転生したら滅亡トリガーを引く悪役令嬢だったから、どうにか王国存続ルートに入りたかっただけなんですけど(あと、婚約破棄後の生活環境がよさそうな修道院を確保したかった)
この話は『山出し聖女とその出逢い』(N1350gz)とセットになっています。
『山出し〜』のほうは単独で成立するように書いたつもりですが、こちらは順不同であっても2本とも読んでいただくことが前提になっています。ご了承ください。
「……どうしてこんなことに!?」
ラインクルスト侯爵家の長女として生まれ、蝶よ花よと甘やかされて育った自分が、じつは21世紀前半の日本で平々凡々と暮らしていた一般ピープルが転生した姿なのだと思い出したとき、私は運命の理不尽さに痛嘆の声を発した。
本来の私は、乙女ゲームをこよなく愛するスイーツ属性(ただし二次元限定)。なのに……
「なんで乙女ゲーじゃないのよこの世界は!!?」
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不慮の事故で死を迎えたことはもうあきらめるとしよう。
死して無に帰すことなく、天国にも地獄にも行かず、転生を遂げたのも、まあ事前の心構えというかラノベで読んだ知見がなかったわけじゃないからよしとしよう。
でもさあ、転生先はこっちの希望をもうちょっと汲み取ってくださいよ神さま?
まったく知らない世界というわけではない。たしかに前世でプレイしたことのあるゲームではある。
『聖扼のブリュンヒルド』――それがこの世界を舞台とするゲームのタイトルだ。
ジャンルはタワーディフェンス。ぶっちゃけ本来は私の守備範囲ではない。
なぜプレイしたかといえば、先に二次創作にハマって、いちおう原作もたしなむか、と思い立ったからである。
……難しかった。
タワーディフェンスとしてはもっともシンプルな、マップ上のマスにユニットを配置して侵攻してくる敵を迎撃するルールで、乱数要素はかなり低く、戦術S L Gに近かった。
廃課金してのSSRゴリ押しが通用しないゲームデザインだったのだ。コスト制だから、予算オーバーの強キャラは持ってるだけじゃ無条件で出せない。
沼るきっかけになったクロ×パウの原作エッセンスだけ摂取するつもりでいた私は、
「銭で解決させろ! 金で話をつけさせろ! この、このっ! ……攻略wikiでイベント会話テキストだけ拾ってやめたっていいんだぞちくしょう!!」
と泣きわめきながらプレイすることになった。
当の攻略wikiには、
『課金の必要がなく、デイリーガチャとストーリー配布されるユニットだけでクリア可能な良作』
なんて書いてあったりしたけど。
詰め将棋要素のあるキャンペーンマップ形式のゲームとしては、たしかに練り込まれたバランスだったと思う。しかしカネジャブ全否定のゲームデザインは、商売としてどうだったのか。前世に別れを告げるまではまだ運営会社は存在していたが、いまはどうなっているやら。
なおクロ×パウとは、流浪の亡国王子クローヴィスと聖霊教会の神殿騎士パウサニアスのBLカップリングのことである。原作知らないのに一撃でドハマりする尊さでした。泣きながらプレイしたゲーム本編も、クロ×パウの絆会話だけは執念でフルコンプした。
……すみませんね前置き長くって。やっとここから現在の私に直接関係する話なんですよ。
この世界での私、ラインクルスト侯爵令嬢マティルダは、なにを隠そう王太子クローヴィス殿下の婚約者なのである。
そう、クローヴィス殿下はまだ亡国の王子ではなく、王太子。
マティルダは、世界を救う力を持った聖女をいじめ抜いたあげく、階段から突き落として半身不随の重傷を負わせた悪役令嬢なのだ。
聖女に危害を加えたマティルダは婚約破棄され追放されるけど、ときすでに遅し。出現した魔物に対処するには聖女の存在が不可欠であり、王国は大きな被害を受けてしまう。聖女を擁することで保っていた権威も失われ、周辺国から見限られた王国は滅亡するのであった……。
そして『聖扼のブリュンヒルド』本編がはじまるのである。
……タワーディフェンスゲーとして、最終兵器であり自軍の急所でもある聖女が身動きできないという理由のための、取ってつけの設定な気がするんだけど、どうなんですかね?
