初恋
「子供は遠慮を知らない……」
そしてその子供に付き合ったら体力が持たないことを痛感した。なんであの子たち疲れないの。
子供の頃お気に入りだった中庭に座り込んで、ため息を吐いた。
……そういえば、私の初恋もこの場所だ。
「ここにいたのか」
頭上から声がして仰ぎ見ると、ナディルがいた。私の隣にくるとそこに腰を下ろす。
「子供たちの相手もういいの?」
「疲れたから休憩する」
そうよね。疲れるわよね……。
自分だけじゃなかったことにほっとしながら、風で揺れる草を見ている。昔はここでよく鬼ごっこをしたなぁ……。
「ここにいた頃のこと覚えてるのか?」
急に言われた言葉に驚いて勢いよくナディルを見る。
「ここ出身だって知ってたの?」
「ああ」
どこまで調べられているのだろう。だが、仮にも婚約者役をさせるのだ、ある程度は調べられているのだろう。
自分のことばかり知られていて釈然としないが、こればかりは仕方ない。
「覚えてるかって言うと……多少は……ってところかしら……」
当時遊んでいた子供全員を思い出せるほどは覚えていない。自分の印象に残った記憶ぐらいだ。
「あ、でも初恋の子のことは覚えてるわよ!」
「初恋……?」
ナディルは私を見て不思議そうにしている。
「お前にそんな繊細な心があったのか?」
「あんたいいかげんにしないと引っ叩くわよ」
すっと手を上げると、ナディルは冗談だと首を振った。私は手を下げる。
「で、初恋の相手はどんなやつなんだ?」
まさかナディルが食いついてくるとは思わなかった。
どんなやつ……って。
私は当時を思い出しうっとりする。女の子の初恋は特別なものなのである。
「うふふ、聞きたい?」
「笑い方が気持ち悪い」
「乙女に向かって失礼な男だわ」
だがナディルが失礼なのは今に始まったことではない。無視して当時に記憶を戻した。
「あれは良く晴れた日のこと……」
◇◇◇
見慣れない子供がいる。
お気に入りの中庭にいるその子に、私は声をかけた。
「ねえ」
その子はビクリと体を震わせると、こちらを振り向いた。私とそう年が変わらなそうな少年だ。着ている服からこの孤児院の子でないことは一目瞭然だった。
「あなた誰? どこから来たの?」
「……お前に関係ないだろ」
「私ここに住んでるから関係あるわ」
「…………」
少年は黙り込んでしまった。ただ座り込んで地面を睨んでいる。
「あなた、暗いのね」
「……は?」
じっと地面を見ているだけの少年にそう言うと、少年は機嫌悪そうに眉を顰めた。
「何か悩み事があるんでしょう」
「どうしてそう思う?」
「そんな綺麗な服を着た坊ちゃんが、こんな寂れた孤児院に入り込むんだから、そうとしか考えられないと思って。ただ迷っただけなら誰かに声かけてすぐ帰るだろうし」
「…………」
まただんまりだ。どうしようか考えあぐねていると、他の子も寄ってきた。
「アナ、誰そいつ」
「んー、友達?」
「はあ!?」
友達と言われたのが心外だったのだろう。声を荒げた少年に覆いかぶさるように近寄って小声で話した。
「友達ってことにでもしておかないと、すぐにここから放り出されちゃうわよ?」
「…………」
また無言だが、これは肯定の意と判断した。
私は少年の手を掴んで立たせる。
「お、おい!」
「なーにをうじうじしてるかわからないけど、じーっとしてるからいけないのよ! 体動かしたらそんなこと考えてる時間もないわ! ということであなた鬼ね!」
「は!?」
「逃げろー!」
十数えてねー、と言いながら、他の子どもたちと一緒にその場から走る。「なに!」とか「おい!」とか抗議の声が聞こえるも、無視をする。そのうち数を数える声が聞こえた。
少年はこういう遊びがあることは知っているが、やったことはなかったらしい。不器用に遊びに混じる少年にあれこれ教えながら接すると、すぐに馴染んで遊びに混じった。暗い顔だった少年の顔は笑みも見える。
「あー、楽しかった!」
もう夕方だ。少年は帰らなければならない。
「あ、あの……」
少年は俯きながら、話しかけてきた。
「なに?」
「……今日はありがとう。すっきりした」
どうやら私がしたことはおせっかいではなかったらしい。私は嬉しくなってにっこり笑う。
「どういたしまして!」
私の顔を見ながら、少年は顔を赤らめた。
「その……」
「ん?」
「お前、好きなやつとか、いるのか……?」
「好きなやつ……?」
私はしばし考えて、頭に浮かんだものを口にした。
「王子様!」
「おうじさま……?」
「物語の王子様はかっこいいの! お金持ちで大きなお城に住んで、顔も綺麗で! やっぱ結婚するなら王子様よね!」
私はニコニコしながら話す。少年はさっきまで照れていた顔はどうしたのか、一気に不機嫌な顔になった。
「王子様と結婚できるわけないだろう」
少年の言葉に私はムッとして頬を膨らませた。
「できるもん! 迎えにきてくれるもん!」
「ありえないな。王子様が庶民を相手にするか」
「物語では下町育ちの子が結婚するもん!」
「無理だ!」
「ある!」
「無理!」
「ある!」
しばらく言い合いをし、お互い息切れしながら睨み合う。
睨み合いから先に視線を逸らしたのは向こうだった。
「……俺が迎えに来てやる」
「え?」
「王子様じゃないけど、それに近くなってやるからな」
待ってろ。
少年はそう言うと、赤い顔のまま走っていった。
私は言われた内容を吟味し、理解すると、顔を一気に火照らせた。
ブリアナ、七歳。初めてのプロポーズである。




