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逃がさない



 仲はよくなさそうだが、さすが実の兄。妹の行動をよく読めている。

 ナディルの言った通り、逃げようとしているレティシアは、二階の窓から飛び降りた。すごい。普通二階からなんて怖くて飛ばない。

 見事な着地に惚れ惚れするが、さすがに衝撃が来たのだろう。足を押さえて少し呻いていたが、すぐに回復して落ちたカバンを拾い、駆け出そうとした。


「いや逃がさないわよ」


 走ろうとするレティシアの服の裾を踏んづけると、レティシアはよろけて顔面から地面に衝突した。痛そうだが足を引くわけにはいかない。


「あんたが逃げたら私がお妃教育から逃げられないじゃない」


 私を認識したレティシアは、必死に裾を抜こうと頑張っている。


「昼間は大変だねって共感してくれてたじゃない!」

「共感はするけど逃がしてあげることはできないの」

「ひどい! ほんの少しだけ仲良くできるかと思ったり思わなかったりしたのに!」

「それ思ってないってことじゃないの!」


 何度も逃げようと挑戦しているが、裾は抜けない。元庶民の脚力舐めないでもらいたいわ!


「あんたが戻ったら妃教育はなしにしてくれるって話なのよ。絶対逃がさないわよ」


 実際逃がしたらこいつの兄が何を言い出すかわかったもんじゃない。


「まあまあ見逃して」

「それで誰が見逃すか!」

「私の身代わりになれば晴れて国母! やったね!」

「もうそれは諦めたって言ってんでしょ!」


 おだてて逃げる戦法に変えたようだが、そんなのに引っ掛かるわけがない。肝心の王太子殿下はあんた以外興味ないって言ってるんだから今言ってる内容まったく意味ないから。


「レティシア、夜中にうるさいよ」


 ようやく出てきたナディルはイラっとした様子を隠していない。もしかしてこいつできたら私一人に押し付ける予定で自分は熟睡しようとしていたのか? 今まで寝てましたって顔してるんじゃないわよ!


「兄様、このブリっ子どうにかして!」

「ブリアナだってば!」


 兄に目を向けたレティシアは、まったく目を合わせない兄を見て早々に諦め、私に矛先を戻した。


「私を逃がしてくれたら兄様と結婚させてあげる!」


 その言葉に私は固まった。


「何ですって?」


 ちらり、とレティシアを見た。


「公爵家嫡男、二十二歳、頭脳優秀、運動神経ばっちり、高身長のなかなかの美丈夫。将来は約束されていると言っても過言ではない! どう?」

「乗った!」


 私は踏んでいた足を離した。


「ありがとう、あなた達のことは忘れない。兄様、ラブラブで過ごすのですよ」

「お、おい、レティシア」

「自由よー!」


 レティシアは大声で叫びながら軽快な走りで去って行った。ナディルは予想外だったらしく、にじりよる私に恐怖の顔を浮かべている。


「おい、落ち着け!」

「落ち着いているわよ! もう、婚約者がいないなら早く言ってよ! あなた、年齢も私に釣り合うし、見てくれだけはいいし、公爵家の跡取りだし、性格だけは悪いけどそれは我慢するとして、条件だけで見たらすごくいいじゃないの!」


 これなら義父母も納得してくれるだろう。金持ち肥満中年の後妻よりは何倍もマシである。


「上流貴族は婚約者がいるものと考えていたし、性格の悪さから除外していたけど、いないなら話は別よね!」

「さりげなさを装ってコケにするな!」


 ちっ、性格悪いと二回も言ったのバレたか。

 でも性格悪いのは事実だから訂正しない。私はじりじりとナディルに寄っていき抱きつき押し倒した。


「おい、冗談じゃすまないんだぞ!」

「冗談なわけないでしょう? 責任取ってもらうならこれしか手はない!」

「お前まさか……」


 さわさわと胸元を撫でまわす私に、ナディルが青ざめるが、気にしてなどいられない。気にしたら負けだ。


「既成事実を作るのみ!」

「よせよせよせ!」


 いざ! とズボンを脱がそうとするが、相手も当然抵抗する。ぐいぐいお互い引っ張るせいで、ズボンを押さえているベルトが嫌な音を立てる。ベルトが壊れたらこちらのものだとばかりに引っ張るも、向こうも諦めはしない。

 はあはあとお互いの荒い息だけが響く中、上に伸し掛かっている私を、ナディルが足で退けようと動いた。ズボンに集中していた私はあっけなく足で払われ、後ろに転がった。


「痛ぁーい! 女投げ飛ばすなんてなんてやつなの!」

「うるさい! 男を襲うなんてなんてや……つ……?」


 怒る私に対してナディルも怒鳴ろうとしたようだが、言葉尻をしぼめだし、私は怪訝に思い、彼に目を向けた。

 じっとこちらを見ている。どこをと言うと、私のドレスの大きく捲れた部分を。


「きゃー!」


 ここまでしといて今更だと思われるだろうが、私にだって恥じらいはある。私が言っていた既成事実も、実際に行うのではなく、多少服を乱れさせて、おそらく手配されているだろう、ナディルの部下か、王太子の部下かに発見させて言い逃れさせないようにしようとしただけである。

 なので、実際興味を持たれても、大変困る。


「ちょっと、見ないでよ!」


 慌てて裾を直そうとする私の手をナディルが止める。背筋が冷えた。


「ちょっ、ちょっと……冗談よね……?」


 引き攣る笑みで言うも、ナディルの手は私のドレスにかかる。


「きゃー! いやー! そういうのは結婚するまでだめー!」

「くっ、大人しくしろ!」


 貞操の危機と思い、全力で暴れて叫ぶ私をナディルはひょいと抑え込む。男と女の力の差を痛感させられた。


「ま、まって……本当に……」


 これはもうだめかも……。

 涙目で少し諦めたとき、ナディルが裾を捲る。終わった……と脱力するも、ナディルはそこから手を動かさない。

 あれ? 様子がおかしい……?

 おそるおそる彼を見ると、私の足を見て、何か思案している。辛うじて肝心な部分は捲れてない。何? 足フェチ? 足フェチなの?


「あのぉ……」


 私が声をかけると、はっとしたように私から仰け反った。私はその隙に裾を直す。


「あの……」

「そんな貧相な体で食指が動くと思うな!」


 ナディルはこちらを見ないでそう言うと、足早に私を置いて立ち去った。


「は、はあ!?」


 一人取り残された私は疑問の声を上げる他なかった。



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