令嬢のとある冬の日
こんにちは。
冬も佳境といった今日この頃、みなさまいかがお過ごしでしょうか?
名乗りもせず、失礼しました。私は前世日本人の夏来香、現世ヒューミード男爵家のレテ。エアコンがある世界から、エアコンがない乙女ゲーム世界のヒロインに転生した、暑さ寒さに耐性がない現代っ子です。
転生にいたる経緯は、よくあるテンプレなので割愛させていただきます。
……決して、この寒い中、ながながと説明していられないから、とかそういうのではないので、誤解されませんように。
この世界は、無駄にヨーロッパ風です。そのわりに暑さ寒さは前世日本とほとんど変わらないという、まさかの地獄で、私にはとても耐えられません。そのうえ、この世界にある唯一の希望、気温調節の魔法陣はとても高価で、貧乏男爵家の私では買えません。
そのために、乙女ゲームのシナリオ通りに王子を攻略して、気温調節の魔法陣がある王宮で暮らせないか画策してみたり、……まあその、あれこれ試行錯誤してみたものの!
結局、冒険者となって氷の魔法使いのリヴィとパーティーを組み、自ら四季の魔法石を集めて気温調節の魔法陣を作成することに決めたのでした。
みなさまには年の終わりに、冬の魔法石を取りに行くところまでご報告しておりましたね。
今日は冬の貴重な晴れ間、私とリヴィは最北端の村から王都に向かって移動中です。
いくら晴れているとはいえ、背丈以上に積もった雪で、本来なら移動も困難なのですが……でも、大丈夫。リヴィが【氷壁】で雪上に道を作ったので歩くことができます。たとえ転んでも、私が回復するので怪我の心配もありません。
「これで秋と冬の魔法石が揃ったわね」
私は冬の魔法石をかざしてみました。酷寒を耐え抜いて入手した冬の魔法石です。新年の初日を、リヴィと猛吹雪の山中で過ごすという犠牲こそ払いましたが、その甲斐はありました。
中で雪の結晶が舞っているような、透きとおるように白く輝く冬の魔法石は、まるで冬を閉じこめたような美しさです。
「きれい……」
「落とすなよ。次は春の魔法石だからな」
この美しさにも無感動なリヴィは、情緒に欠けていると思います。冒険者としては優秀なのかもしれないけど、まったく残念な男です。
「わかってるわよ。たしかフルールから採れるって書いてあったけど……」
雪山でのビバーク中、あまりにもやることがなくて、私はリヴィに参考書を借りたのです。あちこちにメモが書かれていて、よく使い込まれた本でした。『魔法陣と魔法石』というその本には、気温調節の魔法陣についても載っていました。
それによると、春の魔法石はフルールから採れるということなのですが……
「ちゃんと読んだんだな」
リヴィが驚いた表情になります。
「失礼な。気温調節の魔法陣のところだけは、ちゃんと読みました」
「だよな」
なんで安心したような表情になるんですかね。
私だって本は読みます。むしろ読書は好きなほうです。主に恋愛小説や冒険小説中心で、勉強の本は苦手という制約はありますけど。
「春の魔法石は、フルールの中でも、一番美しく咲くベルフルールから採れるが……」
「って言われてもね?国で一番なの?それとも、街で一番?」
参考書には、そこまで詳しく書かれていませんでした。
「だいたい美しさなんて、どうやって計るの?」
フルールとは木に咲く、きれいな薄紅色の春の花です。
つまり、前世でいうところの桜です。ヨーロッパ風のこの世界でつっこみたい気持ちでいっぱいになりますが、とにかく、きわめて桜に酷似した花です。王都でもたくさん咲いていました。
「私、王都に住んでたけど、フルールから春の魔法石が採れるなんて、知らなかったし」
私が知らなかっただけで、毎年熾烈な争いが起こっていたんでしょうか?