ていうか、それだけのために悪役令嬢にされるマティルダって……。
他人ごとじゃないんだけどさ、いまは私がマティルダなんだから。
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さいわい、聖女をいじめる悪役令嬢になる前に、マティルダは私としての自覚を持つことができた。
どうするべきか。聖女に怪我をさせなきゃいい、簡単な話の気もする。とはいえこの手の運命干渉には慎重であるべきだろう。
パターンとしては――
1.よかれと思ったささいな干渉が、バタフライエフェクトを起こしてあらゆる事象を変化させ、その後の運命を知っていたはずの干渉者の前提知識がまったく役に立たなくなってしまう。
2.歴史には、自己への干渉を吸収し修正する再生能力がある。たとえば、本能寺の変を防いでも、織田信長が1582年6月21日に死ぬ運命は変わらない、といった感じに。戦場での討ち死にかもしれないし、食中毒かもしれないし、場合によっては森蘭丸との稚児遊び中の腹上死かもしれないが、とにかく死そのものは回避できない。
――私が前世で摂取したフィクションでは、このどちらかのパターンがけっこう多かった。……信長公の死にざまがおかしい? 察してくださいよ、私はこういう性分なんです。
1番2番、どちらのコースが待ち受けているにせよ、なにもしないでいる、というのは最悪の選択だろう。王国には有力な大貴族が多い。もしマティルダが聖女との関わりを全面的に断ち切ったら、たぶんほかのだれかが聖女をいじめる。
聖女は血筋もなにも関係なく、王国内の女性のだれがなるのかわからない。年齢も、既婚か未婚かもまちまちだ――というのが原作での設定。
ゲーム本編では、羊飼いの娘だった少女が聖女であると判明し、教育を受けていない彼女は王都の貴族学院に招かれ、そこでマティルダにいじめられるという筋書きであった。
……ま、攻略wikiの受け売りですけど。
私はゲーム内ではクロ×パウしか追わなかったから、聖女の過去の記憶とかマティルダとクローヴィス王子の関係とか、ちゃんとチェックしなかったんだよね。
こうなることがわかってれば、もっと本腰入れてプレイしたのに。
エンディングの種類でクロ×パウの仲は進展しないから、一番簡単なビターエンドしか見てないし。……でもEXハードルートのトゥルーやハッピーエンドは、私じゃ無理だったろうな。
……とりあえず、細かいこと考えるのは後回しにして、私は聖女を迎えるための準備をすることにした。
取り巻きの中級貴族のお嬢たちを集め、学院内に空き教室をひと部屋確保して、聖女が出席することになりそうな儀式について調べる。
聖女に隙がなければ、いじめられる理由はひとつ減るはず。
羊飼いの娘がこの貴族社会に溶け込むのは、そりゃあ大変だろう。私だって、基本の躾けが終わる前に21世紀日本人としての本性を思い出していたら、いちいち面倒くさいマナーが身についたかどうか大いにあやしい。窮屈だもん。
無自覚のうちに身体で覚えられてほんとよかった。
これを聖女に教えるだけなら、そんなに難しいことはない。はず。
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ゲーム開幕前のタイムスケジュールについて、原作プレイ中にはろくに追わず、攻略wiki斜め読みだった私に、正確な知識のあるはずはなかった。
聖女を出迎える準備ができたかなと思ったころには、彼女はとっくに王都へやってきていたのだ。
あわてた私は、婚約者であるクローヴィス殿下に、聖女と会ってみたいとそれとなく話を振ってみたところ、すぐに答えが返ってきた。
「聖女は王都の修道院宿舎に預けられているそうだよ。乗り合い馬車で通学してるっていうから、正門前で待っていれば会えると思う」
クローヴィス殿下、すごく良いひとなんだよね。
イケメンで責任感が強くて優しくて、それでいて気さくで堅苦しくない。
こんな王子さまが婚約者とか、転生人生勝ち確じゃない! って、ふつうは舞い上がるところなんだけど……。
私にとっては、となりにパウサニアスさまが立っていてこそのクローヴィスさまなんだよねえ。
クロ×パウを影から見守りたい。殿下のとなりは私のベストポジションじゃないのよ。
贅沢な悩みだけど、今後の課題としたい。
――それはそうと、待ち構えていた学院正門前で捕まえた聖女の格好ときたら。この既視感をなんと表現すべきか……そう、あれ!
