妃教育は厳しい
速攻で音を上げた
妃教育は厳しかった。とても。
ただでさえ、あまり教育にうるさくない家で育った私だ。その必要最小限の教育も、男爵家の跡取りとしての教育をメインに行ってきたので、王太子殿下の隣で保てるような品位はないし、教養もない。
得意なのは計算と商売取引、領地経営だ。淑女はまず教わらないし、高位貴族男性には敬遠される。私が高位貴族に不人気な原因の一因でもあるのだ。私が男爵家の跡取り教育を受けているのは、隠していなかったので、割と知れ渡ってしまっている。
そんな私に、淑女教育がメインの妃教育は、まったくもって合わなかった。
必要最低限のマナーしか持ち合わせていない私の動作は、教師には目に余るものだったらしい。怒鳴られるし、罰せられるし、休憩時間もない。地獄だ。
そしてこの地獄の妃教育は、一切意味のないものだと知っているのも私の絶望に追い打ちをかけた。
王太子は私と結婚する気は一切ない。あの婚約者に逃げられた後は王太子に会ってすらいないのだ。どれだけこちらに興味がないかというのが推し量れるというものだ。
「無理、死ぬ」
私の様子を見に来たナディルに向かい言う私を、彼は観察した。
「ほう……頬が少し痩せこけたか?」
「ええ、減量に成功よ……」
もうこいつに敬語を使うだけの敬意を払う必要などないと思い、口調を初めて会ったときから変えているが、気付いているだろうに、それには触れてこない。
下級貴族の女に対等な口を利かれるなど、この男は経験していないだろうと思った結果の今できる精一杯の嫌がらせだったのに。
悔しさで歯をギリギリと噛み締める。そんな私を楽しそうに彼は見る。
「でも胸は減らないんだな」
「セクハラ!」
何てことをいうのだこの男は! 「とても均整の取れた体ですね」「抱きしめたらとても幸せでしょうね」など貴族特有の遠回しなセクハラはあったけど、ここまで直接的に言ってきた人間は初めてだ!
体を守るように腕を回したが、それによって胸が強調されてしまった。自分の体が憎い!
意味がないと、腕を降ろして相手を睨みつけるも、楽しそうにされるだけだった。いい性格をしている。
「解放してやってもいいぞ」
唐突に言われた言葉が理解できず、小首を傾げる。解放……この流れからして、解放っていうと……妃教育!?
「ほ、本当!?」
「ああ、本当だ。クラーク殿下が、レティシア以外とは子を成さないと宣言した」
王太子殿下がそう宣言されたということは、私のお役目はもう終わりということだ。
ああ、辛い日々ももう終わり……私はこれまでの努力が水の泡になることなど気にせず感謝した。王太子妃になって妃教育を実践するなど私には到底無理な話だ。早めに終わってくれて本当によかった。
感動で震えている私に、邪魔をする声が入った。
「ただし、条件がある」
「は?」
口の端を上げたナディルが、冷酷に告げる。
「言う通りに動いてもらおうか」