はじまる前に終わっていた物語
少子化問題が表面化して幾久しい御時世。
なんの因果か自分には幼馴染みと呼べる少女がいた。幼稚園から高校まで同じクラスだったのだから、それはもう腐れ縁と言い直しても過言ではなかろうか。
「ねえ、知ってる? うち、な。今日、学校で告白されたんやで」
「えーと、おめでとうございます?」
「なんでやねん。っていうか疑問形なん? 仮にも彼女が他の男に口説かれたのに、その反応おかしいやろ?」
大事な話がある、と呼び出されて連れ込まれたのは地元ショッピングモールのフードコート。学校からはバスで十数分という微妙に離れた場所にあるそれは、休日になると学生や金の無いカップルがわんさか集まる場所でもある。
場違いも甚だしいというか、なぜ自分は平日の放課後という貴重な時間と交通費を失ってまで目の前にいる幼馴染みのためにバナナキャラメルアイスクリームクレープ季節の栗と芋羊羹トッピングという奇天烈な甘味を献上しなければいけないのだろう。
理不尽である。
告白したという男はどこに消えた? わざわざ平日の高校で告白したのだから、授業終了と同時に不純異性交遊と言う名の思春期二重結合から始まるレ·マン湖横断ウルトラ珈琲ライダー二人で一人の大魔道イベントをオールナイトでフィーバーしたって良いじゃないか。むしろ、白濁した青春の迸りを目の前にいるGカップに注ぎ込むのが若人の作法ではなかろうか。
「誰に告白られたの」
一応の幼馴染みとしての義理で、訊ねる。
目の前で無駄にイヤらしく生クリームのついた指先をちゅぱっていた彼女は、養殖物ではない蜂蜜色の長い髪を揺らしながら、それはもう満足そうに、でありながらあざとく小首をかしげた。周りの席がガタガタと物音を立てたのは偶然と思いたい。
「え~、知りたい? 興味ない顔してたけど内心めちゃ焦ってるん? うち、可愛いし。小学校の時みたいに、勘違いした教育実習生からガチ告白イベントとか思い出してしもた?」
実際にはガチ告白どころか拉致監禁からの未成年少年少女売春組織への売り渡しを含めた反社会的勢力の資金源になりかけた訳だが、当事者である彼女はその辺の事情を一切知らされていない。
「んふふ~、なんとイケメン部のモテ崎君や」
「陸上部の森崎君な」
「そうともいう……って知ってるやん」
知ってるよ。
校内で知らない生徒は少ないと思うよ。将来の五輪候補とか言われるほどの逸材だったのに、とある宗教に傾倒していた御両親が無理やり直営の学校に転校させようとして大騒ぎになったでしょ。
色々あって件の宗教法人は壊滅したけど、両親が割と洒落にならない罪状で刑務所送りとなった上、当人も選手生命を絶たれるほどの怪我を負った。そこで歪むことなく真っ直ぐ生きようとしている彼は、外見はもちろん魂がイケメンと認定されている。先輩後輩関係なく慕う女生徒が多く、淑女協定が結ばれている──などという真偽不明の情報も飛び交っていたほどだ。
その森崎君が、ねえ、とは思う。
正直なところ幼馴染みにはもったいないレベルのイケメンだけに、森崎君の告白劇場の話はどうやら現在進行形で全校生徒に拡散中のようだ。携帯端末SNSでは、伝説に残る玉砕っぷりを披露した森崎君が勇者認定されている。
こいつ、明日どんな顔で登校するつもりなんだろうね? 学校一のイケメンをクリスマス直前にフッた女とか、どんなゲテモノ趣味かって。やはり塩化アンモニウムを飴ちゃんにしてる国から来た奴は、味覚以外でも相容れないものなのか。
「妬いてる?」
「名は体を表す、とは思うよ」
パーヤネンすず子。
すず子は通名というか、自称でもある。親御さんは彼女にベルダンディ──北欧の女神様の名前を贈っているのだが、本人はそれを拒否してる。まあ自分もミシャクジさまとか名付けられたら成人前に家庭裁判所に駆け込むのは必至なので、気持ちは分からないわけでもない。
むしろ問題があるのは苗字の方だ。
パーヤネン。
なんでやねん。
出身が英語圏じゃないし、生まれたのも実は日本で、日本語以外喋れない。熱い風呂と芋羊羹をこよなく愛し、クリスマスには七面鳥でもトナカイでもなく鮭の塩焼きを選択する。
だからこいつはパーヤネン。
うん、自分は何故ここにいるのだろう?
