたいだが、その動機がおかしい‥。就職活動を真面目にしていたみたいだけど、インターネットで百件以上も応募して、一件も面接に進めないなんてあり得ないよな。」
シキは、そう話すと、デスクの書類に視線を向けた。
「しかも、けっして高望みしているわけでもない。派遣会社やアルバイトにも応募しているみたいだからなあ––––むしろ、そっちの方が応募件数も多いくらいだ。しかも、年齢も若いときてる。」
シキが福山吾郎の事件について考察していると、扉がノックされて、挨拶と共にダイチが入室してきた。
「失礼します。」
「ああ、お疲れ様。」
「最高神、どうかされましたか?腑に落ちない様子ですが‥。」
「え?ああ、システムから、おかしな書類が出てきたものだからさ。」
「え?また、会社内の嫌がらせですか?」
「いや。今回は、家庭内で暴れている人間がいるみたいなんだけど、なんだか動機がおかしいんだ。」
「動機がおかしい?」
「ああ。二十代半ばの男性だが、一年以上も就職できなかったことが動機だ。だが、彼は、大手企業しか応募していないわけでもないし、アルバイトにも応募しているみたいだ。仕事で使えるスキルの学習もしている––––それで、一度も面接に進めないって、おかしいよね?」
「え?そうですね。アルバイトすら進めないなんて、あり得ないですよね。門戸の狭い業界や職種しか応募していないってことは?」
「そういうわけでもないんだ。普通の営業職や事務職なんかも応募している。」
「それは、おかしいですね。多くの企業が採用方針を変更したとか‥。いや、それも、あり得ないか。」
「うん。だから、本当に意味が分からないんだ。」
「はあ。」
ダイチは、シキと同様に、腑に落ちない表情をした。それから、ダイチは別の話題を振る。
「ところで、先日の、嫌がらせの件はどうですか?」
「うん。この間、ダイチが言った通り、同僚の悪戯かもしれないね。それは、確かに筋は通っている。でも、自分が出世するために他人を蹴落とすか‥。あんまり褒められることではないなあ。」
「そうですね。」
ダイチが、そう答えると、扉をノックする音がした。そして、挨拶と共にタソガレが入室した。
「失礼します。」
「ああ、お疲れ様。」
シキがタソガレに答えると、ダイチもタソガレに話しかける。
「お疲れ様、最近はメンバーのトラブルは無いか?」
「沢山あるわよ。でも、今日は無かったから良かった。ダイチの方は?」
「こっちは、いつも大丈夫だよ。二人とも優秀だからな––––ああ、じゃあ、俺は、そろそろ行こうかな。では、お先に失礼します。」
ダイチは、シキに書類を渡して、部屋を出ていった。すると、タソガレがシキに話しかける。
「ところで、最高神?」
「ん?なんだい?」
「今日の仕事中に気が付いたんですけど、そういえば、上級神以上が使用する端末のパスワードって、しばらく変更していないですよね?まあ、基本的に大丈夫だと思いますが、パスワードを他の神に知られたら、地上のコンピューターや機械を勝手に操作されてしまいますから。」
「え?ああ、そういえば、ずいぶん長い間やってなかったね。一年以上は変更していなかったかな‥。ん?」
シキは考え始めた。アースガルズでは、地上に影響を与えるシステムの使用に、各神様は自分のパスワードを端末に入力する必要がある。それを入力しないと、システムを使用できないのだ。そのパスワードは定期的に変更する決まりとなっているが、上級神以上の変更は長く行っていなかった。
「一般の神に関しては、各上級神が実施させています。でも、上級神以上は、変更してなかったと思って。私も、そうなので‥。」
「––––タソガレ君、素晴らしい指摘をありがとう。」
「え?あ、いえ、上級神以上の誰も、その話しをしなかっただけで、最高神だけのミスではありませんよ。」
「ああ、そういうことではないんだ。もしかしたら、今、抱えている事件が解決するかもしれない。君のおかげで。」
「え?そうなんですか?」
「うん。まあ、まずは調査からだ。タソガレ君、本当に、ありがとう。」
「––––よく分かりませんが、役に立って良かったです。」
8 不審者
アースガルズで働く神様達が全員帰った頃、ダイチの作業場に、一つの人影があった。その人影は、ダイチが使用している端末を操作していた。端末は、地上におけるパソコンのようなものだ。
