若執事はお仲間さん
つ、疲れた……。
ナディルを無事に送り出し、私はぐったりと椅子にもたれた。
「これが毎日あるのか……」
想像もしたくない。
「いやー、俺坊ちゃんの趣味は清楚系かと思ってたんだけどなー?」
にかっ、と笑いながらこちらを向いてそう言うのは、さっき私とナディルに対してとんでもない勘違いをしてしまった執事である。
今の発言からわかるように、誤解は一切解けていない。
「だから、そういうんじゃないんだってば」
「いいっていいって! わかってる!」
執事は手で私を制してくるが、絶対わかっていない顔だ。
「庶民と貴族の身分差の恋……燃えるよね……」
しかも色々勘違いしている。
「私、見えないだろうけど、これでも男爵令嬢よ」
「え!? 見えない!」
そんなはっきり言うことじゃない。
「てっきり俺と同じ孤児とかかなー、って思っちゃったー。ごめんごめん!」
「……あなた孤児なの?」
訊ねると、再びにかっ、と笑った。
「そうそう、俺孤児! 五歳の頃坊ちゃんに執事見習いとして拾ってもらったの!」
「へえ、そんなことしそうじゃないのに」
自分の利益にならなそうなことをするタイプには見えない。
「ねー! 意外でしょ! と言っても、本当は違う子引き取る予定だったらしいんだけど、その子がいなかったから代わりにってことでもらってもらえたの」
「ふーん?」
よっぽどナディルのお眼鏡に適う人間がいたのだろう。
俺ラッキーと言っている執事はとても優秀には見えない。何かしら特技でもあって、その子の代わりに来たのだろうか。
「でもあなた、もらわれて十年経っているわりに、言っちゃなんだけど、庶民的というか……」
「五歳で人格形成されちゃったみたいでさ! 言葉遣いとかも色々頑張ったんだけど、そのうち『もういい』って言われてそのまま!」
それはあきらめられたのよ。
さすがにその言葉はぐっと飲み込んだ。
「追い出さないのが意外ね」
「坊ちゃんあれでも情に厚いところあるんだよ!」
今のところ私にはそう見えるところはないのだが、この青年はそう感じているらしい。
「でも坊ちゃん、まだそのとき引き取ろうと思っていた孤児のことあきらめてないみたい。俺に思い出せることないかーって未だに訊ねてくるんだ」
「公爵家のコネやお金使えば簡単に見つけられそうなのに……」
不思議に思っていると、にしし、と執事が笑う。
「それが坊ちゃん、当時まだ十歳だから抜けてたんだろうね。相手の名前も聞いてなくて、どこに引き取られたかも、管理不十分な施設だったからわからなかったんだよ」
「この公爵家の管理で、そんなところあるのね」
「あ、違う違う、坊ちゃんが家出して道に迷ったときに見つけた孤児院だから、公爵家の管理しているものじゃないんだ」
家出。とてもするタイプには見えない。
「あ、いけない。俺、仕事戻らないと! じゃあねー!」
執事は自分がしゃべりたいだけしゃべるとその場を去って行った。何だか嵐みたいな人だが、どこか憎めない。
行ってしまった後に、あ、と気付く。
「私、自分も孤児だって言いそびれたわ……」