「きみが不勉強なだけだろう」
リヴィにばっさり言い捨てられます。まったく気遣いのない男です。
「俺は一度だけ、ベルフルール採集決戦に参加したことがある」
「最終……採集決戦?王都で?」
「ああ、王立フルリール庭園で。魔力が集まる王立庭園のフルールが、国で一番に咲くからな」
「えー……」
魔力で桜が開花が早くなるとか、ふだん忘れがちだけど、さすが乙女ゲームの世界です。
桜前線だとか、開花予報だとか、存在する余地がありません。
「一番に咲いたフルールが、ベルフルールなの?」
「そう言われている」
「もしかして、私が頑張ったら採れる?」
おもに、【光の結界】で囲いこんで魔力のゴリ押しという意味で。
「秋の魔法石のときといい、きみは力押し大好きだな。見た目詐欺だ」
「結果のためには、手段を選ばないだけですがなにか?」
リヴィの呆れたような視線は、気にしたら負けです。
「……でも今回は力押しでは難しいと思うぞ」
リヴィの表情は芳しくありません。
「公然の秘密ってやつだが、王族の伝承によれば、フルールの中でも、とくにベルフルールを身につけた花嫁は幸せになれる、らしい。だから競争率も並大抵じゃない」
「?! そういえば、恋愛小説に出てきた気がする……」
ベルフルールとは書かれていませんでしたが、結婚式でフルールの花冠を戴く王女の話を読んだ覚えがあります。
「王族の血が入ってるような名門貴族で、娘を結婚させる予定がある家は、ほとんどがベルフルールを狙ってくるはずだ」
「ぅゎー」
知りませんでした。
王族の血が一滴も混じっていない貧乏男爵家の私では、強欲な老富豪でもなければ嫁ぎ先のあてもないし、縁もない話でした。
「嫌がらせや妨害なんてのはかわいいもので、流血沙汰はもちろん、フルールの下にはそれで死んだ人間が埋められたとかなんとか」
桜の下に死体とか、そこは前世と一致しなくてもいいのに……想像以上に激戦のようです。
「それにたしか次の春は……第二王子殿下だったか?そろそろ結婚する年齢だっただろう」
「あー」
これは、気温調節の魔法陣のために攻略しようとがんばったわりに途中で挫折した、例の王子のことですね。
「たぶん、学園に通っていたレテのほうが詳しいと思うが、王子殿下とその側近も参戦するだろうから、例年以上の戦いになるだろうな。確実に血を見る」
これは春が来る前からため息が出そうです。一度は近づいた王子にもまた会うと思うと、余計に気が重くなります。気合を入れなければ。
「第二王子殿下の婚約者は……プランタン侯爵家の令嬢だったか?そっちの対処も考えなきゃならないが、レテ、きみは王子殿下の側近に誰がいたか覚えてるか?」
「えっと、近衛騎士団長の二番目の御子息と、前の宰相の御子息と、侯爵令嬢の義弟様」
乙女ゲームの攻略対象にふさわしい、そうそうたる布陣です。
「近衛騎士団長の子がいるのか。苦労しそうだ」
「そうね、厄介よ」
心から同意しました。
「【魔法無効】の能力持ちだし」
そう、騎士団長子息は、魔法無効の能力を持っているのです。唯一、私の【光の結界】を破る能力がある彼は、戦闘においてもっとも相性の悪い相手です。乙女ゲームのシナリオ上では、たしか魔法実技の模擬戦闘で『肉を斬らせて骨を断つ』形式ではじめに一度勝利すると、ルートに入ったように記憶しています。
ですが、私は暑さに耐えられず、気温調節の魔法陣を求めて第二王子に近づいた男爵令嬢。暑苦しい騎士団長子息ルートは、最初から考慮外。当然、『肉を斬らせて骨を断つ』なんて痛そうなことは避けて通りました。
「私、騎士団長子息には模擬戦闘で一度も勝ったことない……」
「戦闘にも相性があるからな。俺自身、対人戦闘はしばらくやってないが……まだ春まで時間はある。何か対策は考えてみるさ」
見通しが立たないことをあえて軽く言うリヴィに、私は提案しました。
「……私に一つ考えがある」
シナリオでは、騎士団長子息には悩みがあったはずです。強い父と兄を見て育ち、弱音も苦悩もひたすら隠して誰にも話せない彼に寄り添うヒロイン、という図式でした。誰にも言えない悩み=彼の弱み、それはつまり一対一の戦闘において弱点となりうるのではないでしょうか?