「焼こうよー、寺」
「誰が第六天魔王か」
「うえへへへ」
こちらの反応を楽しんでいるのか、幸せそうにクレープをもっきゅもっきゅさせる幼馴染。そういや中学の時も頻繁に告白されていた。告白されるたびに甘味や飯を奢らされていたような気もする。
最初は確か幼稚園の頃で、その時は滅多に購入できないことで有名な【カレー屋しばた】の限定特別シュークリームを無理やり奪われたはずだ。姉と妹の分ということで三個持っていかれたが、独り占めしたと聞かされて姉妹喧嘩の仲裁のために残りのシュークリームも献上する破目になった。
……
……
そういえば、こいつ変なことを口走っていたような。
「仮にも、彼女」
「へあっ」
小さく呟いたつもりだったが、幼馴染は過剰に反応した。
しかしそんな彼女に構わず、自分は心中を吐露する。
「搾取され続けて十数年。シュークリームを奪われ、特撮ヒーロー物のDX平蜘蛛ドライバーを奪われ、DJ松永のサイン色紙を奪われ、夏休みの宿題を奪われ、お気に入りのマグカップやTシャツが次々と姿を消し、中学に進学してからは君がナイスガイ達に告白される度に甘味を奢らされること計四十八回。暴言や暴力を伴わないためハラスメントを訴えることもかなわず、君の姉妹に相談したら『十七歳まで我慢やで』としか返答が来ず、親の仕事手伝いつつ稼いだアルバイト代の七割が君の胃袋と乳袋に消えている現状。小さい頃から一緒だし嫌いに思ったことはない、見返りを求めるつもりもない。
君には幸せになってほしいし、君が結婚する時に備えて友人代表のスピーチ原稿はばっちり準備してある。商業主義に塗れた企業やマスコミは男女の間に友情なんて存在しないと言うけれど、僕と君の間には確かな友情があった。それは誰にも決して否定させない」
フードコートの他の客が距離を取り始めているが気にしない。幼馴染の顔色が悪いが、多分照明の加減の問題だろう。
「すず子、僕と君の友情は永遠だ」
「嘘発見器の料金メーターがフルスロットルで振り切れとるでー」
ジト目で睨まれてしまう。
「あのなー。友達からのクリスマスコンパを断って、イケメン君の告白も断って、幼馴染の美少女に誘われて二人っきりでスイーツ食べてる状況なんですけどー」
「それなら、たこ焼きか味噌煮込みうどん買ってくる」
「ちゃうねん。今日このシチュエーションやと幼馴染で金髪おっぱい北欧系美少女に告白して成功する確率がなんと75%もあるんや!」
むふー、と鼻息荒くテーブルをばしばしと叩く幼馴染。
え、なにこれ罰ゲーム?
命中率75%とかふざけてるの?
島田ボイスのエリート兵の前だと75%の命中率なんて失敗と同義語なんですけど?
「乗るしかないやろ、このビッグチャンスに! うちに告白するのは今や!」
「ご、ごめんなさい?」
「そのボケはうちがするやつー!」
する予定だったのか。
白い目で見ると、幼馴染は下手くそな口笛で誤魔化そうとする。
「あのなー、うちコーメイ先生が好きやろ? せやから告白されるときも三顧の礼っぽく最初の二回は断ろうと思ってて」
「おっけー、森崎君に必勝法伝えておくわ。あと二回頑張れば金髪巨乳の美少女としっぽりイケるって」
「待って、ねえ、待って。ちゃうやろ? なんでチャンスを他のイケメン君に譲渡するんや」
なんでと言われても、ねえ。
「君の姉妹に告白されて返事保留中だから」
「……は?」
「この前、十七歳の誕生日だったろ。その時に『十七歳になるまではすず子に優先交渉権与えてたけど、あの子油断しきって今の関係のままなし崩しに結婚まで持ち込みそうやねん。せやから、うちらもう遠慮するのやめることにしたんや』って迫られた」
金髪巨乳の女子大生と、
金髪巨乳の女子中学生に。
たぶん冗談だとは思う。
北欧系ジョーク。
それは本日こいつとのやりとりでほぼ確定した。三姉妹で自分をからかって楽しんでいる。すず子ほどではないけれど、姉も妹も行動パターンはよく似ている。当人たちは軽いジョークやスキンシップのつもりかもしれないが、そろそろ幼馴染だからという理由で許容するのも限界ではあった。
「……告白、受け入れるん?」
ぞっとするような声で幼馴染が迫ってくるけど、決して屈したりはしない。
ズズズ。
あれ、今日のアイスティーちょっと苦味が強いね。それに鮮やかな青だ。年末だから特別な茶葉で淹れてくれたのかな?
【登場人物紹介】
・主人公
最後まで名前が登場しなかったが容姿に関する描写も家庭環境に関する描写も存在しない。ヒロイン(三姉妹)の幼馴染として搾取(意味深)されるための半生を送っていた。カレー屋を営む遠縁の叔父に料理の腕を見込まれ、修行して店を出さないかと誘われている。定期的に下着と歯ブラシが捨てられてしまうのが悩み。
・幼馴染
パーヤネンすず子。正式名はベルダンディ・N・パーヤネン。三姉妹の次女。青いアイスティーの使い手。主人公は自分に惚れているという大前提で今まで生きていた。金髪碧眼巨乳幼馴染で怪しい方言娘と言う属性クライマックスフォームだったが、恵まれた環境に甘んじて告白をせずともゴールイン出来ると油断した結果、主人公の終生の友人と言うポジションを押し付けられそうになった。歯ブラシの使い方が粗い。本人としては幼稚園の頃から彼女であると思い込んでいた節がある。
・イケメン君
強く生きる。あと二回の告白で陥落するというマル秘情報を得たが、その前にヒロインは実力行使に出ていた。振られても相手を思いやれる性格。ヒロインへの告白→玉砕→逃走の一部始終を収録した動画は投稿サイトで200万PVを叩き出し、「アイツに告白するんだろ! 幸せになれよ! 一回くらい断られたくらいで諦めるなよッ!」というヒロインを応援する涙混じりの絶叫は学内外の評判となった。
·姉と妹
主人公の金髪碧眼巨乳幼馴染属性に対する免疫を獲得するに至った要因。本名はウルドとスクルドだが、そんなキラキラネームはイヤだとソウルネームで生活している。普通に接してくれる主人公に好意を抱いていたがぬるいラブコメ展開に飽きて略奪を表明する。が、その結末が語られる予定はない。
※作中に出てくる青いアイスティーは十七歳以上の青少年が飲むと無性にムラムラして告白したり一目惚れしたくなるまほうのどりんくなので、違法薬物や危険薬物とは一切関係ありません。