嵌められた
本日二回目の更新なのでご注意ください。
ナディル・ドルマン。
この名前はよく知っている。なぜなら私を嵌めた張本人だからだ。
あの日――いつも通り、結婚相手を探していた私に、輝かしい笑顔で王太子殿下が近づいてきた。
そんな、うそ、本当に……?
と借金を背負ってからうっかり失くしてしまった乙女心を取り戻す程度に、私にとっては奇跡みたいなことだった。
王太子殿下は、数々の男性を見てきて肥えてしまったと思っていた私の目を持ってしても、美しいと思わせた。さすがは王太子殿下、オーラが違う。
その王太子殿下に、「今度パーティーに一緒に行ってくれるかな?」と言われたらそれはもう舞い上がる舞い上がる。あきらめずにいたおかげで最高の玉の輿ゲットしたと大興奮していざ臨んだパーティー。婚約者だという女に挨拶して浸る優越感。王太子殿下は私を選んだのだという自信。断言できるが、あのときの私は人生で最高に幸せを感じていた。
まあ一瞬で潰えた幸せだったけれど。
王太子殿下と私を見て、婚約者の女は、それはもう嬉しそうな顔をして喜び、自分は自由だと叫んで去って行った。途中でブリっ子というあだ名までつけられてしまった。ブリブリしてるのと本名から取っているようだけど失礼極まりない。ブリブリしてるのは、王太子殿下と結婚できるように媚び売ってたからであって、しなくていいなら私だってしない!
王太子殿下を私に押し付けるような発言をし、元気に会場を後にする婚約者。あまりのことに私はその潔い去り際をただ茫然と見送ってしまったが、何か話が違うと感じ、王太子殿下から距離を取った。
が、すぐに捕まってしまった。王太子殿下にではない。逃げた女の兄、ナディル・ドルマン次期公爵にだ。
「どこにいくんだ? ブリアナ嬢?」
「いえ、今日は下がらせていただいたほうがいいかと思いまして」
「君は殿下の相手らしいじゃないか」
「殿下からはっきりそう言われたことはございません」
面倒事の予感がしたので早く帰りたいのに、ナディルは私の両肩から手を離すどころかギリギリと力を込めてきた。絶対逃がさないという心意気を感じる。
「でも現に、殿下の婚約者は逃げてしまった。代わりが必要なのはわかるな?」
「いえ、わかりません」
「これだけ騒動を起こしてくれたんだ。お仕置きぐらい必要だよな?」
低い声で言われ、背筋の悪寒が止まらない。しかし、ここで負けてなるものかと踏ん張った。
「代わりではなく、本当の婚約者になれるのでしたら考えます」
にやり、と笑みを浮かべられ、背筋を冷や汗が流れた。
「いいだろう。お前が妃教育に耐えられたら考えてやろう。クラーク殿下、それでよろしいですよね?」
「ああ」
ナディルの提案に、予想外に、王太子殿下があっさり承認してしまい、目を丸くしてしまう。妃教育をするということは、私がクラーク様の婚約者候補になるということだ。家柄や資質を考慮して慎重に決める妃候補をそんな簡単に選定するなどありえない。しかも、ここにいる二人の独断で決定するだなんて。
王太子殿下が私を好いて、どうしてもというのならわかる。しかし、王太子殿下は私を見ずに、婚約者が去って行ったほうをずっと見ている。どう考えてもどちらに情があるかは明らかだ。
私は肩を掴んで離さないナディルを見た。変わらず企みを隠しもしない目で見られる。
嵌められた。
そう思ってももう遅い。
ああ、どうして私ばかり損な役割になるの。
心の中で涙を流しながら、ナディルを睨みつけることしかできなかった。