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2-8

 結局、私をアラン様のお城の前に送り届ける間も始終クリス様は無言だった。行きと同じように二人で馬に乗っているはずなのに、背中から感じる空気が重く冷たい。

 言い過ぎた、のかもしれない。一ヶ月やそこらしかこの国にいない私が偉そうに何を言ってるんだと苛立ったのかもしれない。それでも私は言わずにいられなかった。自分自身に重ねずにはいられなかった。


「着いたぞ」

「あ……」


 クリス様の声で顔を上げると、アラン様のお城のそばにある庭園が見えた。クリス様の手を借り馬から下りる。私の姿に気づいた誰かが知らせに行ったのか辺りが騒がしくなった。


「あの、今日はありがとうございました」


 お礼を伝えるけれどクリス様は無言だ。そうこうしている間に、お城からアラン様が走ってくるのが見えた。

 クリス様もそれに気づいたのか無言のまま馬に乗り直す。そして。


「おい」

「え?」

「お前は俺にああしろこうしろと命令したな」

「め、命令なんて」

「俺に言う前に自分にできることを探したらどうだ」

「できること?」


 思わず聞き返した私はクリス様と目が合う。その視線はまっすぐに私を見つめていた。


「人を動かそうとするならまず自分が動け」

「あっ」


 それだけ言うとクリス様は馬を走らせ去って行く。そして入れ替わるようにしてアラン様が駆けつけ、私の腕を掴んだ。


「アイリ!」

「アラン様……」

「アイリ、無事だったんだね」


 その言葉とともに私の身体はアラン様の腕の中に抱きしめられていた。突然のことに焦る私とは裏腹に、アラン様は私の身体を抱きしめたまま耳元で「よかった」と呟いた。


「心配したんだよ」

「すみません……」

「アイリが無事でよかった。クリスに連れ去られたと聞いて気が気じゃなかったんだ」


 私の身体を抱きしめる腕に込められた力で、どれだけ心配をかけてしまったかがわかる。だから私はその腕の中で「ごめんなさい」と呟いた。


「いや、アイリは悪くない。クリスが」

「違うんです。私がクリス様に頼んだから」

「アイリ?」


 アラン様は私から身体を離すと、怪訝そうにこちらを見つめた。そりゃそうだろう。連れ去られたと思って心配していたのに自分の意思で出て行った、なんて言ったらどういうことだって思うだろう。

 全部をクリス様のせいにするのは簡単だと思う。でも、こんなに心配してくれている人に、私は嘘をつきたくない。


「……私、昨日の貧困街にもう一度行きたかったんです。どうしても気になって。それでクリス様に頼みました。連れて行って欲しいって」

「どうして、クリスに」

「……仕方ないと、思いたくなかったから」

「それ、は」


 アラン様は言った。仕方がない、と。でも仕方がないなんて諦めたくなかった。諦めたくなかったのに。


「でも……やっぱり、思い上がりでした。私になんて何もできない。街に入ることも、誰か一人を助けてあげることも……私には、何も……」


 涙が溢れてくる。悔しさが、やるせなさが、涙となってこぼれ落ちる。

 私は無力だ。

 結局、あの頃と何も変わっていない。立ち向かうこともできず、ただ生きることしかできなかったあの頃と。


「アイリ……」


 何か言おうとして、アラン様は口をつぐんだ。

 そんなアラン様に、私は……。


「アラン様やクリス様ならあの子達を助けられるんじゃないですか!?」

「無理だ」


 即座に否定され、私はカッとなった。

 

「っ……どうして助けてあげないんですか! あの子達だって、この国の民でしょう!? あなたたち王族は、民のためにいるんじゃないんですか!?」

「っ……」

「助けてあげてよ……私には、何もできない……何も、できないんだから……」


 私の言葉に――アラン様が苦しそうに顔を歪めたのがわかった。


「……私にはできないんだよ」

「アラン、様……?」

「第一王子である私が動けば正統な後継者であるはずのクリスではなく私を王に、と推すものたちが出てくる。それは国を二分させることとなる。その可能性が僅かでもあるのであれば私は動けない。……いや、動かない」

「そんなの!」

「情けない、と笑ってくれてかまわない。それでも、これが私の私なりの国を守る方法なんだ。わかってくれとは言えない。だから、アイリ。君がクリスを頼ることを私は止めないよ。もしそうなったとしても私は君の身を守る。安心してくれ」


 寂しそうにアラン様は微笑む。そして。


「今日は疲れているだろう、食事は部屋に運ばせるからゆっくりお休み」

「あっ」


 それだけ言うと足早に去って行った。

 アラン様の言うこともわかる。でも、理解はできても納得はできない。したくない。でも、じゃあどうしたらいいの……。

 私はリリーに促されるまま、自分の部屋へと戻った。しばらく一人にしてほしい、そう伝えるとリリーは部屋を出て行った。

 一人になった私は、ソファーに座る。どっと疲れが押し寄せる。でも、それよりも心が重い。アラン様の寂しそうな笑顔が、苦しそうな表情が忘れられない。

 私が、あんな顔をさせたんだ……。

 自己満足で動いて、人に迷惑をかけて、心配をかけて、あげくあんな顔をさせて、私はいったい何をやってるんだろう。

 聖女だと言われて、自分にもできることがあると思い上がっていたのかもしれない。今なら、あの頃の私のような子どもを救うことができる。私が救ってあげるんだ、と。

 でも私は、私自身はあの頃から何も変わっていない。今も昔も、仕方がないで諦めるんだ。


「結局私は、何もできない」


 ……本当に? 本当に、そうなの?

 私はソファーの背もたれから身体を起こした。

 私は何をしようとした? 私がしたことって何?

 貧困街に行って、逃げて。アラン様とクリス様に頼って、それで? 私は、私自身は――。


『人を動かそうとするならまず自分が動け』


 その瞬間、クリス様に言われた言葉がよみがえった。

 そうだ、私は何もしていない。

 アラン様に、クリス様に頼るばかりで、頼ろうとするばかりで自分自身では何一つとして動いていない。

 今までもそうだ。助けてもらうことばかり考えていた。助けてもらえなければ諦めて、仕方ないと現状に留まって、そこから一歩踏み出すきっかけは全て人から与えられようとしていた。

 でも何かをしたいと思うなら、誰かを助けたいと思うなら、誰かに頼むんじゃなくて私自身が動かなきゃ。


「私に、できること」


 何があるだろう。何ができるだろう。

 考えろ、考えるんだ。

 あの子達のために私でもできることを。

 それから私は近くにあった紙にできることは何か、できないことは何かを書き連ねていった。

 食事を与えたり、住むところを与えたりすることは私にはできない。支援をしようにも私がアラン様に助けられている状況だ。それなら、掃除はどうだろう。少しでもあの地域が綺麗になればあのよどんだ空気もマシになるかもしれない。


「掃除だけ、か」


 色々考えた。でも、私が私一人の力でできることは限られていた。それでもきっとしないよりはマシだと思うから。

 アラン様は表だっては動けないと言っていた。つまり頼れるのはクリス様だけ。

 とはいえ……。


「怒らせちゃったからなぁ」


 今日のあの様子では無理かもしれない。そもそも貧困街に連れて行ってくれたのだって一つだけ願いを叶えてやるって言われたことに対する対価だもん。もう一度連れて行ってくださいと言ったところで聞いてくれるとは限らない。

 ……と、前までは諦めていたと思う。できない理由を探して。

 でも、今は。


「とにかく、会いに行くしかないよね」


 決意を込めて口に出す。そして私はドアを開け、部屋の前に立っているイヴァンにリリーを呼んでくれるように伝えた。

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