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3-1

 ようやく起き上がることがリリーから許されて数日、私はアラン様の執務室に呼ばれていた。難しい表情を浮かべるアラン様とどこか愉快そうな表情を浮かべるキースの姿が対照的だった。


「何か、あったんですか?」


 尋ねた私にアラン様は黙ったままだ。代わりにキースが口を開いた。


「想像よりも噂が広がるスピードが速かったです」

「噂?」

「ええ。……聖女が降臨し貧困街を疫病から救ったと市民の間ではもっぱらの噂です」

「あ……」


 そりゃそうだ。あんなにも大っぴらに力を使ったのだ。バレない方がおかしい。でも、それは覚悟の上だ。あのとき、アーシャ達をたすけるためにはそれしか方法がなかった。今でもあの行動を、後悔はしていない。


「…………」

「それからもう一つ」

「え?」


 黙り込む私に、キースはおかしそうに口を開いた。


「聖女の傍らには――アラン様がいた、という話です」

「それ、は」

「ええ、たしかにアラン様はいらっしゃいました。なのでそのこと自体は問題ではございません。ただそのあとに続くのがこの国を救ったのは聖女とアラン様だ。アラン様こそ正当なる後継者だ、というものです」

「っ……」


 それは、アラン様が一番求めてなかったことだ。私のせいで私が困るのはいい。でも、私のせいでアラン様にまで迷惑をかけてしまうなんて。


「アラン様、ごめんなさい」

「ん? ああ、アイリは気にしなくていい。あれは私が決め、私が選び、私が行ったのだ」

「でも……」

「キース、もったいぶらず早く全てを話せ」

「全て? さっきので全部じゃないんですか?

「噂というのはおかしなもので、人々の興味をかき立てるようになっているようです。アラン様ではなくクリス様とともに聖女は貧困街を訪れていた。子ども達と過ごすクリス様と聖女の姿はまるで国父と国母のようだった、と」


 キースの細い目が、私を見る。その目は咎めているようにも面白がっているようにも見えた。けれどキースの言葉どちらも心当たりのある私はどこか居心地が悪くつい視線をそらしてしまう。

 そんな私の態度なんて気にとめることなくキースは話を続ける。


「今、国民はアラン様とクリス様。どちらが聖女とともにこの国を治めるべきか話題だそうです。それこそ国論を二分するような状況になっております」

「そ、そんな」

「……アイリは心配することない」

「え?」

「人の噂も時が経てば落ち着く。アイリが望むならまだしも、望まないことは強要しない、そして強要させない」

「アラン様……」


 アラン様の言葉は心強い。でも、それと同時に迷惑をかけてしまったことを申し訳なく思う。私は、もうお城から出ない方がいいのかもしれない。いつか帰るそのときまで誰にも会わず、ずっとここにいればいつしか噂も消えていく。その日を待つことしか、今の私にできることは――。


「何を考えているんだい?」

「え?」

「当ててみせようか。……これから先ずっと城から出ずに、誰とも会わず一人でいる。そうすればもう誰にも迷惑をかけない。……そんなところだろう?」

「な、なんで」

「アイリの考えていることは顔を見ればわかるよ」


 思わず両手で頬を押さえる。そんなにもわかりやすい表情をしているだろうか。

 私の行動にアラン様はくつくつと笑うと椅子に座り直した。


「アイリはアイリらしくいればいい。何かあれば私がアイリを守るから」

「ア、アラン様……?」


 いったいどうしたというのだろう。なんだかアラン様の態度が、変だ。変というかなんというか上手く言えないのだけれど、今までと違う。

 つい訝しげにアラン様を見つめてしまう。そんな私の視線に気づいたのか、アラン様は咳払いを一つしてから口を開いた。


「我慢して城にいてくれれば私は安心だよ。アイリの身が危なくなることがないのだからね。けれど、そうしたとしてアイリが辛くなるのであれば何の意味もないんだ。アイリは笑っている方がいい」

