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幽艶の恋心   作者: 沖町 ウタ
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第1話 はじめまして 3

 道中、橡は顔を洗いたくなり手洗い場にやってくる。

 春先の冷たい水を手に溜め、顔にぶつけるように顔を洗う。

 水道の蛇口を締め、橡はふぅと溜息をついてから購買部へ向かう。目は覚めるが、幽霊の事は頭から離れない。

 購買部で買い物を済ませた人達とうつむき気味にすれ違いながらどうしたものかと廊下を歩いていると、ふと視界の先に見慣れない色が映ったことに気がつく。

 視線を上げると、同じ制服を着た生徒たちの中に、1人だけ違う色の制服に身を包んだ女生徒がいた。今朝見た時と同じで、真っ白な白髪に、子供の様にキョトンと純粋な顔をしていた。

 言うまでもなくそれは今朝屋上にいた幽霊だった。

 こんな所で何をしているんだ? そう疑問に思うと、幽霊は歩いている人達の一人一人の顔を伺っている様子だった。

 誰かを探しているのだろうか? そう疑問に思いながら、橡は停止した思考のまま幽霊に近づいていく。内心少し思うのは、再びドッキリの続きが始まったのか? だった。

 ある程度近づくと、幽霊は歩いてくる橡に気が付く。橡と目が合うと、幽霊は小走りで橡の元に近づいてくる。幽霊が目の前にやってくると橡は足を止め問い掛ける。

「何してんだ?」

「…………」

 しかしやはり幽霊はしゃべりもせず、表情も変えず、橡の顔をじっと見る。

 さらに問いかけてみる。

「俺を探してたのか?」

「…………」

 やはり幽霊は答えない。

「違うのか?」

「…………」

「はぁ……」

 何も答えない幽霊に橡は思わず溜息をつく。問答が発生しないと何も理解出来ない。

 せめて相槌の1つでも打ってくれればいいのだが、首をかしげる以外の反応を見せないので、橡は途方に暮れていた。

「いい加減頷きの一つでもしてくれないか? お前が何者かどうかはこの際どうでもいい。俺に用があるのか? ないのか? それすらも分からないと俺は何をしたらいいのかーーーー」

 と、幽霊に説明をしてる途中のこと。

「橡? なにしてんだ?」

 幽霊の背後から雪平の声が聞こえる。

 目線を上げると、幽霊の背後に、沢山のパンを両手に抱えた雪平が冷ややかな目で橡を見ていた。

「雪平……。何って、話してる所だけど」

 橡が雪平と話を始めると、幽霊は後ろを振り返り、雪平の存在を認識すると、少し窓際に寄り、表情を変えずに橡と雪平の顔を交互に見る。

 雪平は自分の左右背後を確認し、誰もいないことを確認した後再度問いかける。

「……誰に話してんだ?」

 橡は窓際に避けた幽霊を指差して言う。

「そこにいるだろ」

 雪平は橡が指を指す方向を見るじっと。

「…………」

 幽霊は雪平の顔をじっと見る。橡からしてみれば、目が合っている様にも見える。

「いや、誰もいねぇよ。頭イかれたか?」

 しかし雪平は視線を橡に戻すと、危ない人を見る目でそう言った。

 やはり雪平には誰の姿も認識は出来ていなかった。

「いや…お前こそ惚けて――――」

 橡は言いかけた所で不意に一つ、幽霊は人間には見えないと言う常識的な事を考えてみる。

 明確な理由や根拠があるわけではないが、普通人間には幽霊が見えない。見えるのは、特定の条件が必要である事が多い。それを当てはめると、自分以外には見えてないのではないか? という可能性を一瞬のうちに考えた。