「ああ、福山吾郎って、一年前から、私が嫌がらせしてる人間だ。こいつ、家で暴力を振るうようになったんだ。」
声の主は、悪びれた様子で笑いながら、福山吾郎が自室で意気消沈する様子を見ていた。
すると、その人影は、自分の懐から地上で言うメモリカードのようなものを取り出した。
「これに、この福山って男が暴力を振るっている現場と、失望している様子を記録するか。家に帰ったら、じっくり見よう。」
人影は、メモリカードを端末に差し込んで、福山吾郎の映像をコピーし始めた。そして、コピーが完了すると、作業場から出て行った。
9 新田泉水
私の名前は新田泉水。年は十七歳で、高校二年生だ。私は、最近、とても気になることがあった。それは、校内の生徒が私を噂しているみたいなのだ。しかも、彼らの目は軽蔑しているように見える。すると、放課後になってから、友人の真理が話しかけてきた。
「泉水、私、友達だから教えるんだからね––––すごく言いにくいんだけど、ネット上に泉水の見られてまずい写真が拡散されているみたいだよ。」
「え?見られてまずい写真?私、そんなの心当たり無いよ。」
「ちょっと、こっち来て。」
真理は、そう言って、私を人の見えない場所へ連れて行った。そこで、真理のスマートフォンを見せられる。
真理のスマートフォンの画面には、知らない人達と飲酒をしている、私の画像が映っていた。
「え?私、飲酒なんてしてないし、この人達も知らないよ!」
「でも、これって、泉水だよね?」
真理が指を差した人物は、本人の私から見ても、自分に見えた。
私は、自宅に帰ってから、自分のスマートフォンで真理に教えられたサイトへアクセスした。調べてみたら、別のサイトでも拡散しているようだった。
「この人は誰?」
私は、ベッドで横になりながら、つぶやいた。
それから数日後、私は、学校で生徒指導室に呼ばれた。呼ばれた理由は、例の写真を学校側が知るところとなり、私に対して詰問するためだった。学年主任が私に、
「どうして、こんなことしたんだ!」
と、怒鳴ってくる。
「それは、私ではありません。」
私は否定したが、先生は信じてくれなかった。
それから、数日間、私は暗い表情で通学をしていた。しかし、再び生徒指導室に呼ばれたときに、停学を言い渡された。私は、意味が分からなかった。
10 シキの作戦
アースガルズで働く神様達が全員帰った頃、ダイチの作業場に、一つの人影があった。その人影は、先日と同じようにダイチが使用している端末を操作している。
「ああ、一ヶ月前に拡散した画像で、この新田って人間、停学になったんだ。」
端末の画面には、新田泉水の映像が映っている。
「訳が分からないで処罰されると、こういう表情するんだ‥。」
声の主は、前回と同じようにメモリカードを取り出して、映像のコピーを始めた。
その後、コピーが完了すると、作業場を出ていった。
シキは、自室のデスクでモニターを確認していた。
「よし。私が予想した通りだったみたいだ。これで、証拠も揃った。後は、捕まえるだけだけど、捕まえるのも、やり方を考えないといけないな。」
シキは、しばらく考えてから、
「少し残酷なことをしてしまうけど、後腐れが残らないようにするには、仕方がないか‥。」
と、シキはつぶやいた。
翌日の朝、シキは、各上級神がアースガルズに集まったときに、全員の前で話す。
「ダイチ。君だけ、この後、残ってもらっていいかな?他のみんなは作業に向かって大丈夫だ。」
その後、シキの居室に、シキとダイチだけになった。シキがダイチに話しかける。
「ダイチ、非常に申し訳ないんだが、しばらくの間、業務終了後に残って欲しいんだ。」
「え?どうしてですか?」
「実は、仕事が増える一方だから、手伝って欲しいんだよ。今日から––––そうだな、毎日二時間くらいなんだけど‥。」
「分かりました。ですが、あんまり長い期間は勘弁してくださいよ」
ダイチは、苦笑いしながら、答えた。
「うん。おそらく、そう長くはならないと思うからさ。」
「はい、分かりました。あと、最高神も無理はなさらないでくださいね。しばらくの間、毎日、残業されてますよね?」
「一応、ここのトップだから、仕方ないんだよ。まあ、私の場合、仕事の一部に遊びが含まれているからさ。」
シキは少しおどけたように答えた。それから、シキは続けて、
