家出【ナディル視点】
ナディル視点の話です。
「父上!」
書類を片手に父の執務室に入ると、父は書類ではなく本を片手にのほほんとしていた。
「何だい? 慌ただしいねナディル。どうしたんだ?」
「これです!」
手に持っていた書類を父の机に叩きつける。それを手に取り読んだ父は首を傾げた。
「どこかおかしい?」
「おかしいとかのレベルではない! なぜ気付かない!」
父の手に持った書類を取り上げた。
「この、金額! ありえないでしょう! 桁が違う! なぜ気付かないのです!?」
「え、えー? そうかな?」
うーんと父は再び書類を見る。
「私は難しいこと苦手だから、全部部下に任せてるんだよね」
「だからいけないんです!」
書類を再び父の手から奪い取っておかしい数字を指さす。
「いいですか? これはこんなに必要ありません。絶対余ります。そのお金はどこに消えたと思います?」
「うーん、どっかに余って置いている?」
「この書類を作った部下が余りをもらっているんです!」
え!? と驚愕の顔をしている父の顔を殴りつけてやりたい。
「父上が確認しないですぐサインするからこういう不正が出てくるんです! この部下は憲兵に引き渡しました。いいですか? 父上、もっとしっかりしてください!」
父に詰め寄ると父が引き攣った顔をする。
「そんな……引き渡すなんて可哀想じゃないか」
「あなたが気にすることはそこではない!」
手で殴るのは我慢して書類を顔面に押し付けてやる。
「不正したら罰せられるのは当たり前です! 横領罪ですからね! 犯罪者を可哀想なんて思っているんじゃない!」
「で、でもぉ……」
父が眉尻を下げる。
「彼、小さいお子さんいたし、甘くみてもいいんじゃ……」
俺の表情に気付いて言葉を止めたがもう遅い。
今日一番の声で怒鳴りつけた。
◇◇◇
くそ! くそ! くそ!
俺は怒りながら屋敷を飛び出した。
「なぜ俺の親はあんなに馬鹿なんだ!?」
おかげでしなくてもいい苦労をする。まだ十歳だというのに、我が家は俺の肩にかかっている。
父は一人息子でとても可愛がられて育てられた。ただニコリとしたら褒め、そこにいるだけでみんなが喜ぶ。おかげで人がいいだけのボンクラに成長した。
母も、嫁いで子供を産み、常に夫に付き従うようにと教えらえられて育てられた元深窓のご令嬢だ。仕事は何もできない。
祖父がいたころはよかった。祖父は子育てには失敗したが、仕事はできる人だったから。
「祖父から俺が色々教わってなかったらとっくにうちは終わっているというのに!」
なのに!
「言うことにかいて、俺が怖いだと!?」
怖いと言いながら息子に泣く父親がどこにいる! うちにいるよ!
「やってられるか!」
むしゃくしゃしたまま馬車に飛び乗り、特に目的地も決めていないので、見慣れない景色を見る。
外は俺の荒んだ心とは裏腹に、とてもいい天気だ。
ふと、子供の楽し気な声が聞こえた。チラリと見ると、寂れた孤児院が見える。
「とめろ」
「え?」
「馬車をここでとめろと言った」
「は、はい!」
御者は大慌てで馬をとめる。俺は馬車から降りた。
「俺が戻るまでここで待っていろ」
「は、はい」
俺は孤児院に歩いて行った。