 もし仮にこの女子が幽霊だとしたら、それは一般人には見えない。気が付いてふと自分の横を通り過ぎていく人々を見ても、誰も幽霊の事を気に留める人はいない。

 クヌギと両手にパンを抱えた雪平を変な目で見る人は居ても、旧制服を着て、目立つ真っ白な髪をした女子には、誰も触れることは無かった。

 そして雪平の反応を察するに、もしかするとこれは、自分にしか見えてない可能性の方が高いと結論付ける。

「……悪い。なんでもない。寝不足が過ぎるみたいだ」

 橡は片手で目の当たりを覆うと、雪平に背中を向ける。

「そんなにネカフェで寝付き悪かったのか?」

「そんな所だ。……つか、なんでお前はそんなにパン持ってるんだ? そんな大食いだったか?」

「ちげぇよ! 1人でこんなに食うか!」

「ああ、パシリか」

「ちっげぇよ! お前家に帰ってないって言ってただろ! だから普段購買を利用しないお前に、俺が買ってってやろうと思ったんだよ」

「ああ、そうだったのか。悪いな。じゃあ教室戻るか」

 橡はそういうと、振り向くことなくそそくさと歩いて行ってしまう。

 幽霊は歩き始めた橡の後を追う様に着いていく。

 雪平は様子のおかしい橡に思わずその場で立ち尽くしていた。

「……持ってはくれないのね」

 抱えたパンを見ながら雪平は1人呟くと、遅れて歩き出した。



 花園の待つ教室に戻ってきた2人は、小説を読んで待っていた花園と昼食を食べ始める。

 いつもと変わらない様子で3人は他愛のない会話をしていた……様に橡は振舞っていたが、内心は欠片も集中できていなかった。

 橡は雪平と花園にバレない様にチラチラと、教室にまでついてきて花園の弁当をじっと見つめる幽霊の姿を気にしていた。

 橡は疑問に思っていたことに明確性を示していくことにした。

 まず、何故幽霊が今橡の教室にいるのか。

 理由まではわからない。しかし、今朝の事から今に至る流れで大体わかる。

 おそらくだが、この幽霊は自分を探していたのだと。

 他の人は顔をみると違う人だと認識して興味すら持っていなかった。しかし、橡の時だけは、意思を持ってじっと見つめていた。

 これは明らかに反応が違う。そして今は橡の側で、花園の弁当を恨めしそうにじっと見ている。腹が空いているのか? とどうでもいい事を考えている時だった。

「で、結局幽霊はいたのか?」

 パンを食べながら、雪平が突如そんな質問を橡にする。

 雪平のフリに、興味を持つ花園が言葉を乗せてくる。

「何も無かったって聞いたけど、幽霊が出そうな雰囲気とかなかった?」

「それか、逆に誰か人がいた様な形跡があったとか!」

 二人とも興味深々に橡の事をじっと見る。

「…………」

 橡は食べていた手を止め、屋上での事を思い出す。

 色々あった。それは間違いない。

 何処からともなく現れた旧制服を着た女子生徒。会話はなく、殺意を込めた力で絞められる首。今思い出しても軽く身震いがする。

 しかし何故か殺されることはなく、朝になると性格が変わったかの様に屋上にいた。

 そして今も、その幽霊は目の前にいる。幽霊は弁当を見るのに飽きたのか、今度は教室の黒板消しをじっと見ていた。一体何に興味を示すのかさっぱり分からないが、それはともかく、この一件を他人に話すべきか考える。