「それと、ダイチ。業務終了後なんだけど、君が使用している端末は、君の作業場に置いたままで大丈夫だ。私の部屋には予備の端末があるからね––––それと、業務終了後に君が私と作業していることは、他言しないでくれ。」
と、話した。ダイチは、それを聞いて、うなづいた。
11 人影の正体
シキから定時後の手伝いを頼まれたので、ダイチはシキの居室で作業を手伝っていた。ダイチは、シキに支持された通り、新田泉水の映像を、予備の端末で確認した。そして、それから、シキに話しかける。
「うーん。この新田泉水という女性の飲酒している画像が拡散されているけど、その事実が無いと。」
「そうなんだ。彼女の過去における映像を確認しても、この画像に相応する事実は存在しない。」
「それだと、誰かが画像を加工したってことじゃないですか?」
「うん。私も、そう思う。だけど、そんな嫌がらせをしそうな人間が見当たらないんだ。念のため、近しい人物の動向も確認したんだけど、その人達も不審な行動は見受けられなかった。」
「なるほど。恋愛関係のもつれとかも無いんですか?」
「ああ、彼女は恋人もいないみたいだよ。それに、友人や家族とも上手くいっている。」
「そうすると、頭のおかしいやつに目を付けられたってことですか?」
「うーん。それは、最悪だね。まあ、何にせよ、もう少し周囲の人間を調べてみようか?」
「はい。」
ダイチは、元気に答えると、調査活動を再開した。
ダイチが定時後の手伝いを頼まれてから、一週間が経過した。ダイチは、その日も終業後にシキの手伝いをしていた。
しばらくの間、二人で作業をしていると、シキは自身の端末を凝視し始めた。
「お?ようやく姿を現したか。」
端末の画像を見て、シキは思った。そして、彼はダイチに声をかける。
「ダイチ、作業をやめて、今から私に付いてきて欲しいんだ。」
「え?はい。分かりました。」
ダイチが返事をしてから、二人はシキの居室を出た。シキは、自室からノートパソコンサイズの端末を持参していた。しばらく廊下を歩いていると、ダイチがシキに話しかける。
「最高神、これから、どこへ行くんですか?」
「いつも君が働いている場所だよ。」
「俺の作業場ですか?」
それから、二人はダイチの作業場に到着した。すると、シキがダイチに話しかける。
「ダイチ、これから、君にとってショックの大きいことが起きるかもしれない。だから、心の準備をしておいて欲しい。」
「心の準備?」
ダイチが答えると、シキは作業場の扉を開いた。
すると、ダイチが作業場で使用している端末の前に、人影が見えた。
「ん?誰だ?」
ダイチが尋ねると、驚いた表情のツバサがいた。
「あれ?上級神?帰ったんじゃなかったの?––––それに、最高神まで‥。」
ツバサが答えると、ダイチが再び話しかける。
「『帰ったんじゃなかったの?』じゃないだろ。こんな時間に何をしているんだ?」
「えっと––––ただの忘れ物。」
ツバサは、返答しながら、端末を操作しようとした。すると、シキが、
「ちょっと待った!そのまま、その端末に触れるんじゃない!」
と、言った。そして、シキは、そのまま、ツバサの近くまで歩いた。シキは、ダイチに話しかける。
「ダイチ、君も来るんだ。」
「最高神、一体どうしたんですか?」
ダイチは答えてから、シキとツバサの所まで進んだ。シキは、ツバサが操作していた端末を見て、ダイチに話しかける。
「ダイチ、これを見るんだ。」
「はい。分かりました––––ん?これって、新田泉水の映像じゃないですか!」
端末には、先ほど調査していた新田泉水の映像が映っていた。
「そう。これから、分かりやすく説明するよ––––だから、二人とも私に付いてくるんだ。」
シキは、そう言うと、作業場にあるホワイトボードまで進んだ。
12 事件解決(この後の箇条書き部分で犯人と真相を推理できます。自分で推理したい方は、箇条書き部分で推理してから、その先を読み進めてください)
シキは、ホワイトボードに何やら箇条書きを書き始めた。
①北山宏は、二ヶ月前にパソコンを使用して発注ミス。
②井口美香は、二ヶ月前にパソコン内のデータを改竄される。
③福山吾郎は、一年前からインターネットで百件以上の求人応募をして、一度も面接が出来なかった。
④新田泉水は、一ヶ月前、インターネット上に彼女の画像を拡散された。
⑤上級神の端末パスワードは、一年以上の間、変更されていない。
⑥調査した結果、上級神で唯一、ダイチの端末だけ、本人の帰宅後に使用履歴が残っていた。
