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幽艶の恋心   作者: 沖町 ウタ
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第1話 はじめまして 4

 午後の授業になると、橡は朝とは違う理由で授業に集中出来ていなかった。

 それもそのはず。朝の授業中は居なかった幽霊が、今はこの教室内に存在しているからだ。

 幽霊は何かをすることはないが、教室の中を見境なく動き回り、興味あるものをじっと見て回る。授業を真面目に受ける人を見たり、先生の側で一緒に教科書を覗き込んだり、サボって机の下でゲームをしている奴の画面を覗き込んだり、とにかく動き回る幽霊がいるお陰で、橡は冷ややかな気分で授業をずっと過ごしていた。

「はぁ……」

 橡はそんな中、何とか授業を終えると、思わず溜息が出た。

 帰り支度をしながら、花園が声をかけてくる。

「今日は真っすぐ帰るの?」

「ああ。今日は疲れたし、何より眠いからな……さっさと帰ることにするよ」

「大丈夫? ちゃんと帰れる?」

「流石に帰れるよ。心配しすぎだって」

「ならいいけど」

 そんな会話をしていると、教室の扉の方から聞き馴染みのある声が聞こえる。

「うぃ~っす。帰ろうぜ〜」

 既に支度を済ませたのか、他クラスから意気揚々と雪平がやってくる。

 橡は幽霊の方をちらりと見て、まだ側にいるの確認する。

 一度一人でこの幽霊の事を考えたい。そう思った橡は、一人で帰る事を決める。

「悪いな、おれちょっと用事があるから先帰るわ」

「用事? お前が? めずらし。なにすんだ?」

「なんでもいいだろ。じゃあな」

 鞄をバッと手に持ち、軽く手をヒラリとあげて別れの挨拶を済ませると、橡は足早に教室を去っていった。

「……なんだあいつ。変なの」

 橡が出て行った扉を見ながら普段と違う行動に違和感を覚える雪平。

「……すぐに寝るって言ってたのに」

 ボソッと、帰り支度をする手を止め、花園が呟いた。

「え?」

 花園の小さな呟きに、何を言ったのかまでは聞こえなかったので雪平は聞き返す。

「なんでもない」

 しかし、花園は冷たくそう返し、鞄を閉め、手に持つ。

「……じゃあ、オレ達も帰るか?」

 二人きりになってしまった雪平は、なんとなく気まずさを感じながら花園に問いかける。

「あなたと? 二人で?」

 花園は、変な事を言い出したと言わんばかりの表情で雪平に聞き返す。

「そうだけど?」

「あなたとデートしてるなんて思われたくないから嫌よ」

 怪訝な表情で雪平にいい捨てると、花園は一人で歩き去った。

「ですよね〜…」

 そう言って、迎えに来たにも関わらず、雪平は一人他クラスに取り残されたのだった。



 4月もまだ上旬。橡の帰り道にあるそれなりに新しい公園にも桜の木がある。当然桜は咲き誇っているが、散っていく花びらも多い。橡は噴水付近にあるベンチに座り、ぼーっと頭上に咲き誇る桜を眺めていた。

 何故帰らずにこんなところにいるのか。この公園には特徴である、中央の噴水の周りに花壇が植えられている。その花壇もまた綺麗に花が咲いていて、花の周りには蝶々が飛んでいる。

 その蝶々を……子供のように追いかけまわす幽霊の姿があったのだ。

 無邪気に、相変わらず無表情。動くものを追うだけの子供の様に、追い掛けては逃がし、追い掛けては逃がし、時に転ぶ。と言った腑抜けた動きに、橡は呆れかえっていた。

「なんで着いてくるんだ…?」

 学校の幽霊なら普通学校から出れないとか、何かしら制約があるんじゃないのか。などと着いてくることに疑問を持ちながらも、あの無害そうな幼稚な動きに、学校で怯えていた反動なのか、考えることに疲れた橡は、再び頭上を見上げ、

