意外と初心
脱がせて着せろ。
目の前の男はそう言ったのだろうか。
「自分で脱いで着替えることもできないの? 子供みたい」
「俺を怒らせて逃げようとしてるんだろうが無駄だぞ。早くしろ」
先を読まれている。
逃げ道がないようなので、ゆっくりナディルに近付き、着ている服のボタンへ手を伸ばした。
「……やっぱり自分で着替えたり」
「しない」
「そうよね……」
うぅ……私お父様以外の男の人の裸何て見たことないのに……。
あれ、待って、見なきゃいけるんじゃない?
「……何をしているんだ?」
「目を瞑って着替えさせられるかなと思って」
「全然できてないぞ」
「そうよね……」
無理だった。
私は覚悟を決めて目を開けた。
「い、いくわよ」
「ああ」
ゴクリと喉を鳴らし、微かに震える指でボタンに触れる。自分で着替えるときは平気なのに、今は心臓がとても痛い。
「早くしろ」
「わ、わかってるわよ」
指が震えるからうまくいかない。自分で着替えるときの何倍も時間をかけながらボタンを外した。
外しただけで終わらないのが着替えだ。服をナディルの腕から外そうとそっと動くも、どうしても体が密着する。う、胸を当ててしまった。
「役得……」
「何?」
「いや何でもない」
ナディルが何か呟いたが、緊張のせいで聞き取れなかった。はあはあと緊張から荒い息を吐きながらも何とか脱がす。
「……おい、何でまた目を瞑るんだ?」
「だ、だって裸じゃないの!」
「下は履いている」
「そういうことじゃないの!」
「だが目を開けて上着を着せてくれないと困る」
私は渋々瞑った目を開けた。
私は妙齢の男性の上半身裸など見たことはない。なのでこれが初めて見る男性の上半身裸姿である。
完全に何も羽織っていない上半身は、程よく筋肉が付いていて、男性らしさを感じさせた。肩幅もあり、私とは全然違う。
——男なのに色気がある……。
寝起きのせいもあるのだろうか。ナディルのダルそうな雰囲気も相まって、妖艶さを醸し出していた。
「どうした?」
「う、うぅ……」
私が戸惑っているのがわかっているはずなのに、尋ねてくるナディルは意地悪だ。私は顔の赤みを抑える術を知らぬまま、ナディルにシャツを着せる。
「いつもの数倍時間がかかるな」
「じゃあやらせなきゃいいじゃないの……」
「いやだ」
私の心からの願いを込めて言ったのに、あっけなく却下された。
「下は自分でやる」
「なら上も自分でやれば……ってきゃー! 目の前で脱がないでよー!」
私がいるのが見えていないかのように、ナディルは堂々と寝間着のズボンを脱ぎ取った。
「何だ、そんなに凝視して」
「ぎょ、凝視なんてしてない……ってそのままこっち来ないでよー!」
「反応が面白いからもっとよく見せてやる」
「いらないいらない! きゃー!」
私を追い込むようにして迫ってくるナディルから逃げようと後ろ向きで後ずさるが、ベッドにまで追いやられてしまった。
「しっ、仕事してきなさいよ!」
「まあ少しぐらい遅れてもいい」
「よくない!」
二人で押し問答をしていると、部屋の扉が開いた。
「坊ちゃん! いつまで部屋にいるんで……す……」
開け放たれた扉の向こうには、いつか見た若い執事がいる。
彼は言葉尻をすぼめながら呆然としていたが、ふいににやりとした顔つきに変わった。
私ははっとして自分の状況を把握した。
ベッドに押し倒された、赤い顔の私。ベッドに押し倒している下半身下着のみのナディル。
「ち、違っ」
「何だー! やーっぱりコレなんじゃないですかー! 朝からお盛んで」
コレ、と小指を立てられ私は全力で首を振る。
「ご、誤解よー!」