押しの一手
「何なのよあいつ!」
ドレスを脱ぎ捨て、ベッドに飛び込む。
レティシアは無事王太子殿下が捕獲したらしい。今は王城にいる。
しかしながら、今私の頭を占めるのは、あのお転婆娘ではなく、その兄だ。
「人の足を舐めるように見ておいてあの言い草……!」
人に胸ばかり見られている私だが、実は隠れ自慢は足である。深窓のご令嬢のような、ほっそり折れそうな足ではないが、労働で程よく付いた筋肉のおかげで、引き締まった脚線美だ。
「しかも貧相な体って!」
むしろ豊満すぎる体で自分でも持て余しているというのに!
「許すまじ……」
恨み言を呟きながら枕に顔を押し当てる。
だがしかし、最後の言い草はあれだが、あの時のあの行動。
「あれは脈ありなのでは……?」
少なくとも気に入っていない女のドレスを捲らないだろう。
「よぉし! 玉の輿よー!」
「ブリアナ、お風呂入る?」
「入ります!」
部屋で一人燃えている娘を気にせず、おっとりと訊ねてきた義母に答える。
お風呂入って自分をピカピカに磨いて、押して押して押しまくってやる!
幸い、王太子殿下たってのお願いで、レティシアの話相手をすることになった。王城に閉じ込めていると気分が滅入るだろうからという計らいだ。そのレティシアへの優しさを私にも分けてほしかった。
「為せば成る! 突き進むのみ!」
「ブリアナお風呂……」
決意を胸にしている私に、義母は困り顔で立ち尽くすのだった。
◇◇◇
有難いことに会う機会はすぐに訪れた。
「ナディル様ぁ!」
王城に訪れたところに、たまたま見つけたナディルに向かって猫なで声を出しながら近寄っていくと、あからさまに嫌な顔をされた。
「奇遇ですねぇ」
「レティシアに会うんだろう? さっさと行け」
「いやんツレないところも素敵ぃー!」
「…………」
無言で化け物を見るような目をされた。おいこら失礼だろうが。
だがそんなことでへこたれる私ではない。こっちは精神面の強さだけは誰にも負けない自信があるんだ。精神頑丈じゃないと、義父がとんでもない額の借金した時点でショック死してる。
「ナディル様は王太子殿下に会いに来たんですかぁ?」
「ちっ」
用件を訊いただけで舌打ちされた。
そのまま何も答えずスタスタ歩き出すので慌てて追いかける。
「ナ、ナディル様ぁー! 待ってくださいよぅ!」
背に向かって声をかけると足が止まった。
「お前……その話し方やめろ」
「あ、すみません」
大真面目なトーンで言われて背筋を伸ばす。間延びした声も思わず引っ込んだ。どうやら私の話し方はお気に召さなかった様子だ。
「お前はそんな話し方をしなかったはずだ」
まあこれ媚び用に作ってるキャラだからね。意識しなかったらしないよねこんな話し方。
「いいか?」
ずいっ、とナディルが私に近寄って肩を掴んで私の顔を覗き込んだ。こいつ私のことすぐ掴みすぎじゃない?
「昔のお前は、そんな話し方をしなかった。わかったな?」
「は、はい……」
昔って、そんな表現使うほど私とあなた旧知の仲じゃないんだけど。
疑問が浮かびながらも頷いた私に満足したように、ナディルは去って行った。
アプローチ、大失敗。