「アラン様……」

「それにね、孤児院の子ども達もアイリに会いたがっていたよ」

「ホントですか! と、いうかもう孤児院できたんですか?」


 アラン様の言葉に思わず食いつく。貧困街でのあの一件からまだ一週間と少ししか経っていない。なのにもうできたなんて。

 驚きを隠せない私に、アラン様は優しく微笑んだ。


「マラストの人たちが協力してくれたんだ。あの場所で生活していた子ども達を心配していた人は思っていた以上にたくさんいたようだ。彼らの手助けがなければこんなにも早くは完成しなかったよ」

「そっか……よかったぁ」


 孤児院ができると聞いて正直一番不安だったのが街の人の反応だった。自分のことに関係がないものに対しては『そんなことにお金をかけてどうする』という声が元の世界でも度々上がることがあった。みんな自分のこと以外には無関心で非寛容なのだ。でも、この国の人はそうではなかった。それはこれから先あの子達が大きくなり学校に行ったり職に就いたりするときにプラスとなる。


「安心したかい?」

「はい!」

「ならよかった」


 アラン様の微笑む姿を見て、きっとこの話をしたくてアラン様は私を呼んだのだとそう思った。私がアーシャ達を心配していることに気づいていたから。


「ありがとうございます」

「ん? 私は何もしていないよ」

「そんなことないです!」

「……もし、何かしたことがあるのだとしたらそれは全て君に背中を押されたんだ。したいことしなきゃいけないことできないことがある中で、全て飛び越えて駆けていく君の姿に――」

「ア、アラン様?」


 私を見つめるアラン様の瞳があまりにもまっすぐで恥ずかしくなる。その瞳に映る私は、いったいどんなふうに見えているのだろう。そして私の瞳に映るアラン様は――。


「……コホン。私は退出致しましょうか?」

「あ、いや、大丈夫だ」


 キースの咳払いにアラン様ははっと我に返ったように視線をそらす。そして何かを言おうとしたとき、執務室にノックの音が響いた。


「誰です?」


 私やアラン様に対するよりも冷たい口調でドアを開けながらキースは尋ねる。話し声から察するに侍女の誰かのようだ。少し押し問答をしたあと、キースはため息をついて私たちの方へと戻ってきた。


「どうした?」

「客人だそうです」

「客人?」

「ええ、それもアイリ様に」

「……クリスか」

「そのようです」


 私はクリス様から言われた「結婚しよう」という言葉を思い出して心臓の音が早くなるのを感じた。そうだ、私まだ返事をちゃんとしていない。


「あ、あの」

「お帰り願いましょうか? 本調子じゃないといえばクリス様といえど無理強いはできないでしょうし」

「いえ……。ちゃんと、話をします」

「ですが」

「キース。……アイリがこう言ってるんだ」

「承知致しました」


 アラン様に一礼をすると、キースは侍女の元へと向かう。きっと私が了承した旨を伝えに行くのだと思う。

 私はキースの背中に声をかけた。


「ば、しょは」

「え?」

「場所は、庭園でと伝えてもらってもいいですか?」

「わかりました」


 今度こそキースは侍女の元へ向かい、私の言葉を伝えるとキースも部屋を出て行った。

 残されたのは私とアラン様だけ。


「っ……それじゃあ」


 私も失礼します、そう続けようと思ったのに。

 え――。

 なぜか私を見るアラン様があまりにも辛そうな顔をしていて動けなくなってしまう。

 どうして、そんな顔をしているの……? そんな苦しくて仕方ないって顔をされたら都合のいい誤解をしてしまいそうになる。

 クリス様の元に行って欲しくない、と。そう想ってるんじゃないかって。

 そんなわけ、ないのに。


「アラン様……?」

「あ、いやなんでもない」


 アラン様は先程の表情がまるで嘘のように優しい笑みを浮かべると書類を一枚机の上に置いた。


「私も仕事に戻るとするよ」

「……はい」


 失礼します、と言って部屋をあとにする。心にモヤモヤを抱いたまま。

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