彼は夢見る王子様
「一目見ただけでわかっただとか、そういうの期待していたのに……」
ショックでベッドの上で蹲る私を、ナディルは撫でている。
「そんな非現実なことあるか。そんな都合よくいくなら世の中全てハッピーエンドだ」
撫でる手は優しいのにかける言葉は優しくない。
「そうだけど、女の子は夢を見るものなの!」
「女は面倒くさいな」
「あんたがダメなところはそういうところよ」
そうか、と言いながらナディルはまだ私を撫でている。話すことはダメなところばっかりだけどナディルのこういうところは評価してあげてもいいと思っている。
「ところで、夢見る女なお前に朗報だ」
「ろうほう……?」
「俺は王子に近い存在になったぞ」
胸を張りながら言うナディルに、私は、はあ、と気の抜けた返事をした。しかしそれが気に入らなかったらしい。ナディルはもう一度言った。
「俺は王子に近い存在になったぞ」
「そ、そうね?」
「残念ながら、我が国の王族は世襲制だ。王家を乗っ取ってやるという手もないにはなかったが、失敗のリスクがでかいし、民の不満がない今、それをすればこちらに跳ね返るおそれがある」
なんか物騒なことを言い始めた。
今は民から王族の不満はあまり出てきていない。その状況で乗っ取ったら、確かに国民から不評を買うだろう。
というか、国民不満が高まっていたら乗っ取ってたの? 国王になる気だったの?
恐ろしい男だと震えあがる私を、ナディルは変わらず撫でている。
「なので、手っ取り早く、王家に連なる存在になることにした。レティシアに子供ができればそれは次期国王で、俺は伯父になる」
「そ、そうね?」
王家の次に権威があると言っても過言ではないだろう。
しかし、なぜナディルはそんなに王子にこだわる?
不思議に思い考えはじめて、あることにたどり着いた。いや、でもそんなことないと思うけど……。
「私が、王子様と結婚するって言ったから?」
「…………」
「む、無言は肯定と取るわよ!」
「…………好きにすればいい」
それは肯定の意だ。
う、うそでしょう……。
十二年前にたった一度会った少女から言われたことを覚えてて、それのために権力に執着したっていうの?
それって、つまり。
「わ、私のこと好きだったの?」
「…………」
「む、無言は肯定と取るわよ!」
「…………好きだったじゃない」
ナディルは先ほどとは違い、今度は否定した。
違うのか、とがっかりして、なぜか涙が出そうになった。いや、なぜかなんて本当は分かっている。
肯定されたかっただなんて、私は未だに変わらず物語のハッピーエンドを夢見ている。
じわり、と滲んだ涙をナディルが拭う。
「今も、好きだ」
はっきりと言い切って、ナディルはこちらを伺っている。いつも大人びたナディルが不安そうにしている。
好きって言われた? 本当に?
私は自分の都合のいい夢を見ているのかと思うも、目尻を撫でる手のぬくもりは、現実だと物語っている。
「わ」
声が上ずった。
「私なんて、借金持ちで……」
「もう返した」
「い、家も大したことないし……」
「我が公爵家は恋愛結婚主義だと言ったはずだ」
「わ、私、可愛くないし……」
「俺には可愛い」
なんだこの男。今までそんなこと言わなかったじゃないか。
「わ、私、可愛い?」
「可愛い」
うっかり再確認したくなって言った言葉に、優しい声が返ってきた。
ああ、もう本当に。
私の馬鹿。
「わ、私も好き」
こんなの絆されるに決まっている。
私の答えに、ナディルは嬉しそうに微笑んだ。
 




