勇者と巻き込まれ少年の再会
勇者。
魔王を倒すために地球から、勇者は異世界へと召喚された。
――その時に、召喚されたのは勇者だけではなかった。
勇者ではない少年は、勇者の幼馴染といった立場の少年だった。
その少年には勇者としての力はなかった。――何の力もないのに、勇者の友人であるからという理由だけで王城に留まっている少年。
そんな少年を気に食わない者はいた。
そしてあろうことか、勇者の友人を捨ててしまったのだ。……この世界で生きていく術もないまだ十代の少年をである。
少年が捨てられた時、勇者は大変取り乱した。
勇者ではない巻き込まれた少年が捨てられたことに対して、どうでもいいと思っているものが多数だった。寧ろ少年は自分から去っていったのだと嘘を勇者に告げるものもいた。
勇者はそれを信じなかった。
良心のあるものは勇者に真実を告げた。そして謝罪を口にした。
その謝罪を勇者は受け入れたものの、自身に嘘をついたものや友人を捨てたものを許さなかった。
魔王を倒し、王国内で力を持った勇者は仲間たち以外に心を許さない――そんな存在になっていた。
ずっと勇者は友人を探していたが、中々友人は見付からなかった。
――そしてようやく見つけた友人は、勇者の心配をよそに、この世界を大変満喫していた。
それを見た勇者は思わず、
「なんだ、それずるい!! 俺もそっちがいい!!」
と叫び、
「ははは、勇者なんてものとして呼ばれたことを恨むんだな」
巻き込まれた少年は、笑って答えるのだった。
さて、巻き込まれた少年は、かわいらしい獣人のお嫁さんをもらい、この二年で子供も生まれ、自分で商会まで立ち上げ……、弟子も出来て……とそれはもう充実した人生を歩んでいたのだ。
対して勇者は……と言えば、異世界に勇者として召喚されたからと魔王退治を強要され、一緒に来た心の支えの友人は気づけば捨てられていて、魔王を倒したかと思えば勇者という地位を求めて利用しようとするものがよってくる。
勇者としての地位を確立したものの、煩わしいものが多い。
「いや、マジ、何で勇者の俺より異世界生活を充実させてんだよ!! おかしいだろ。心配していたから、こう……元気でやってんのは超嬉しいけどさ!!」
「ははは、俺は勇者とか面倒な肩書がないから超楽しいぜ。可愛い嫁さんもいるしなー」
「それだよ、それ!! なんだよ、もう子供いるとか! 捨てられたって聞いてそもそも生きてんのかとか、奴隷とかになっていたらどうしようか!! 俺超心配していたのに!! 子供がもう一歳半とか、捨てられて割とすぐに奥さんに手出したってことだろ!? どうなってんだ!!」
「どうも何も、可愛すぎてアプローチしたら上手く行ったから。この世界だと俺ぐらいの年で結婚して子供作ってるなんて当たり前だしな!!」
「いや、なんだ、それ!! 那知!! お前、もっとこう草食だっただろう? 草食系男子だっただろ? 俺と一緒で女の子に手を出せないようなヘタレ同盟だと俺は思ってたのに!!」
そんなことを叫ぶ勇者——享也はその言葉通り、勇者という立場になったものの女の子に手など出せていなかった。
もちろん、勇者という地位を求めてその寵愛を受けようとしてくる者も多くいるが、享也はそういう相手には手を出していなかった。
勇者がそう言う少女たちに手を出さなかった原因は他にもある。
享也はちらりと一緒にこの場までやってきた聖女――この国の第四王女である仲間を見る。
勇者である享也は聖女である少女に恋をしているが……仲間であり、距離が近すぎるというのもあり、中々手を出せないのだ。
だというのに……友人、那知はかわいらしい猫の獣人に手を出して、子供まで出来ているのだ。
うらやましいと思うのも当然と言えば、当然だろう。
「享也さ、積もる話もあるし、今日は泊っていけよ。……ついでにあの聖女様のことも相談乗るぞ」
「はっ」
「なんだその顔。バレバレだっつーの。俺は勇者としてのお前の噂は散々聞いていたし、ある程度は把握しているけれど、ちゃんとお前から聞きたいんだよ。どんな風に過ごしてきたか」
「……俺も那知がどう過ごしてきたか知りたい。よし、泊る」
那知が王城から捨てられてから、享也と二年ぶりに再会したのだ。
もっと感動的な再会になるだろうと予想していた享也だったが、現実はこんなものである。
そんなわけで勇者である享也は、那知の商会に泊まることになる。ちなみに一緒についてきた聖女様もである。これは那知が誘ったためであった。
「捨てられた後、どうしていたかって……。まぁ、嘆いても仕方ないし、俺には享也みたいな特別な力もないし、何が出来るか考えてたところで、俺は計算は出来るなって思ったんだよ」
「計算?」