⑦上級神以上は、地上にあるコンピューターや機械を操作する権限がある。
シキは、書き込みを終えてから、
「うん。こんなものでいいか。」
と、言った。それを聞いて、ダイチがシキに話しかける。
「最高神、それは何ですか?いっしょに調査していた事件ですよね?」
「ああ、そうだよ。そして、ここに記したことで、すべての事件を一つに集約できるんだ。」
「どういうことですか?」
「えーと、これらの事件は、一人の神が犯人だったってことだよ。」
「え?」
ダイチは状況を飲み込んで、ツバサに顔を向けた。
「そう。犯人はツバサだ。」
「そんな、まさか‥。」
「ダイチ、今、君の端末に映っているのは、新田泉水だろ?ツバサは、彼女が停学を言い渡される映像を録画しに来たんだよ。」
「ツバサが、そんなことをして何になるんですか!」
「うん。私もツバサの動機に関しては分からない。でも、既に証拠は集まっているんだ。」
シキは、そう言うと、彼が自室から持ってきたノートパソコンサイズの端末で、映像を流した。すると、ダイチの作業場で、ツバサが、ダイチの端末を操作する様子が映っていた。そして、シキが端末を操作すると、福山吾郎が、家で暴れる映像が確認できた。つまり、以前、ツバサが福山吾郎の映像を一人で視聴していた証拠だ。その後、メモリカードに記録する様子も映っていた。ダイチは、それを見て、ツバサに話しかける。
「ツバサ、何でこんなことをしていたんだ?」
「え?ちょっと待ってよ!確かに、私は映像をコピーしに来たけど、自宅で分析するためにやっただけだよ。」
「自宅で分析?だが、こういったデータを外部に持っていくことは禁止されているだろ?」
「それは悪かったと思ってるけど‥。」
「つまり、お前はデータを自宅に持ち出しただけなんだな?他には、何もしていないんだな?」
「––––ええ。」
ツバサがダイチに返答してから、シキが話し始める。
「ツバサ––––残念ながら、君が人間を陥れた事実もあるんだよ。」
「え?最高神、それは、何かの間違いでは?」
ダイチがツバサを庇った。それに対して、シキが話す。
「ホワイトボードの六番に記載した内容だが、私は上級神全員の端末が使用された履歴を確認している。そして、その中で、ダイチの端末だけが、本人の帰宅後に使用されていたんだ。さらに、帰宅後に使用された全ての時間を確認したら、地上で被害を受けた人達のデータが改竄された時間と合致した。」
シキは、話してから、自分の端末を操作した。すると、ダイチの作業場で、彼の端末を操作するツバサが映った。その映像を再生すると、ツバサが、新田泉水の画像を地上に拡散する様子が映っていた。それを見たダイチは呆然としていた。シキがツバサに話しかける。
「これでも嘘をつき通すかい?」
すると、ツバサは俯いて、話し始めた。
「––––そうです。私がやりました。」
「どうして、こんな事をしたんだい?」
「––––腹が立っていたんです。ずっと前から‥。私と同期のタソガレが上級神に昇格しているのに、私は、いつまでも昇格しないから‥。」
「ん?君はタソガレ君と同期だったのか?」
「はい。タソガレは四年前に昇格したのに、私は、今も一般のまま‥。自分の実力不足なら理解できますが、仕事スピードと、こなせる職務の数は、彼女と同じくらいにはできます––––だから、イライラしていたんです。」
「だけど、そのストレスを関係ない人間にぶつけるのは間違っているよね?」
「そうですね。でも、そもそもですが、どうして私達が地上の人間達を助けてあげなければいけないんですか?私達は彼らから何の恩恵も受けていませんよね?普段は助けてあげてるんだから、少しくらいストレス発散の道具にしてもいいじゃないですか!」
ツバサは、顔を上げて、答えた。
「うーん。それに関しては、深い話しはできないな。だけど、遠回しに言うと、彼らを助けることで、私達は恩恵を受けているんだよ。」
「はい?意味が分かりません。」
「えーと、私達は、この世界で何の不自由も無く暮らしているよね?だけど、人間を救済することをやめた場合、その恩恵を失ってしまうことになっているんだ。つまり、私達は、人間を助けることで、別の存在から対価を得ている。」
シキの発言を聞いて、ツバサとダイチは不思議そうな表情をした。ツバサがシキに話しかける。
「その存在って、誰ですか?」