「桜……綺麗だな」

 と思考することを放棄していた。

 そうしてしばらく何も考えずにぼーっとしていると、陽気な雰囲気に充てられ、眠気が襲ってくる。

 ウトウトと目が閉じ、寝そうになっていたた時、不意に聞こえてきた聞き慣れた声に、ハッと目が覚める。

「橡? あんた何してるの?」

 あまりにも聞きなれた声に顔を見るまでもなく誰なのかを理解し、橡は正面に視線を戻すと、比較的ラフだが出掛けるには相応な、決して若くはないが年老いても見えない服装で買い物袋を手に持ち、頭の低い位置で髪を結んだ40歳ぐらいの女性が立っていた。

「……そっちこそなにしてんの、母さん」

 母親をじと目で見ると、橡は面倒くさそうに視線を横に外し答える。

「買い物帰り。そっちは?」

「花見だよ花見。特等席だろ」

「一人で?」

「悪いかよ」

「そうは言ってないでしょ。あんた、ホントお父さんにソックリね」

「はぁ? どこが」

 唐突な父に似ている発言に、橡はイラっとする。

「顔もそうだけど、やる事がそっくり。お父さんも、桜が咲いてた頃、一人でベンチに座っておんなじように桜を見上げてたわ」

「まじ? 最悪なんだけど」

「何が。いいじゃない。いい思い出よ」

「ふ~ん……。それが二人の出会いってか?」

「その時は2回目に会った時だったかな? なつかしいわね~」

 そう言いながら、昔を思い出した様に橡の横に来て隣に腰を下ろす。

「座るなよ」

 橡はあからさまに怪訝な顔をし、ベンチの端による。

「恥ずかしがらなくてもいいじゃない」

「ったく……」

 嫌々ながらも逃げたりはせずにしぶしぶ受け入れると、橡は視線を桜に戻した。怪訝な表情も自然と元に戻り、母親も頭上の桜を見ながら会話を始める。

「懐かしいなぁ。あの頃のお父さん、今と違って暗かったのよ」

「へぇ~」

「高校の時に悲しい事があったんだって。いつ何処で何があったのかは聞いてないけど」

「フラれたんじゃないの? 失恋で悲しんでたりして」

 フッと笑う様に橡は言った。

「フフ……もしかしたらそうかもね。最初会った時は真面目な人だなと思ったけど、ここで会ったお父さんは、悲しみに満ち溢れてて……何だろうね。助けてあげたくなったのかな。その頃かなぁ。お父さんと付き合い始めたの」

 懐かしむような、嬉しそうな、何処か寂しいような表情で母親は呟く様に言った。

「え、なに、同情で付き合ったの?」

「そうじゃないよ。その前からずっと気になってたの。だから、この人がどうしてこんなにも悲しい顔をするのか知りたくなったのよ。ずっと、過去を振り切れなくて悩んでるって、お友達が言ってたのを聞いたから」

