また嵌められた
絶対に、絶対に、二度と男に迫って尻尾を掴まれることはしない。
そう決意しながらナディルと共に扉をくぐる。
扉の先は、今までの夜会が子供遊びに思えるほど優雅な世界だった。
借金男爵の娘が参加できる夜会などたかが知れていたってことだ。
少し自嘲したくなったけれど、さりげなくナディルに足を踏まれたから耐えた。というか、仮にも令嬢の足をわざと踏むってどういうこと!?
思わずエスコートしている男の顔を確認すると、さっき私を無理やりパートナーにした腹黒男とは思えない微笑みを携えていた。
そうだった。こいつ、仕事ができる男だった!
悔しい気持ちになっていると、腰に回されている手で脇腹をつねられた。しっかりやれってことか!? しっかりやれってことだな!
強張りそうな顔をなんとか緩め、精一杯の笑みを浮かべる。
どうやら及第点だったらしい。抓る指が離された。
ゆっくり進むと人々が寄ってきた。なんといっても今日の主催側の人間だ。挨拶をする必要がある。
「ご招待ありがとうございます、ナディル様」
「今日も見目麗しいお姿ですこと……」
「私のことを覚えていらして?」
次々くる招待客に、ナディルは慣れた様子で相手をする。さすが大貴族様。そろそろ頬がぴくぴくしそうな私とは大違いだ。
独身貴族も続々挨拶に伺ってくる。ああ、なんともったいないこと。私一人のときはこんなにこないのに!
いい夜会に集まる、有力そうな独身貴族達。それに声をかけることもできないなんてなんたること。私は微笑みながら、心で涙を流した。
「ところで、そちらの方は?」
きた!
私はピクリと肩を震わせる。ナディルは目で自己紹介しろと催促してきた。
「お初にお目にかかります。ラリクエル男爵が娘、ブリアナと申します」
今回はフラットな夜会と聞いていたため、軽い礼を取って挨拶した。すぐ目の前にいた伯爵と名乗った男性が、ナディルに話しかけた。
「これはこれは。こんな綺麗な女性をどこで見つけたのですか?」
「妹の紹介ですよ」
「ほう! あの王太子妃殿下の!」
伯爵は感嘆の声を上げた。その声で、彼の王太子妃像と私の知っている王太子妃とは大きな乖離があることがよくわかった。
「では、父に挨拶に行きますので」
ナディルはそつのない仕草で私をエスコートしながら輪の中から抜けた。
「……父?」
疑問に思った単語を私は口にした。ナディルは先ほどまで見せなかった嫌味な笑みを浮かべる。
「今日は父と母が主催だ。もちろん、挨拶をするのは道理だろう」
確かにわざわざこの場にいるらしい父母を無視する必要はないが、嫌な予感がした私は、ナディルから距離を取れないかと身を捩るも、逞しい腕に支えられ、それもできない。
ぐいぐいとナディルの父と母がいるであろう場所に追いやられる体に恐怖を感じる。出会いたくない。
しかしそんな思いはもちろん叶わず、ナディルの親とは思えない人の良さそうなご夫妻の前に行きついた。
あまりに似ていない雰囲気に、隠し子なのかとナディルを見れば、静かに睨まれた。
「ナディル、久しぶりですね」
母親らしい人物が穏やかな口調でナディルに話かける。
「母上、お変わりないようでなによりです」
にこりと爽やかに笑うナディル。親の前でも猫被ってるの? いい子ちゃんしてるの?
思っていることが伝わってしまったようで足を踏まれた。レディの足を踏むな!
「お前に追い出されてから中々会えなかったが……うぅ……レティ……」
父親は泣いた。どうやら親に猫被ってる説は違ったらしい。他人が周りにいるから面の皮厚くしているだけのようだ。
「レティシアは結婚して幸せにしていますよ」
「うぅ……私は手元に置いて可愛がる予定だったんだぁ……」
さめざめ泣く父親は、見た目だけならナディルに似ているが、繕う雰囲気が違いすぎて全然親子に見えない。
父親のセリフから考えるに、妹を王族と結婚させるために、親まで排除していたようだ。本当に性格悪い。
泣く父親とナディルを見ながら、父親に同情していると、こちらに気付いた母親が首を傾げた。
「こちらの綺麗なお嬢様は?」
お世辞であろうと綺麗と言われて悪い気はしない。わたしはにこりと笑い、礼をする。
「ラリクエル男爵が娘、ブリアナと申します。本日はご子息のパートナーとして参りました。よろしくお願いいたします」
今日の夜会のパートナー以外何でもないですよ、という意味を込めて言うと、言葉を汲み取ってくれた様子のナディルの母は、二コリと笑った。
「私はナディルの母シェリーです。ほら、あなた、夜会で泣くなんて恥ずかしいことしないで」
「ううぅ……カーティスです……よろしく……」
シェリーさんに促され、泣きながらカーティスさんも挨拶をしてくれた。
これで一仕事終えたとほっと息を吐くと、ナディルがとてもいい笑顔で爆弾を落としてくれた。
「俺の婚約者です」
ぽかんと間抜けに口を開ける私。あら、と困ったように微笑むシェリーさん。なぜかさらに泣いたカーティスさん。
空気を切ったのは、その誰でもない、夜会に参加しながら、こちらの動向を伺っていた誰かの黄色い叫び声だった。