「それは言えない。最高神になれば、必ず知ることになるけど––––引退した最高神や、引退した一部の上級神は、知っているけどね。」
「その存在は、どうして、私達よりも劣る人間なんかを‥。人間なんて自分のことしか考えていないような奴らばかりなのに。」
「そうかもしれない。でもね、君は気付かないといけない。それは、今回、君が行なったことが、君が見下している人間達と同じことをしていることを。」
「同じこと?」
「君のストレスを解消させるために、関係ない人に迷惑をかけることは、自分のことしか考えていないと言えるだろ?君が『神は人間よりも優れている』と考えることは自由だ。しかし、それなら、君が彼らを軽蔑する理由を、君が行なってはいけない。」
シキの言葉を聞いて、ツバサは俯いた。すると、ダイチが、悲しそうな表情でツバサに話しかける。
「ツバサ、一年前に、お前が俺に近づいてきたのは、俺から端末のパスワードを盗むためだったのか?」
ダイチの言葉に対して、ツバサは何も答えなかった。ダイチは続ける。
「答えてくれ!––––最高神の調査だと、一番古い事件が一年前からだ。結局、そのときから俺のパスワードを利用して、地上のコンピューターに悪戯していたんだろ?」
ツバサは相変わらず、何も答えなかった。それを見て、シキはスマートフォンサイズの端末を懐から取り出し、電話を始めた。
「もしもし、アースガルズのシキです。部屋に入ってきて大丈夫です。」
シキが、そう話すと、まもなく男神が数人、ダイチの作業場に入ってきた。彼らの一人が、
「お疲れ様です。連絡を受けた通り、別室で確認していました。今から犯人を拘束します。」
そう言って、ツバサは男神達に連行されていった。男神達は、この世界における警察だった。彼らは、事前にシキから連絡を受けて、別室のモニターで一連の経緯を見ていたのだ。
作業場にシキとダイチだけになってから、ダイチがシキに話しかける。
「––––一年前から、ツバサと付き合い始めたんです。でも、そのせいで、多くの人間に迷惑をかけてしまいました––––申し訳ありません‥。」
ダイチは、ひどく落胆した様子だった。その様子を見て、シキが話しかける。
「それは、私の責任でもあるよ。上級神にパスワード変更させるのを忘れていたんだから。」
「いえ、上級神の誰かが最高神に指摘していても良かったんです。だから、結局、上級神以上全員の気が抜けていたってことです。」
「そうかもしれないね。」
「––––はあ。しかし、一年前からツバサに騙され続けていたのか‥。俺のことが好きだったわけじゃなかったんだな。」
ダイチは、そう言って、肩を落とした。すると、作業場にソラが入室してきた。ダイチがソラに話しかける。
「ソラ?こんな時間に何してるんだ?とっくに帰る時間だろ?」
「はい。忘れ物をしたから、取りに来たんです。」
ソラは、そう言って、自分のデスクに向かった。彼女はデスクの引き出しから書籍を取り出す。それから、ダイチに再び話しかける。
「実は、ずいぶん前から見ていたんです。入りづらい空気だったから、待っていたんですけど‥。ところで、上級神は、ツバサが上級神のことを好きじゃなかったって、おっしゃってましたよね?」
「え?ああ、そうだな。」
「そんなことはないと思いますよ。だって、そんなくだらない悪戯をするために、好きでもない相手と付き合いませんよ。まあ、私の意見ですが‥。」
ソラの考えを聞いて、シキが話す。
「そうだね。私も同じ意見だ。好きでもない相手と付き合っても、不快なだけだからね。」
二人の意見を聞いて、ダイチが、少し考えてから、話す。
「ああ、そうですね。俺も同じ考えです––––俺は、ツバサを傷つけてしまったかな?」
「そう思うなら、そのうちツバサに会いに行けばいいです。でも、ちゃんとデリケートに対応しないとダメですよ。」
ソラが答えた。それを見て、シキは微笑を浮かべた。
「とりあえず、二人とも、今日は帰ろうか。後は、私が処理しておくから––––それと、ダイチ、明日からは定時で帰って大丈夫だからね。言わなくても分かると思うけど‥。」
「はい––––ああ、そうか、この日のために、俺のことを残していたのか‥。」
「そういうことだ。まあ、早く帰ろう。」
こうして、地上におけるパソコン絡みの事件は解決したのだった。この後、ツバサを連行した男神の一人からシキに連絡があった。話しによると、北山宏と井口美香の映像データが、ツバサの自宅から見つかったようだった。