騎士団長子息には悪いと思いつつ、でも、気温調節の魔法陣のために私は遠慮も容赦もしません。
私はリヴィに、騎士団長子息の情報をいっさいがっさい喋りました。いったいどこでそんな情報を、とリヴィはつぶやきましたが、何か得るものはあったようです。
「勝機は十分ありそうだ。団長本人だったら手も足も出ないところだったが」
「その近衛騎士団長って人も、王族の味方して採集決戦に出てきたり……?」
近衛騎士団は王族の護衛が任務ですが、もし騎士団長に参戦されたら、春の魔法石を採るのは難しくなるでしょう。
「いや、それはない。採集決戦のとき、近衛騎士は公平を期して庭園警備任務につくきまりだ」
「詳しいね?」
「これでも近衛騎士だったからな!?強制参加で、庭園警備任務についたこともある」
「元騎士様だったね、そういえば」
姿形も言動も、騎士のかけらもないので忘れがちですが。
「どうせ騎士崩れだよ。…………」
なげやりに肩をすくめたリヴィでしたが、何かを考えこむような表情になり、ややあってから珍しく長い話を始めました。
どこまで行っても雪景色の中、会話でもしていなければ精神的にきついので、私はどんな話も大歓迎でしたが……聞かされたのはリヴィの生い立ちでした。
リヴィは町役人の父と、腕の良い防具鍛冶の母の間に生まれたこと。しかし、幼い頃に両親を亡くして、母の兄である伯父に引き取られたこと。
伯父は元々冒険者だったけれど、リヴィを育てるために防具鍛冶を継いだこと。ところが、伯父は壊滅的に不器用で、客はあっという間に離れ、結構な借財を負ったこと。
そのために、リヴィは国で一番の給金と言われる近衛騎士を目指したこと。騎士選抜闘技会で上位に食い込み、奨励金をもぎ取ったこと。リヴィが騎士見習いになると同時に、伯父は冒険者に戻り、二人で返済生活に突入したこと。
見習いから昇格して近衛騎士となり一年、完済まであとわずかというところで、貞操の危機を感じて除隊したこと。
そして、冒険者となり、色々な冒険者とパーティーを組んだり解消したりして今、ということでした。
「ねぇ、私、冒険者同士はお互い過去を詮索しないものって聞いてるんだけど……今、リヴィの過去、思いっきり聞いちゃったんだけど……?」
「そうだな」
ニタァという表現が似合う笑顔のリヴィに、嫌な予感がしました。
「そういうことだから、きみの過去も話してもらおうか」
「!」
これはあれですね、前世でいうところのあくどい営業マンなんかが使うような、なんだっけ……そうそう、悪意の返報性を利用した手口!
「きみは騎士団長子息のことといい、とても人が知りようがないようなことを知っているときがあるな。それに、ときどき謎の単語や概念を使うだろう。『ゾンビアタック』とか。どこから知り得てくるのか不思議でね。さぁキリキリ吐いてくれ」
ものすごく良い笑顔で言われました。元騎士とは思えません、この性格。
「勝手に聞かせたくせに横暴!」
「でも聞いただろ?」
「ぅぐ」
結局、次の村までの長い道のりの間、リヴィの追及をかわすこともできずに、私は乙女ゲームのことや前世のこと、洗いざらいすべて話してしまったのでした。リヴィが信じたかどうかはわかりませんが。
短い冬の日が傾いてきた頃、ようやく今日泊まる村が見えて、私がほっとしたのは内緒です。
不毛な会話のせいで、春の魔法石を採るための作戦は決まりませんでしたが、王立庭園に殴りこむまでにはまだ時間があります。
次のご挨拶のときには、きっと良いご報告ができるよう、がんばりますね。
まだまだ寒い日が続きますが、どうぞみなさまには風邪など召されませんよう、お元気でお過ごしくださいませ!
お読みいただきありがとうございました。
読者の方々へ、寒中お見舞い申し上げます。
まもなく立春ではありますが、まだ冬真っ只中感全開だと思うのは私だけでしょうか……