捨て猫〜俺の飼い猫になる
何時もと変わらない退屈な日々…。
ずっと続いて欲しい訳じゃないけど、続いて行く事を疑った事何てなかった。
何で…何て今更口に出しては言わないけど、あの日、あの時、アイツに逢って確かに俺の日常は変わったんだ…
それを今更なかった事に何て出来る訳ねーだろ!!
「お母さん、…もう行くね! 心配しないで…私もう十六になったんだから!! もう大人だもん、お父さんを必ず探して、必ずお母さんに会わせてあげるから…」
山の上……としか表しようもないポツんと一軒家があるとかそんなレベルでは無いくらい、山の中に彼女の自宅は建っていた。
どうやって建設したのか解らないくらい立派な乾拭き屋根の日本家屋は、今の建築技術を使用しようとしても持ち運ぶ事が出来ないこの場所には不釣合だった。
そんな家の持ち主であろう、どう見ても小学生にしか見えない、ランドセルがとても似合いそうな少女がフレームに入った写真に語りかけているのだから、不自然極まりない。
それもただの少女じゃない、稀に見ぬ美少女だ。
この小さな少女、(名を希望と書いてのぞみと読む少女)は、ずっとこの山に住んでいた………そう、彼女の母親が亡くなる迄二人きりで…
コンビニも無い、隣人もいない、文字通り何も無い。
希望は生まれてこの方母親以外の人間に会った事が数える程しかなかった。 だからなのか、物心ついてからはずっと下界に下りたくて、誰かと話をしてみたくて母親を困らせた。希望が街に行きたいと言うと決まって母は困った様な悲しい様な顔をするから、希望は其処から先は言い出せない。とても大切な人だから…だから何も言えなかった…
そんな母は私に一つだけ約束してくれた。
自分が死んだら、山を下りて暮らしても良いと…
もうずっと身体を悪くしていた母が亡くなったら、高峯さんというおじさんを訪ねる様にと、そしておじさんにお父さんの事を聴きなさいと、そう約束してくれたのだ。今のして思えば、ずっと父親を知りたがっていた娘の事を考えてくれた母としての精一杯の事だったのだろう。
母は知っていたのだ…私がお父さんの事を知りたがっていた事を…
『でもね…お母さん、私、誰かに聴きたかった訳じゃなくてお母さんの口から教えて欲しかったよ』
もう答えてはくれない冷たい身体に涙の雫と共に届かない言葉を落とした…
時が経った今だからこそ思い出す。
母親の亡骸を手厚く葬ると、何より心のこもった親子だけのお別れだった。
生前……母が言っていた。
どうしてお父さんと結婚したのか。
母は、『お父さんと一緒にいる事が幸せだから』
私は、『今は一緒にいないのに?』
そんな残酷な事を聞いたものだと今なら解る。
『離れているから、愛して、愛されていない訳じゃない事もお父さんに教わったの』
あの時の母は誰より綺麗だった。
愛する事を知った今なら、貴女の様な恋が私にもできるでしょうか?
◇◇◇
「……困りました…お母さん、私、高峯さん家が解りません…」
またもやフレームに話しかけると言う、他人が見れば頭のおかしい人にしか見えない行為を真面目に繰り広げている、どう見ても小学生にしか見えない少女希望は、お約束通り道に迷っていた。
でも無理のない事かも知れない。
だって、生まれてこの方、山を下りた事も数える程なら、母親意外を見た事も片手しかないのだから。
それでも本人が気付かないだけで高峯さん家の直ぐ近く迄これているのは、道行く人々に片っ端から聞きまくったからだった。
「高峯さあーん、何処ですか!!…私、道に迷ってしまいました!!」
感情の高ぶりと気力がこと切れ、希望は大声で 、それはもう近所中聞こえるような声で叫びまくった。
「ど喧しい!! ご近所さんに迷惑だろうが!!」
と言う声と共に『スパーン!!』と言う音が辺りに響き…ワンテンポ遅れて後頭部に鈍い痛みが広がった。
「…痛い…」
希望は、今思った事の感想を素直に洩らした。
「当たり前だ!!…頭を殴ったんだからな」
自分の頭上からお母さんより低い声が聞こえてきた。
それを不思議に思い、希望は声の主を確認しようと上を見上げた。
「…知らない人…」
また、ポソリと言葉が出てしまった。
「お前…人を見て第一声がそれか…」
呆れたような、楽しい者を見付けた様な、そんな感想を目の前の男は言った。
「すみません、知らない人…私は巫、希望と言いますが、貴方は誰ですか?」
先ずは自分から名乗るもの、その教育は山の上に住んでいたとは言え、母に習っていた。
「…高峯、仁」
何やら含みのある言い方なのは、気のせいだろうか?
「……?」
何も言わない希望に、今度こそ呆れて、つい悪態をついてしまった。
「お前…頭悪いだろ?」
さっきあれほど名前を連呼していたのに、とは言わないでおく。
「!」
『おっ、さすがに怒るか?、』仁が構えていると予想外の返答が帰ってきた。
「思ったより若いんですね!!」
希望と名乗った小学生は、仁にガバッと抱きつくと、そんな、ちょっと本人を目の前にして言うには憚られる様なディスる事を言ったので、仁は抱き付かれた事に気をとられるより先に言い返した。
「このチビ!!、それが迎えに来てやった人に対する言葉か!?」
仏頂面の為実年齢より老けて見えるがまだ仁は高校生だ。しかも自分でも気にしていた為に、敏感に反応したのだった。
「褒めたのに…」
「…いや、どう聞いても誉め言葉とは違うだろ?俺、まだ高校生だぜ?」
「…!えっ、嘘…」
そして本日二度目の拳が落ちてきたのだった。
「……また殴った…」
希望は涙眼になりながら恨み言を言う。
「殴られたくなかったら、んなこと言うな!!」
何で怒られたのか解らないが、目的だけは達成しなければ、そんな使命感が希望にはあった。
「あの、この高峯さんですか?」
希望はそう言うと一枚の少しくたびれた 紙を差し出した。 きっと何度も確認して、ずっと握りしめていたのであろう事がその写真からは伺えた。
その写真には仁の父親が写っていた、まだ若い頃の物だった。