山の手のお嬢さま学校に近い路線に乗ってると、毎年4月に見られるやつ。
まだあどけない女の子が、伝統の可愛いクラシックなセーラー服が身体に合ってなくて、可愛いと可愛いが組み合わさって小動物化してるあれ。
イモ可愛い。可愛いけどイモ。
さいわい、まだだれかに絡まれたりいじられている様子はない。
私は速やかに聖女エスタの身を確保し、侯爵家御用達のサロンへ連れて行った。
結果――
「これ……ほんとうに、わたし、ですか……?」
「思っていた以上ね。ノーメイクでこれはずるいわ。嫉妬しそう」
……いや、いちおう侯爵令嬢な手前こんなこといってますけど、聖女ちゃんこれやばい。マティルダは掛け値抜きに嫉妬に狂ってあなたをいじめたのかもしれないわ。
ええ、私とて腐っても乙女、KAWAIIが嫌いなわけないじゃないですか。こんな超絶可愛いを見せつけられて、腐ってるとはいえ乙女心にアンビバレントな感情がふつふつと沸き上がらずにはいられませんよ。大事なことだから二度いいました。
ピンクブロンドツインテにアンバーカラーの大きなお目々。健康優良児な肌の色。背丈だけ合わせてあった制服をちょっとだけぴったりに直したら、めっちゃ似合うし。
ゲーム内では青ざめた顔色で常時ぐったりしてたから、このギャップは大きい。
こんな可愛いキャラデザインにしながら、ずっとベッドに縛りつけとく設定考えた制作スタッフ、あぶない性癖抱えてたんじゃないの?
ああ、こらそこ、楽しそうに鏡の前でくるくる回らない! あざとい! あざと可愛い!
「まずは格好から。身につけるべきものは多いわよ、聖女エスタ」
……なんだかほんとうに悪役令嬢じみた言葉遣いになってきてしまった。これは気をつけないと、変えるつもりの本編前史がもとのとおりの繰り返しになってしまいかねない。
とはいえ、聖女が大怪我さえしなければ、あとはアドリブでいいのよね。
個人的には、王太子殿下の婚約者から、クロ×パウ観測班にポジションチェンジしたいわけだし。
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原作ゲームでは身動きひとつすることなく、目も閉じたまま、口を開いても苦しげな声で話すだけ。イベントを起こしたときだけ、夢の中で本来の美しい姿を現す聖女(そして私はクロ×パウ以外の絆イベントを追わなかったので固定イベントの3回しか見ていない)は、よくしゃべり、よく笑い、よく食べる、ふつうの、ただしとびきり可愛い女の子だった。
マティルダが彼女をいじめてしまった理由は、いまならよくわかる。
聖女エスタはまぶしすぎるのだ。向かい合う己のちっぽけさ、薄汚さを容赦なく自覚させる、曇りひとつない鏡。
大貴族の娘であり、王太子の婚約者である――それ以外にアイデンティティというものを持っていなかったマティルダは、無垢なエスタの光に負け、自分の影からにじみ出る弱さに屈した。
私も、凡俗として生まれ凡俗としてあがいた前世の経験がなければ、エスタの輝きを厭わしく思っただろう。
いまは自分の弱さやずるさにいいわけをする必要はない。己の真の姿を映し出す鏡を見るまいと泥を投げつける必要は。
前世では凡俗なりに精一杯やったけど報償はなかった。もしいまのマティルダとしての生がその埋め合わせだというなら。
せいぜい狡猾に立ち回りますとも。
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裾の長い純白のドレス、サファイアの輝くプラチナのティアラ、太陽を模した黄金の円盤を戴いた杖――聖女としての正装で身をかためたエスタは、女神のごとき姿だった。
『聖扼のブリュンヒルド』のオープニングタイトルでは見たことがある。だが実物の美しさ、神々しさは段違いだった。
この国……いや、この世界が必要としているのは彼女だ。
理屈ではなく、見ればわかる。
……マティルダは、ほんとうにこのエスタを見てなお彼女をいじめ、あまつさえ一生ものの傷害を負わせたのだろうか?
