逃げた婚約者に会いに行く
言われた通りに、私は王太子殿下の婚約者に会いに行く。
「いいか、絶対捕獲するんだ」
「捕獲って野性動物じゃあるまいし」
「いや、野性に近い」
野性に近い公爵令嬢ってどういうことなの……。
「レティシアにはクラーク殿下が会いに行って話をしているはずだ。そして今日俺が会いに行く。そのことから危機感を募らせたレティシアは絶対に逃げる。絶対だ」
「何なの、その確信は……」
「素直についてこいと言って、ついてくる奴じゃない。ならわざと逃げるようにして捕まえる」
実の妹を捕まえる方法とは思えない。
「あなたたち、本当に兄妹よね? 血繋がってるわよね?」
「正真正銘、親を同じくする兄妹だ」
「妹の意思を尊重しようとかはないわけ?」
「貴族に政略結婚は当たり前だと思うが?」
残念ながら私は、その当たり前の感覚なしに育てられたから、わからないわ……。
私は義父母に感謝した。金のために子供を売る親じゃなくてよかった! 権力のために妹を売る兄もいなくてよかった!
「失礼なことを考えているだろう」
見透かされて冷や汗をかきながら、苦笑いした。
「とにかく、妹が逃げないように協力したらいいのね。わかったわかった」
「二回続けて言うな」
何でこの年でこんな男にお母さんみたいな注意をされなければいけないのだろう。
イラっとする私の気持ちなど考慮しない男は、自分の別宅の扉を叩いた。すぐに侍女らしい女性が出てきて、中に入れられる。
「元気にしてるか?」
「兄様! 婚約継続してるって何!?」
一応形式上の挨拶を述べてから王太子殿下の婚約者――レティシアと話をしようとした様子のナディルに構わず早々に詰め寄った。
それもそうだろう。婚約破棄できたと喜んだのも束の間、すぐに王太子殿下が追ってきて、婚約破棄しないと宣言するなど想像していなかったのだろう。
顔を青くしながらナディルと会話をする彼女は、結婚式の準備をしていると言われ、耐えきれないように悲鳴を上げた。その後も青くなりながら何とかならないかと縋っている。
ところで、私ずっとここにいるんだけど、ご存知?
「ちょっと……私のこと無視するのいい加減やめなさいよ……」
いつまでも続きそうな兄妹喧嘩を止めるように低い声を出すと、今気づいたとばかりにレティシアは目を見開いた。
「ああ、忘れてた。レティシアに会いたいというから連れて来たんだった」
「普通忘れる!?」
飄々と言う男に噛みつくように言うが、堪えた様子はない。あなたがしっかり紹介してればいいだけの話なのに!
「ブリ……ブリ……ブリっ子さん!」
「ブリアナよ!」
名前を思い出そうとしたけど諦めたのか、自らが付けたあだ名で呼ばれ、訂正する。ブリっ子って何よ! どんなセンスしてたらそんなあだ名、人に付けれるのよ!
レティシアは不思議そうに首を傾げた。
「ブリっ子さん。今日はブリブリ成分ないの」
「ブリアナよ!」
「ブリっ子やめたの?」
「もうやめたわよ!」
前会ったときと雰囲気が違う私に違和感があるのだろう。なぜか目で訊ねてくる彼女に答えてあげた。
「王子の方から近寄ってきたからいけるのかなと思ったら王子はあんたにべた惚れじゃない。私ただの当て馬よ。ふざけんじゃないわよ!」
私は拳を握りしめた。
「しかも、騒動を起こしたお仕置きってことでなぜか私お妃教育受けてるんだけど! 意味わからないしあれ本当にきついし何あれ! あくびとか日常的にしたら怒られるって何!? あくびぐらい人間するだろうが!」
「するわよね」
「あんたならわかってくれると思ってた!」
うんうん頷く彼女の手を握る。そうよね、あなたあれから逃げようとしたのだもの、気持ちわかってくれるわよね!
ここしばらく罵倒ばかりされていので、ただ同意されただけなのに、心に沁みた。
「あんたすごいわ。あれに十年耐えたの? 私無理。半月でギブアップ」
「あきらめずもうひと頑張り!」
「無理!」
「頑張れば王妃になれるかも!」
「絶対なれないから! だって王子があんた以外と結婚するなら絶対子供作らないって宣言しちゃってるもの」
レティシアも何とか逃げたいのだろう。必死に言い募ってくるが、私の言葉を聞いて固まった。
「殿下はお前以外と結婚する気はないらしい。諦めるんだな」
「いやああああああ!」
彼女の叫びが木霊した。