「そうだよ。この国は……というか、この世界は文字が読めないものや計算が出来ないものも多いだろ。そういうことなら俺も仕事に出来るかなって思ったんだよ。地球はこの世界よりも教育が行き届いていたからな」
「それはそうだな……。しかしよくそんな風に前向きに出来たな。……俺はもっと那知がひどい目にあってないかって不安だった。それに俺のことも恨んでるんじゃないかって」
「は? 何で俺が享也を恨む必要があるわけ?」
「いや、だってさ。俺は勇者だからこの世界に呼ばれた。俺には役割もあった。でも那知は違うだろう。俺に巻き込まれて……、この世界に来る必要もないのに此処に連れてこられて。何の役割もないのに……家族や故郷から引き離された。それに……巻き込まれたからって捨てられて……、俺は俺のせいでこうなったって那智が俺を恨んでいるんじゃないかって……そう思ってたから」
享也はずっと不安だったのだ。
友人である那知が生きているのか。無事でいるのか。ちゃんと生活が出来ているのか。
――そして自分が那知に恨まれているのではないか。
ずっと、享也はそればかり考えていた。
自分だったらどうであるか――と考えると恨まないでいられる自信はなかったから。
そう言って下を向いた享也の頭を那知は軽くはたく。
「別に享也を恨んだりはしない。異世界に来たときはびっくりしたけど、来たものは仕方がないし。人を恨むよりももっと自分がこれからどうしたいかを考えた方が断然良いだろ。恨むのは疲れるしな。
それに此処に来た時からずっと享也は謝ってただろ。自分だって家族や故郷から離されて、勇者なんて訳わからない地位を押し付けられて、魔王退治なんて行かされることになって大変なのに。自分のことよりも、俺にごめんなってずっと言っていたじゃねぇか。お前がそうだから、俺は……享也を恨むなんてしなかったんだ。いや、出来なかった。
俺はこの世界で結婚も出来たし、子供も出来たし、全然恨みはしないさ。寧ろ嫁さんと出会えるきっかけをくれてサンキューなって感じだし」
那知は全くもって、享也に対する恨みなどはなかった。
これで享也が那知のことを邪魔者と思っていたり、自分のことしか考えていないということがあったのならば――また何か違ったかもしれない。けれど、享也は召喚されてからずっと那知のことを心配していた。
そんな友人思いな勇者はきっと、捨てられた自分が大変な目に合っていればきっと気に病むだろうと思った。
――勇者である友人のことを、那知は大切にしていた。そういう自分のことを思いやってくれる勇者が気に病まないように……何としてもこの世界で幸せを掴もうと思ったのだ。
そこまでは流石に目の前の友人には言うつもりはない那知であった。
「那知……」
「ほら、泣くな。それで、享也の方は?」
「俺か? 俺は――」
そして勇者と巻き込まれた友人は、再会し、今までの出来事を互いに語り合う。
その様子は何処までも嬉しそうで、様子見をしていた聖女様と猫の獣人も嬉しそうに笑うのであった。ちなみに女性陣は女性陣で交流を深めていた。
その後、自由に生きている友人に憧れ、勇者が「俺は勇者をやめる!! 一緒についてきてほしい!!」と聖女様に玉砕覚悟でプロポーズし、共に出奔するのだが、それはまた別の話である。
――そしてその後、巻き込まれた友人の商会の運営する店で店主をやっている勇者の姿が見られたとか、見られないとか。
――勇者と巻き込まれ少年の再会
(勇者と巻き込まれた少年は再会を果たし、互いに無事を喜びあう)
ドロドロしていたり、危険な目にあって、そこから舞い上がる物語も好きなのですが、こういう感じの物語もいいなと書いてみました。
楽しんでもらえたら嬉しいです。
勇者・享也
勇者として召喚されて、無事に魔王を倒した。
幼馴染の友人が捨てられて一時期荒れていた。聖女のおかげで大分落ち着いた。
魔王を倒して友人を見つけたら異世界を満喫していて、ほっとするやらうらやましいと思うやら。
そんなわけで友人に触発されて、勇者をやめる。
巻き込まれた友人・那知
勇者に巻き込まれて召喚され、捨てられて苦労した。
しかし友人のためにもこの世界で上手くやっていこうと思い至り、ちゃっかり猫の獣人のお嫁さんをもらい子供まで出来ていた。前向きで、行動力の化身。
これでも日本ではヘタレ系で大人しい少年だったが、異世界でやるだけやるかと吹っ切れた。
自分で商会まで立ち上げ、幸せな人。
聖女様
良心から勇者の味方をした心優しい王女様。第四王女という立場で、それなりに苦労してきた。
勇者のことが好きだったので、プロポーズされて喜んで頷いた。
王女と聖女の立場を捨てても問題なしと思っている。
猫の獣人
那知にアプローチされ、そのまま結婚までしてしまった商会で働いていた人
かわいらしい見た目。ちなみに娘も猫耳ついている。