ツッコミ不在な二人の会話
同僚が、同じ孤児院出身だった。
「アナ姉かぁー! いやあわからないわからない! わかるわけないよね!」
「どういう意味か言ってもらっていい?」
「昔は色気の欠片もなくてむしろ食い気……ごめんなさいごめんなさい!」
隣に座るベンの脇腹を抓るとすぐに謝ってきた。失言が多いところと耐え症がないところは昔と変わりない。
「あのベンが鼻水垂らしてないとか想像したことなかったわ」
「逆に大人になっても鼻水垂らしてると思ってたの? アナ姉の中の俺どんななの?」
「鼻タレ小僧のままよ」
「鼻タレ小僧のままかぁー!」
そう嘆くベンの鼻はあの頃と違い、水分は垂れていない。常に鼻をかめるように紙を持ち歩いていたベンとは結び付かなかった。
「ベンこそ私がどうなってると思ってたのよ」
「色々やらかして引き取られた家から追い出されて自力で生き抜くナイスガイになってると思ってた!」
「どこから私は突っ込んだらいいのかしら」
ベンの中の私は何者なんだろう。色々な前提から間違っている気がする。
「そもそも私女なのにナイスガイって何よ」
「アナ姉ほど男前な子供いなかったじゃん。むしろ性別偽ってると言われたほうが通るレベル」
「そうなのよね。私もここにいた頃、自分の性別を間違って教えられているのかと思ったもの」
「アナ姉、そこ納得するところじゃないと思う」
「立ちションができないことで男じゃないことを実感したのよね」
あのときはショックだった。後々生えてこないことを知ったときもショックだった。だって私、他の男の子より喧嘩強かったし、運動神経よかったし、頭もよかったし、子供たちのリーダーだったし、完璧な男の子だと思ってたんだもの。
女であることを実感したのが、立ちションできなくてだなんて他では言えない。
「引き取られるときも何度も本当に女の子か確認されたのよね」
「アナ姉髪短かったし、ズボン履いてたからね」
「動きやすくてよかったのよ」
機能性重視だった。
「それがなぁ……それが……ボインは予想外だよ……」
「もちろん私も予想外よ」
ため息を吐きながら自分の胸を見る。当時はこんなになるだなんて思わなかった。大きくなってからは動くのに邪魔だなと思った。今は服を選ぶのに邪魔だなと思ってる。無駄に服にお金がかかる。
「平均的が一番いいのよ。かかる費用を考えても」
「ああ、やっぱり金がどうこう今も言ってるんだ」
「もちろんよ。世の中ね、お金があれば何とかなるものよ、ベン」
「夢がないなぁ」
夢では腹は膨れない。
今はナディルが管理しているからだろう、孤児院の状況はかなりよくなっているようだが、私がいる頃は、これより環境は悪かった。ご飯を鱈腹食べることは難しかった。
そういう環境で生きれば、現実を見る子供になる。私はその代表的な子供だった。
「まあアナ姉が教えてくれた文字はタメになったけど」
「ほら、もっと感謝しなさいよ。崇め祭ってもいいわよ」
「アナ姉のダメなところはそういうところだと思う」
ベンは話しながら、「あー」と気の抜けた声を出す。
「アナ姉見つかったなら、俺本当に追い出されちゃうかもー」
「何で?」
「前話したでしょ、本当は俺のほかに引き取りたい子供いるって」
メイドになってすぐに聞いた話だ。私は頷いた。
「あれ、アナ姉」
「え?」
十二年前、私をナディルが欲しがってた? それって……。
「それってあのナディルから見ても私ってかなり優秀だったってこと!?」
「代わりに来た俺ができそこない扱いされているからそうなんじゃないかな」
「だってあんた本当に仕事できないじゃない」
「ひどい……」
ベンがべそべそ泣き始めたが、それどころではない。
まさかナディルが私を引き取りたがっていただなんて!
「こうしちゃいられないわ! ベン、またね!」
「あ! アナ姉!」
待ってー! という声を無視して私は走り出した。