「友達って……雑賀さんか」

 時たま父親が家に連れてくる友人のことを思い出しながら答える橡。

「そうそう。雑賀くんが私とお父さんを合わせてくれたのよ」

「いや…もういいや話さないで…聞きたくない」

 あからさまに嫌な顔をし、お腹一杯だと言わんばかりに母親を見ながら橡は話を止める。橡は両親の昔話なんて詳しくは聞きたくもなかった。

「え〜! お母さんの初恋の話聞いてくれないの?」

 橡の方に少し身を乗り出すと、残念そうに肩を下げて母親は言う。

「聞きたくない……」

 心底怪訝な顔をしながら再び視線を桜に戻す。

「つまんないの〜。まぁいっか。そう言えば、昨日はまた雪平くんのお家に泊まったんだって?」

 そういう母親の言葉を聞いて、朝電話で雪平が言っていたことを思い出す。

「……そうだよ。泊まりに来いってうるさくて」

 どことない罪悪感を感じながら、橡は嘘を重ねた。

「明るくていい子だもんね。いいじゃない。友達は大切にしなさいよ?」

「……わかってるよ。うるさいな」

 罪悪感を感じながらも、実際に雪平といた事実には変わりないと心の中で言い聞かせ、屋上での出来事は伏せる。

「ならいいけど。……何か悩んでない?」

 母親は俺の顔を隣に座ったまま、正面から覗き込むように上半身を屈める。

「え? な、なんで?」

 嘘を着いた途端に言われ、橡は思わずドキッとする。

「いや、なんとなく。お母さんはいつでもあなたの味方なんだから、何かあったらすぐ言いなさいよ」

「……わかってるって」

 橡は小さくそう答えるだけしか出来なかった。嘘をついてる罪悪感と緊張で、言葉が出てこず、思わず黙ってしまう。

 しかし、考えてみれば、今目の前で起きてることは、悩み事と考えることは出来ると思う橡。喋らない幽霊、まるで赤子か子供のようなこの幽霊とどうしたらやり取り出来るのかを聞いてみようと思い立つ。

 しかし、母親に何かを聞くのは反抗期真っ只中の橡には悩む部分があったが、数秒間を空けた後、遠回しな言い方で尋ねる。

「……別に悩みとかじゃないんだけどさ」

「ん? なになに?」

 話を始めた橡に、母親は興味深々の様子。

「まったく喋らない友達がいたとして、その友達と喋らずにコミュニケーションをとるにはどうすればいいと思う?」

「喋らないって、喋ったことないの?」

「喋ったことないっていうか、喋らないんだよ。しいていうなれば……赤ちゃんみたいな?」

「……赤ちゃんと仲良くなりたいの?」

 遠回しな言い方に、妙な勘繰りを入れてくる母親。橡は強ちその通りだと思いながら、変な意味に取られるのを恐れ否定する。

「違う、これはあくまでも例え話だ」

「わけの分かんない例え~。そうねぇ……赤ちゃんが何を見て怖がるのかは今でも分からないけど、嫌われたら大きくなるまで怖がられることもあるし、最初は好きでも怖がられるようになることもあるし、その逆もあるから赤ちゃんはわからないわよ。やっぱりお母さんがちゃんと面倒を見てあげないとね。大変だけど、子供は自分が思った通りに動いちゃうから。食べちゃいけないもの口に入れたり、何がダメで何が良いのかもわからないんだから。とにかくいつもハラハラしてたわよ」

 友達の事を聞いたはずだが、赤ちゃんの話を最初から最後までする母に疑問を抱く。

 実体験の様に語る母に、これは自分の小さい頃の話だと察する。

「主に経験談を語ってるな?」

「アドバイスは経験から生まれるものよ? 当然あなたのことよ」

「俺を話の題材にするな……」

 自分の小さい頃の話をされ怪訝な顔をする橡。

「なにいってるのよ~。あの頃のあなたとっても可愛かったんだから。初めて立ち上がって歩き出した時の感動は今でも忘れてないわよ。……今も可愛いけど」

「あ~、やめろやめろ。マジでそんな話聞きたくない~」

 耳を塞いで声を出して完全に母親の声を聞こえないようにする橡。

「あ~! 聞いといてその反応はなによ! ちゃんと聞きなさ~い!」

 橡の手を掴み、耳を塞がせないようにする母親。

「やめろって! 触るな!」

 橡は外で母親に触れられてることに反射的に嫌悪感を抱き、ばっと母の手を払いのける。

「高校生にもなると力強いわね~」

「まじで外で止めろって……誰かに見られたらどうすんだ」

「親子なんだからいいじゃない」

「だからいやなんだよ! 雪平に見られたら1週間ぐらいイジられる……」

「ふ〜ん、分かったわよ。息子お花見も出来たし、お母さんは帰って晩御飯の支度をします~。橡はまだいるの?」

 母親は意気込んで立ち上がり、軽く膝をポンポンと叩き花弁を落としながら橡に聞く。

「ん〜……」

 横目で母親を見て考える。今度は桜ではなく相変わらず物を追いかけまわす幽霊に視線を送り答える。

「まぁ、少ししたら帰るよ」

 といつもの様子で言うクヌギに違和感は持たず、

「そう? じゃ、家で。あんまり遅くならないでよ?」

「わかったよ。じゃあな」

 と、軽く手をヒラヒラとさせ母親と別れを告げ、母親が歩き去るのを見送った。

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