しかし、今回、シキは警察に証拠を渡して、そのままツバサを捕らえることもできた。だが、敢えてダイチを同伴させたことには理由があった。それは、彼を同伴させなかった場合、事情を知らないことで、ツバサの犯行を認めてくれない可能性があったからだ。シキは、そこまで計算した上で、逮捕する手順を考えていたのだ。
13 結末
事件が解決した次の日、シキは、各上級神がアースガルズに集まると、彼らに対して指示を出した。
「今から、上級神のみんなが端末で使用しているパスワードを変更します。そして、みんなに、お願いしたいことがあります。それは、今後、パスワードが変更された場合に、他の神には絶対に知られないようにして欲しい。これは、君達が管理している一般の神に対しても周知してください。」
シキが指示を出した後、各上級神は、自分のパスワードを変更した。
そして、その後、ツバサの件に関して、シキが謝罪と共に説明した。各上級神は、驚きの表情をしていたが、シキは一般の神には知らせないように指示をした。それから、シキは、
「それと、ダイチは、この後、君のところに所属しているソラ君を連れてきてくれ––––他の上級神は、いつも通り仕事をして大丈夫だ。」
と、指示を出した。
上級神達がシキの居室を出て行ってから、しばらくして、ダイチがソラを連れてきた。シキが話しかける。
「ああ、おはよう。まあ、二人を呼んだ理由は何となく察してくれると思うけど、昨日の件だ。」
「はい。」
ダイチとソラは返事をした。
「まず、二人とも、ツバサの動機について知っていると思うけど、これを他言しないで欲しいんだ。まあ、動機がタソガレ君に対する嫉妬だから、本人に知らせない方が良いと思ったからなんだけど。」
「分かりました。」
ダイチが答えた。
「それと、先ほど、上級神には伝えたことだけど、本事件は一般の神には伝えないことにしている。だから、ソラ君も上級神以外と本件に関して話さないで欲しい。」
「分かりました。」
ソラが答えた。
「そして、正直な話し、ツバサが抜けたことは痛手だった。彼女は優秀だったからね。だから、ソラ君を上級神に昇格させようと思う。上級神は自分で考えて行動することが多くなるから、私の負担が少なくなって助かるんだ。」
「え?いいんですか?私、ツバサの力には一歩及ばなかったんですよ。」
「うん。別に、作業速度と、こなせる職務の数だけで決めてるわけじゃないからね。実際のところ、神や人間を問わず、他者を思い遣れる部分が大事なんだよ。」
「思い遣れる‥。」
「まあ、近々、上級神達の前で発表するから、覚悟しておいてほしい。」
「はい。」
「それじゃあ、ソラ君だけ、仕事に戻って大丈夫だ。」
「分かりました。では、失礼しました。」
ソラは、そう言って、シキの居室を後にした。
部屋の中にシキとダイチが残ってから、シキがダイチに話しかける。
「ダイチ、実は、君に頼みがあるんだ。」
「はい。何ですか?」
「おそらくだけど、そのうち、ダイチはツバサに会いにいくんだろ?」
「はい。もちろんです。」
「そのときに、どうにか、ツバサのタソガレ君に対する考えを改めさせて欲しいんだ。できれば、今後、タソガレ君に干渉しないようにさせたい。」
「どうしてですか?」
「ツバサが出所してから、彼女がタソガレ君と出くわしたときのことを懸念しているんだよ。はっきり言って、ツバサとタソガレ君は関わらない方が、双方とも幸せになれると思う。」
「––––確かに、そんな気がします。」
「まあ、私自身、後日、拘置所に行くつもりだけどね。でも、君の方が適任だと思ってる。」
「分かりました。任せてください。」
「悪いな。今回の事件でダイチも傷ついているのに‥。」
「まあ、辛かったですが、上級神なので、いつまでも気にしていられません。多くの神を指導する立場ですから‥。でも、ソラが上級神に上がったら、部下がいなくなっちゃうな。」
「ああ、そういえば、そうだね––––じゃあ、ダイチのチームに相応しいメンバーを探しておくよ。」
「はい。よろしくお願いします。」
ダイチは、疲れた様子で答えた。自分のチームが地上に迷惑をかけてしまったという責任感と、自分の恋人を止めることが出来なかった責任感が、彼の見た目として明瞭に表れていた。
その日の夜、シキが彼の居室で作業をしていると、扉をノックする音がした。挨拶と共に、タソガレが入室した。