私はマティルダの魂を上書きしたり、乗っ取ったわけではない。私の半分はいまもマティルダだ。そうでなかったら、侯爵令嬢としての正しい振る舞いを覚え直さなければならず、とっくにメッキが剥がれていたこと疑いない。
マティルダは弱かったけれど、知恵の巡りは決して悪くなかった。その弱さだって、年相応の少女であったというだけで、欠点とするのは少々酷ないいかただろう。
つまり――エスタをいじめていたマティルダは、この姿を見てはいないのだ。
ゲーム本編には含まれようのないエピソードだから客観的な証拠は示せないけど、魂魄としてマティルダと一体化している私の直感なのだから、まず間違いないはず。
いまのエスタは、本来のゲーム正史よりも光貴なる存在に近づいている。
だとしたら、「聖女エスタは私が育てた」と、ちょっとドヤってもいいのかもしれない。
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私は以前から進めていた「裏工作」をより加速させた。
そねみややっかみから出た「次期王妃マティルダは聖女エスタをいびっている」といううわさを打ち消すことなく、むしろ流布させ、取り巻きのお嬢たちを使って、必要に応じて尾ひれをつけ加えた。
「魔物が出現した場合にそなえて事前対策を練っておくべきだ」と理由をつけ、就任式をすませて正式な聖女になったエスタが、教会や騎士団の会議に出席するよう仕向けた。そして、クローヴィス殿下も同席するよう極力働きかけた。
クローヴィス殿下が私マティルダとの婚約を破棄し、聖女エスタと結婚するように。
クロ×パウ推し党派としての私的欲求は、いまとなっては動機とはいえない。
王国の存立、魔の勢力に対する完封勝利は、私の真剣な望みとなっていた。
ゲーム中でのクローヴィス王子は、聖女と隣接するコマに、最終防衛線要員として配置されたとき絶大なる戦闘力を発揮する。聖女が持つふたつの能力のうちのひとつ、守護騎士への神聖加護付与によるブースト効果だ。
クローヴィス殿下には、半死半生の動くことができない聖女の側にではなく、活き活きと笑いくるくると動き回る、エスタとともに歩いてほしい。
――そう、私はこの世界を『聖扼』のルールから解放しようとたくらむようになっていたのだ。
置かれた場所から動くことができないなんて法則、ぶち壊してやる。
世界や王国が安泰なら、婚約破棄されたあとの私にとっても都合がいいし。
だが困ったことに、クローヴィス殿下もエスタも、うわさに動じる気配はみじんもなくて、私が仕向けているにも関わらず、ちっとも仲が深まる気配がない。
いやある意味仲はいいんだけど、兄妹みたいで。私にとっても、たしかにエスタは妹みたいな感じがするけどさ。
一方で意外な協力者といえば、教会だった。教会は殿下と聖女に結婚してもらいたいと思っている一大勢力で、あからさまに直接示し合わせたりはしていないものの、私たちのあいだには暗黙のうちに連携が成立していた。
おかげで、私も婚約破棄後に引き取ってもらう先の修道院には困らなくてすみそう。