 ……いや、自分がそんな話をされても信じない。そう結論付けると、橡は嘘をつくことに決めた。

「……何もないよ。花園には言ったが、供養の為か、お地蔵さんが置かれてただけだ」

 そう言いながら橡はパンを口に運んだ。

「地蔵なんかあるのか!?」

 雪平の驚いた言葉に、それが普通の反応だろうと思いながら言葉を続ける。

「噂はただの噂だし、誰かが広めた肝試しの為の作り話だろ」

「ふ~ん。なんかつまらない結末だな」

 雪平は面白みのない話にそう言い、パンを口にする。

「肝試しもそもそもが雰囲気を怖がるためのものだもんね。実際に幽霊がいたって言う人は少ないし、見たって言うその証拠も無ければ大体はただの勘違いがほとんどだよ」

 花園は橡からの結論を聞くと、淡々とそう持論を呈し、弁当のタコさんウィンナーを口に運ぶ。

「そりゃそうかもしれないけど……そうは思ってもなんか怖いのが普通だろ」

 雪平はパンを牛乳で流し込むと、怪訝な視線で花園を見ながら疑問を問いかける。

「そう?」

 花園は咀嚼を終えると、よく分からないといった顔で短く答え、米を口に運んだ。

「どうもお前らは普通の反応とは逸脱してるな……」

 昨日の夜の会話を思い出しながら、雪平は呟くように言った。

「お前に言われたくない」

 クヌギは明後日の方を見ながら、正確には、教室の片隅で一人でスマホをいじる生徒の手元をじっと見つめている幽霊を見ながら、捨てる様に言った。

「はぁ? お前自分が普通だと思ってんのかよ?」

 その台詞にカチンときた雪平は、牛乳を手に持った手を机にドンッと叩きつけると、橡を睨むように言う。

「俺もお前も普通じゃないって言いたいんだよ。……普通だったら、きっとこんな思い悩む事もないんだよ……きっと」

 橡は幽霊を見ながら、不意にそう呟いていた。

「……何言ってんだ?」

 普段の煽りでは無い黄昏たようなことを言い出す橡に疑問を抱く雪平。

「それよりも、一つ確認したいことがあるんだが……」

 橡は不意に遠くにあった意識を3人の輪に戻すと、脈絡なくそんな事を言い始める。

「なんだよ」

 食べ終えたパンの包み紙をゴミ袋代わりにしていたレジ袋に入れ、お茶を一口飲むと、橡は顔の横にゆっくりと手を上げた。

「……1」

 そして徐に一本指を立て一言数字を述べた。

 その行動を、雪平は静止したまま何の意味があるのかと考えた顔をして、花園は咀嚼をしたまま我関せずな様子で見ていた。

 雪平は、はっと何かを察したのか、慌てて手を上げ答える。

「……に、2!」

 咄嗟に雪平がパン持ったまま手をバッと上げて答える。何か番号を順番に言う遊びが昔会ったような気がする、と察したのだ。

 橡と雪平は最後に残った花園を見る。花園は弁当の卵焼きを頬張りながら、二人の顔を交互に見る。ゆっくりと咀嚼を終え飲み込むと、お茶を一口飲んでから橡の方を見てゆっくり答える。

「…………3」

 それだけを言うと、米を口に運び咀嚼する。

 幽霊は橡の号令に気が付いていたのか、側まで戻ってくると、皆の顔を何度も見て、少し困った様子を見せながら、恐る恐る小さく手を上げる。その様子を橡はチラリと横目で確認する。

 当然雪平と花園は幽霊をチラリとも見る様子は無い。それを見て、橡はやはりあの幽霊は自分にしか見えないことを再確認する。

「……なんで急に点呼?」

 パンを片手に眉を潜めて雪平が当然の疑問を橡に投げかける。

「いや、なんか昔そんな遊びがあったかなと思って」

 橡は手を降ろすと、まだ封が開いていないパンに手を伸ばし、再びパン食べ始める。

「被っちゃいけない奴だろ? なんかあった気がするが、あれは3人でやったって面白くもなんともないだろ。……ってか幽霊となんか関係あんの?」

 雪平が問いかけると、橡はあっさりした様子で答える。

「あるわけないだろ」

「ねぇのかよ! じゃあなんでやらせたんだ!」

 上げてた手をクヌギに向けて伸ばし突っ込む雪平。

「お前らとの息が合ってるか確かめたかっただけだ」

「息が合ってたらなんだってんだ……」

 呟くように小さく雪平は突っ込み、はぁと小さく溜息を着くと一度落ち着きを見せる。

「結局つまんない結果だな~。でもまぁ、肝試しのネタに本物を期待してもだめか」

 結局噂なんてそんなものだと、牛乳を飲みながら納得する雪平。

「結局、橡くんが寝不足な理由は?」

 水筒のお茶を飲みながら、今度は花園が橡に問いかけた。

 橡は朝雪平に話した言い訳を、同じように説明する。

「屋上言ったあと直ぐ帰ったんだけど、夜遅くってこともあって、帰り際色々あってネカフェで寝たんだ。それは察してくれ」

「……ふ~ん。だから教科書無かったんだ」

 花園は興味がないのか、それほど掘り起こすことなく橡の説明をお茶と一緒に飲み込んだ。

 そこで不意に、橡は昨日の一件で気になることを思い出した。

「そういや、花園はあの時なんであんな慌てて出ていったんだ?」

 そう問いかけると、花園は飲んでいたお茶が気管に入ったのか、吹き出しそうになり盛大に咽る。

「ケホッ……ゴホッ……ゴホッ!」

「だ、大丈夫か?」

 あまりにも盛大に咽たため、心配になる橡。

 そんな様子をみていた雪平が、ジト目で橡を見ながら、うすら笑う様に微笑みながら言う。

「うわ〜……橡くん女の子にそんなこと聞くなんて、さいて〜」

「は、はぁ? 最低って何がだよ」

 雪平の言い方と表情にイラッとしつつも少し焦り、花園の方を見ると顔を真っ赤にして目線を合わせようとせず、胸の辺りを軽くポンポンと叩きながら弁当を片付けていた。

「…………え、なに?」

 花園の反応からして、聞いてはいけなかったとは察したが、何がいけなかったのかは橡にはまったく理解できない。

「察しろ……それが男ってもんだ」

 自分わかってますと、肩を叩きながら上から言ってくる雪平に若干の苛立ちを覚えながら昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、結局その真相を聞くことは出来なかった。

 幽霊は、昼休みが終わるまで小さく手を上げたままだった。


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