「失礼します。」
「お疲れ様。今日は、どうだった?」
「今日は、メンバーの一人が、理由も無く、流れ星のような飛行機雲を発生させました。」
「飛行機雲。地上で問題にはならなかったかい?」
「不自然ではなかったので、問題にはなりませんでした。ですが、特に理由も無く行なっていたので、そのメンバーを注意しました。彼は、『地上に芸術を!』なんて、言ってましたけど‥。馬鹿なんですかね?」
「芸術‥。まあ、私も好きだけどね––––ちょっと見てみるか。場所と時間を教えてくれるかい?」
「え?東京都内に十五時頃だったと思います。」
シキは、端末を操作して、確認した。
「うん。なかなか。」
「うーん、男性は、こういうのが好きなんですか?」
「それは、個人によるさ。ちなみに、飛行機雲には『願いが叶う前兆』という意味がある––––もしかしたら、飛行機雲を作った彼は、誰かに向けて発生させたのかもしれないよ。」
「そうなんですか?––––ところで、今朝、おっしゃってた事件は、どうされるんですか?私達が人間に迷惑をかけてしまった件ですが。」
「ああ、それか。現在、分かっている四件の補填については、考えたよ。まず、北山宏という男性は、二度による発注ミスで、発注係りを下されてしまった。だから、社内で名誉挽回できるように、彼が会社で実績を作れるように、有用な情報を彼に提供する予定だ。」
「ああ、それは良いですね。」
「うん。そして、井口美香という女性は、彼女の管理する顧客データと、彼女が使用していたテンプレートを改竄されてしまった。それにより、社内の人間が信用できなくなり、仕事を退職している。だから、再就職中の彼女に、これまでより待遇が良い仕事で、優しい人間が多い職場を斡旋するつもりだ。」
「本当は社内の人間による仕業では無かったのに、かわいそうなことをしましたね。」
「––––そうだね。それで、三人目の福山吾郎だが、彼は求人の応募が先方に届かないようにされてしまった。それは、一年もの長期間だ。その後、金銭的な不安やストレスが原因で、家庭内で暴れるようになった。」
「一年間もですか?随分、えげつないことをしたんですね。」
「ああ。だから、本人の希望を叶えてあげることにしたよ。」
「希望?何ですか?」
「福山吾郎は、もともとミュージシャンになりたかったみたいだ。そして、調べたら、自分の作詞や作曲をインターネット上に公開していた。だから、レコード会社の目に留まるように調整したよ。先ほど、彼宛てにレコード会社から連絡が届いたみたいだ。」
「え?本当ですか?でも、ミュージシャンなんて、実力が無いと続かないんじゃないですか?」
「それが、聞いてみたら、なかなかのモノなんだよ。だから、レコード会社は彼に連絡したんだ。まあ、実力があっても、埋もれてしまう人間もいるってことさ。」
「なんだか、とんでもない展開ですね。」
「ああ。彼の曲がリリースされたら、聞いてみようと思ってるよ。そのときは、タソガレ君にも連絡するね。」
「はい。でも、大ヒットしたら、ビックリですね。」
「そうだね。それで、最後の新田泉水だけど、彼女は飲酒している画像を偽造されて、学校を停学にされている。それで、とりあえず、インターネット上に拡散された画像を、合成写真だと言いふらしてみたよ。実際に、顔の部分を違う人物に変えた画像も流してね。問題点として、彼女の顔が使用されたということで、新田泉水が、周囲の人達を信用できなくなる可能性がある。だから、これから偽のニュースを作成する予定だ。」
「偽のニュース?」
「ああ。『新田泉水や別の人間を盗撮して、合成写真を作った人間が逮捕された』という架空のニュースを作るのさ。それなら、頭のおかしい人間が行なった犯行だと、彼女に認識させることができるだろ?」
「なるほど。」
「まあ、それでも停学処分を受けてしまっているから、学業の部分で補填しようと考えているけど。」
「ああ、それは良いですね。」
「まあ、以上が本事件に対する対応だよ。しかし、この四件以外にも悪戯された可能性があるから、調査が必要だけどね。」
「そうですね。」
「ところで、タソガレ君。今回は君のおかげで事件を解決することが出来たんだ。だから、ありがとう。」
「え?私は、何もしていませんよ。」
「君が、上級神以上の端末パスワードが一年以上変更されていない話しをしたから、今回は解決できたんだ。」