一点気になるのは、教会のどこを探してもパウサニアスさまが見あたらないことだ。まあ、クロ×パウあきらめて、エスタ推しつつあるから見つからなくてもしょうがないか。
さすがに、推しカプだけのために世界を滅亡の危機に追いやるほど、私に悪役の素質はなかった。
ゲームどおりにクロ×パウを追うってことは、エスタを階段から突き落とさなきゃならないって意味で、いまの私にそれはもうできない。
――そんな中、私が確保していた空き教室に、しばらくぶりにエスタがやってきた。
「マティルダさま、今夜は王宮で晩餐会ですよね。予習させてください!」
……あ、そういえば、そうだっけ。私も出席するんだよな。いちおう王太子の婚約者だし。
でもエスタ、あなたは小手先のマナーを必要とする段階は卒業してるわ。
「もう教えることはないわよ。どんな場面でだれを相手にしても、恥ずかしいことはないわ、エスタ」
「まだまだぜんぜんですよ! たったの4ヶ月そこらで、生まれてからずっと礼儀作法を身につけてきたマティルダさまたちと、同じになれるわけないじゃないですか」
「あなたは万民が認める聖女、ささいな作法に縛られる必要はない。それどころか、聖女は生まれながらの王侯貴族ではないという、その差こそが重要なのよ。もしあなたがどんな些事にいたるまでも完璧な、大貴族の令嬢と同様の通俗儀礼を示したら、聖女の神秘性はむしろ下がるでしょう」
これは私の本心であり、うそはない。
……ただし、私はエスタがすさまじく賢い子であることをうかつにも失念しかけていた。学校で勉強を教わったことがなかったというだけで、地頭はもともと良いのだ。
そしてその発想は常人の上というか、思考の死角を突く。
このときも、エスタの解釈は私が伝えたかった意図とはトポロジーが異なっていた。
「――なるほど! さっすがマティルダさま! わたしはあくまで聖女、牧羊犬同様であって役目は魔物から人々を守ること。わたしは王妃候補なんかじゃないって明確にするためにも、これ以上マナーを身につける必要はないってことですね!」
この子……私がいままで口にしたことを全部憶えてるんだ!?
人間とは矛盾の存在、言葉が全部一貫してるなんてことはないのよ! むしろコロコロ変わるのが人間の本性!
「エスタ、ちょっと待って。あなたは……」
「だいじょうぶです、クローヴィス殿下も、マティルダさまと別れるつもりなんてないっておっしゃってました。次期王妃はマティルダさま以外ありえません。おまかせください、おふたりが治めるこの国を、わたしがかならず守り抜いて見せます! ――お世話になりました!」
もう、だから待ちなさいって!
「クローヴィス殿下が必要としているのはあなたなの、エスタ」
「魔物が現れたら、殿下や騎士団のみなさんと退治に行くことにはなると思いますけど、べつに3日かそこらですむことですよ」
エスタは『聖扼のブリュンヒルド』のゲームとしてのルールや、聖女の能力についてまだ知らないのだ。だから私の言葉の意味が、私の伝えたいように聞こえないのは無理もない……んだけど。
――って、そっちは階段じゃないの。階段はまずい、階段は!!
