第二の実家
こんな泣きはらした顔で行かないほうがいいのではないかと提案するも、事前に決まっていたと言われ、さらに勝手に泣くのが悪いと言われた。もう人生終わったと思ったら泣きもするわよ!
そんなわけで、私は今ナディルと馬車で視察場所に向かっている。
めちゃくちゃ泣きはらした不細工顔だけど行かなければならない。つらい。
「第一これ私必要なの? 行っても何したらいいかわからないし帰っていい?」
「婚約者がいると知らしめるためだ。何もしないで立っているだけでいい。貴族の妻は夫の隣で微笑んでいるのが仕事だ」
私そういうの苦手なんだけど……。
じっとしているよりしっかりした仕事くれるほうがいいなあと思いながら外を眺めていると馬車が止まった。
「降りるぞ」
手を差し出されて静々とその手を取る。一応こういう紳士的なこともできるのね。
「あれ? ここ……」
私にとってはとても見覚えのあるところだ。
「孤児院だ。慣れない間はこうした簡単なところがいいだろう」
なるほど。確かにいきなり商会などに連れていかれるより、初心者向けだろう。
懐かしい気持ちで眺めている私を置いてスタスタとナディルは孤児院の中に入っていってしまった。エスコートは最後までしなさいよ!
慌ててナディルの後ろについていく。
「お待ちしておりました」
久しぶりに聞く声がした。
「施設長、久しぶりだな。今日は視察に来た」
「ええ。予定通りですね。あら、こちらの方は……」
施設長と呼ばれた女性は、ナディルの後ろにいる私に気付いたようだ。私は一歩踏み出してナディルの隣に並ぶ。
「ナディル様の婚約者、ブリアナです」
わかるかな、と少しドキドキしながら自己紹介をすると、施設長は、私をじっと見つめ、しばらくすると目を輝かせた。
「まあまあまあ、あなた、アナね!」
覚えていてくれたらしい。嬉しくて笑うと、施設長は私の手を握って、ある一点を見つめて言った。
「これはまた、びっくりするほど大きくなったわねえ」
ええ、私も自分の胸の成長にはびっくりしてますよ。
施設長の様子に緊張の糸が切れ、はぁ、と深いため息を吐いた。
「施設長――ママ、お久しぶりです」
実に十二年ぶり。七歳まで育った地で、私はにこりと笑った。
◇◇◇
ナディルと共に、孤児院を見て回る。また、不備はないか、経営に関してもナディルは細かくチェックをしていた。
もう私がここの孤児院に居た頃の子供たちは引き取られたか、独り立ちしていない。顔なじみがいないのを寂しく思ったが、そんな気持ちは一瞬で吹き飛んだ。
「お馬さんごっこしてー!」
「いや、おままごと!」
「かけっこの方がいいって!」
「チェスやろうよー」
「何でお目目腫れて不細工なのー!」
「今言ったの誰!?」
私が怒鳴ると子供は楽しそうに「わー!」と言いながら散っていった。
子供ってすごい……。
あっちこっちに引っ張られ、もみくちゃにされ、私は疲労困憊だ。ママはこれを毎日相手しているのか……もう結構な年齢のはずなのにどこにそんな体力があるのだろう……。
「相手してくれて助かるわー」
「ママ……」
ボロボロの私を見てママはニコニコ笑っている。ナディルは男の子たちに素振りを教えていた。
編み物をしながら、ママは「それにしても」と口を開いた。
「あの男の子みたいだったアナが、こんな女らしくなるだなんて」
「はは……私も同じ気持ち……」
昔の自分を思い出して乾いた笑みしかできない。
子供の頃、私はとても男っぽかった。木登りはしたし、虫取りも大好きだった。部屋で人形遊びするより駆けまわることを好んでいた。ほどよく日焼けした健康優良児だった。男爵家に引きとられるとき、粗相をして早々に追い出されないか、みんなにとても心配された。
昔を懐かしんでいると、子供に背中から突進された。
「ねえー! あそぼー!」
「うえ……」
さっきから遊びっぱなしだ。私は子供を引きはがした。
「ちょっと休憩―!」
勝手知ったる昔の我が家だ。
私はその場から駆け出した。