「え?ああ、そういえば、そんなこと言いましたね。私。」
「うん。今回の事件は、四つともパソコンが絡んだ事件で、調べても地上に犯人と断定できる人間が見つからなかった。私は、君の発言を聞いて、上級神のパスワードが使用されたんじゃないかと仮説を立てたんだ。なぜなら、上級神以上は、地上のインターネットや機械を操作できるからね。その後、最高神である私は全ての端末を操作することができるから、業務終了後に全ての上級神の端末使用履歴を確認した。確認後、ダイチの作業場にビデオカメラを設置して、証拠を押さえた。以上が、今回の流れだ。」
「まさか、自分の同期が悪戯していたとは思いませんでしたけど‥。別のチームだったから、相手のことは大して知らないんですよ。何で、そんなことしたんでしょうか?」
「––––うん、何でだろうね。まあ、神だからって調子に乗ってはいけないんだよ。」
「そうですね。まあ、何にせよ、最高神の役に立てたなら良かったです。」
「うん、ありがとう。それと、タソガレ君に自覚は無かったかもしれないけど、まあ、お礼として食事ぐらい奢るよ。今日は、この後、予定は空いているかな?」
「はい。」
「じゃあ、久しぶりに行こうか。何か食べたいものはあるかい?」
「えーと、甘い物が食べたいです。」
「甘い物?分かった––––うーん。晩御飯なんだけどな‥。」
その後、シキとタソガレは、アースガルズ外部の有名なスイーツ店へ向かった。シキは、タソガレから彼女のチームが起こした珍事件をいくつか聞かされたが、地上に違和感を出さないことよりも、地上に迷惑をかけないようにすることの方が大事だと考えた。そして、今回のような事件が二度と起きないように、気を付けようと思った。
(完)
本作を読んでいただき、ありがとうございました。今回は、初めて推理に挑戦しました。作者は、いくつか推理小説を読んでいますが、主人公が犯人や真相を語る前に、読者が謎解きできるものは少ないです。しかし、私は読んでいる途中で謎解きできる方が面白いと思っているので、本作では主人公が全てを語る前に、読者が謎解きできる仕様で書いてみました。
本作で主人公のシキが犯人を特定する部分について解説しますが、シキがタソガレからヒントを得た後に、上級神達の端末使用履歴を調べて、犯行時刻と比較します。これは、私達の世界で言うリナックスコードを使用して、端末の履歴を調べています。リナックスコードとは、MacのターミナルかWindowsのコマンドプロンプトを用いて、パソコンの操作をするときに使用するものです。パソコンに詳しい人が使っているような英語の文字列をイメージしてくれると、分かりやすいと思います。興味がある人は、lastコマンドで起動とシャットダウンの履歴を出せるので、やってみてください。また、日本の企業では、従業員のログインパスワードは管理者から教えられます。最高神であるシキが全員のパスワードを知っているのは、それと同様のことです。
上記のシキが犯人を特定する手順を読んだ皆さんに、作者からお願いがあります。それは、こういった知識を手に入れたからって、決して他人の迷惑になるようなことへ使用しないでください。なぜなら、作者自身、作中の井口美香という人物と同じ嫌がらせを経験したことがあるからです。作者は、東京都品川区にある大手物流会社で働いていたことがありますが、顧客データの改竄とテンプレートの改竄を何度かされました。おそらく、作者が退勤している間に、私のログインパスワードを知っている人間がログインして、改竄を行ったのでしょう。実際のところ、作中で井口美香が受けた嫌がらせの、三倍くらい辛い思いをしました。
読者の皆さん、もし、作者が受けた嫌がらせと同様のことをされたら、ファイルにパスワードをかけると良いです。私は、WordとExcelファイルを悪戯されましたが、どちらもパスワードをかけることができます。そうすれば、他の人に悪戯されるリスクは減ります。本当は、こんな嫌がらせへの対応策なんて書きたくもないんですが、実際に行う馬鹿な人間がいるので書きます。
作中の犯人であるツバサは、悪いことをしましたが、その原因はストレスです。作者は、他人に迷惑をかける人間が減り、他人のことを思い遣れる人間が増えれば、世間の悪行は減っていくと考えています。どうか、読者の皆さんだけでも、思い遣りのある人間になっていただけたら嬉しいです。