我慢できないこともある
「誑し込むだなんてそんな……」
私はできる限りか弱く見えるように困った顔をする。
まあ見た目がか弱そうに見えないからあまり効果はないかもしれないが、やらないよりマシだ。これで攻撃するのは申し訳ないと思って引いてくれるならいい殿方ということだが――
「そうでもなければ、あのナディルが選ぶような女性に見えないんだけどな」
失礼すぎるだろう。
どうやらいい殿方でないエイベルは、ナディルがいないうちに私の手の内を探りたいらしい。
ナディルが戻ってきたら、心配してくれる友達がいてよかったねとでも言ってあげるべきだろうか。いや、ただの好奇心の可能性もあるな。
「私には今のところ君のいいところが見当たらないんだけど、どうなのかな?」
どうなのかなと聞かれても、こちらとしては、どうしようもない。
自分で「私こんないいところありますよ!」と伝えろってことか? 残念ながら私はそんなナルシストではない。
はっきり「あなたに好かれたくなどない」と言っていいのだろうか。悪かったなお前の好みじゃなくて!
「それはナディル様が決めることですから……」
「で、どうやったの? 弱みでも握った? それともやっぱり、それ?」
それ、と言って指さしたのは、私だ。いや正確に言うなら私の胸だ。
どこで誰が見ているかもわからないパーティーで堂々とセクハラされた。
私は自分に耐えろ耐えろと言い聞かせる。
「私、何のことだか……」
「カマトトぶらなくていいよ。君、今までも金持ち連中にすり寄ってたでしょう?」
どうやらエイベルは私のことを多少知っている様子だ。困った。確かに私は金持ちにすり寄っていた。だって没落寸前だったんだもの。
「確かにそう見えたでしょうが……」
「見えたじゃなくてそうでしょう」
まいった。こいつ本当に面倒くさいやつだ。
ナディルはまだかと周りを見回すも、どこぞの貴族様に囲まれているのが見えた。さしずめ、私とのことでも根掘り葉掘り聞かれているのだろう。
助けは期待できない。どうするか。
「第一身分も釣り合ってないじゃないか」
「ナディル様のご両親は愛があればいいと仰っているようですが」
「その愛が本物ならね」
しつこい。
私は冷や汗をかきながらも、微笑み続ける。ナディルが来るまで時間を稼ぐしかない。
「君のご両親がどうも立派な教育をしていたようだね。男に媚を売るように育てるなんて私には無理だな」
私はキレた。
「……あれ?」
無表情で反応しなくなった私を見て、エイベルも笑顔をやめた。
私はそんな彼の胸倉を掴む。エイベルはとっさに反応できないのか、されるがままだ。
「私のことは好きに言うといいわよ。売女でも体だけ女でも全ての成長が胸にいったでも、いくらでも言うがいいわ慣れているから!」
「いやそこまでは言ってな……」
「でもね!」
途中何か言おうとしたエイベルを遮った。
「愛情かけて育ててくれた両親の悪口だけは、許さないわよ!」
エイベルが息をのんだ。
「血の繋がらない私を、一生懸命大事に育てて。結婚相手も無理しなくていいと言ってくれて。そんな両親が借金作ったら、どうにかしてあげたいと思うのが子心でしょう! ええ、すり寄ったわよ! 金持ちに! でもそれしか借金返す方法なんかないんだから仕方ないでしょうが!」
どうやら私は自分では大丈夫だと思っていたが、大分鬱憤が溜まっていたらしい。
今までの貴族たちの反応を思い出しながら気づけば声を張り上げてしまっていた。
「あと大事なことだから言っておくけどね!」
ガクガクとエイベルを揺さぶって、驚いた顔を見てから手を離す。エイベルはそのまま床に座り込んだ。
「私は、処女よ!」
すっかり静まり返った会場で響いた自分の声を聞いて、私は我に返ったのだった。