私は広い階段を大きく大きく回り込んで、エスタの二段下で彼女の前に立ちふさがった。
エスタの制服の袖をつかんで、引き留める。
「エスタ、わたくしは、あなたに王妃を代わってもらいたいって思っているのよ。そのために、ずっとうわさが流れるままにしたり、あなたとクローヴィス殿下がいっしょに行動するように仕向けてきた」
「……なぜマティルダさまがそんなことを?」
エスタは心底不思議そうだ。まあそうよね。しかしこれをどう説明したものだろうか。転生だの、私はこの世界のことを以前ゲームとしてプレイしたから知っているだの、そんな彼女からすれば意味不明なことを並べ立てても……。
私はよほど話に詰まった、困窮の表情を浮かべていたのだろう。エスタは、私が占有している教室へ戻ってじっくり聞くことにしたのか、階段を昇りに転じるためにきびすを返そうとして――
ふいに、エスタが右足首をひねった。そのまま、私のほうに倒れ込んでくる。
抱き止めはしたけど、とくに鍛えているわけでもない貴族の小娘の力では、華奢な少女とはいえ支えきることはできなかった。
ふたりそろって、宙に投げ出される。
これが……歴史の修正力か。
聖女をいじめないようにしても、王子とくっつけようとしても、間違っても階段から突き落とさないよう下へ回り込んでも、運命はこの子に牙を剥くのか。
……だが、このまま落ちれば私が下だ。私がクッションになれば、まさかエスタが生涯半身不随の重傷とはなるまい。
というか、そんな衝撃なら私のほうは確実に死ぬ。マティルダが死んだなどという歴史の事実は『聖扼のブリュンヒルド』には存在しない。それならそれで改変には成功したということだ。ざまーみろ運命。私は負かされたわけじゃないぞ!
エスタさえ無事なら、私は――
強烈な光が視野全体を灼いた。
……予期していた衝撃がいつまでも背中や後頭部を襲わないので、私は左右を見渡し、下を向いて――エスタと目が合った。
エスタは大きな眼をまんまるにして、純粋におどろいているようだったけど、私はこの現象をもたらすものに心当たりがあった。
全身にみなぎる力と、周囲の状況を細大漏らさず把握できる超感覚……。
ネコより簡単に空中で姿勢制御をして、私はエスタを抱きかかえたまま床へと降り立った。
「エスタ……いまのは、まさか……」
「たぶん、聖女の力ですね」
「げ……やっぱり?」
本来はクローヴィス殿下が受け取るはずの彼女の加護を、私がかっさらってしまったというわけか。……あっちゃー。
聖女の力をはじめて発揮させたエスタは、わずかに興奮ぎみだ。
「なんか、わかった気がします。聖女の力っていうのは、たいせつなひとを守り、強くする加護を託すことなんですね」
「問題は、聖女とその守護騎士は、一対の関係で結ばれるってことなんだけど……」
「お詳しいですね! さっすがマティルダさま」
「あなたは、わたくしを守護騎士に選んでしまったということで……」
私が説明するうちに、だんだんとエスタの顔色は青くなっていった。
「じゃあ、魔物退治をするには、マティルダさまにご一緒していただかないといけないってことに……あ"あ"っ!? すみません、マティルダさまを危険に巻き込むつもりなんて、なかったんですけど……」
べつにエスタを責めるつもりはないので、私はひとつため息をついてから、可能な限りの笑みを作って、彼女に向ける。
「取り消し、利かないでしょうから。やりましょうか、聖女と守護騎士」
「……はいっ!」
これは罰だろう。『聖扼』からこの世界を解放するだなんて大きなことをいいながら、自分で戦うつもりはなかった私への。
責任、取ればいいんでしょ。……はいはい、やりますから。
・・・・・
3ヶ月後――
200年ぶりに地上へ現れた魔物どもは、聖女エスタと守護騎士マティルダによって、出てきたはしからあっという間に駆逐された。
そりゃそうである。配置後固定のタワーディフェンスゲーに、機動自在の最強ユニットが乱入したらバランスブレイカーなんてものじゃない。
王国は盤石で、周辺国との協調体制も維持されたままだから、前提もずっとヌルゲーだったし。
ちなみにパウサニアスさまは隣国の騎士をしてました。どうやら彼は、王国が崩壊しない限り生国の騎士団に所属のままらしい。
なんだかんだで世界は救えたし、王国は滅亡しなかったし、悪役令嬢として追放される運命も免れたし、クロ×パウ成就ならずくらいの取り落としは、まあいっか。
……となりの聖女? 気にしないでいいらしいよ。私いちおう、王太子妃でもあるわけだから(生まれたばかりの王子をあやしながら)。
エスタ「やはり愛の力! 愛の力はすべてを解決しますっ!」
 




