没落寸前
『妃教育から逃げたい私』のブリアナの話。
未読でも読める仕様なので、『妃教育』読んでない方もそのままどうぞ。
『妃教育から逃げたい私2 〜没落寸前だけど結婚したい私〜』
2020年3/27発売しました!
『妃教育から逃げたい私』コミカライズ2020年3/25~開始しています。
詳しくは活動報告をご確認ください。
今私は絶望的な危機に瀕している。
「没落するぅー!」
叫びながらベッドへダイブする。貴族がそんなことしてはいけないと窘める者もいない。なぜなら先ほど述べた通り、我が家は没落一歩手前だからである。
よって使用人は全ていなくなった。貴族で使用人が一人もいない家など聞いたことがない。だが現実問題我が家には一人もいない。残ると言ってくれた者たちも解雇した。
なぜなら……何度も言うが、我が家は没落寸前。給金を払ってあげられないのだ。
金がないどころか借金まである。こうなると、この危機を救う手立ては一つしかない。
玉の輿に乗ること。これしかない。
「なのに! 相手が捕まらない!」
夜会用のドレスをぐしゃぐしゃにしながら、私は叫んだ。
「ブリアナ?」
この家の女主人、男爵夫人が扉を開けてこちらの様子を伺っている。後ろには男爵当主もいる。
「その……辛かったらもういいのよ? うちのことは気にしないで」
夫人は眉を下げながら言う。私はその言葉にがばりと体を起こした。
「いいえ! お母様! まだまだこれからです!」
へこたれている場合ではない。夜会で相手が見つからないぐらいなんだ。また次の夜会で頑張ればいいんのだ!
そう言うと男爵夫妻は困った顔をする。ああ、そんな顔をさせたいわけではない。
なんとかして金持ち捕まえて恩を返さないと!
私は決意を新たに、拳を握りしめた。
◇◇◇
この家に拾われて十二年。なにを隠そう、私はこの夫婦の本当の子供ではない。孤児院で引き取ってもらえた運のいい、生みの親が誰かもわからないただの娘だ。なので夫妻は私の義理の父母になるが、それを感じさせないほどの愛情をかけてもらえた。
子供に恵まれなかった夫婦が、男児ではなく女児である私を引き取ったのは、単純に女の子が欲しかったかららしい。この国は女性でも爵位を受け継ぐことが認められているのもある。
跡取り教育を受けながら溺愛されて育った。結婚相手も男爵という身分の低さゆえ、私が愛した男性なら庶民でもいいと言ってくれるほどで、私も高望みせず、婿入りしてくれる優しい庶民男性と結婚しようとのんきに考えていたのである。
ところがどっこい。事態が急変したのは二年ほど前である。
義父、騙されて借金をこさえてきた。
人の良さに付け込まれてあっという間に全財産なくなった。もはや私たちにあるのは名ばかりの爵位に、借金である。
せっかく先祖代々続いた家も終わりと義父母が涙するのを見て、私は覚悟を決めた。
金のある男性と結婚する。
幸い私は若く、体は妖艶に育った。これに引っ掛かる男性を探すのである。実際何人かに求婚やそれに近いことをされた。だがそれに待ったをかけたのが、義父母である。
「後妻や愛人になるのだけはやめて!」
そう、結婚を申し込まれたが、それはほとんどいい年した五十代、六十代だろう男性の後妻か、もしくはお金だけは満足に上げるから本妻じゃなくて愛人でと言ってくる人間ばかりなのである。
体がグラマラスな弊害がまさかこんなところで生じるとは思わなかった。
義父母は私を愛してくれている。そんな身売りするようなことを娘にさせるなら死ぬと言って泣いてくれた。
実際私だって結婚に夢はあった。なのですぐに後妻の話には飛びつかず、相手を探していくということで家族の案がまとまったのだ。
まとまったはいいが、それからあれよあれよという間に二年経ち、私は結婚適齢期ギリギリの十九歳になってしまった。
そろそろまずい。没落する。
借金取りには私の副収入で利子分は払えていたからかなり待ってもらったが、ついに、あと半年で払えなければ終わりだと言われた。
正直甘く考えていた。若いし、いい肉体を持っているので自惚れていた。きっと自分を救ってくれる男性がいると。
しかし現実は厳しい。借金持ちな時点でほぼまともな男性は寄ってこず、爵位目当てもいるかと思えば、低すぎる爵位に借金の額が割りに合わないと去って行った。ちなみに彼らの捨て台詞は『伯爵位ぐらいなら考えてやったのに』である。
「くううううう、王太子ゲットできたと思ったのにー!」
悔しさでベッドを何度も叩いてしまう。
王太子から夜会のパートナーに選ばれ、浮かれて参加したら、ただの婚約者とのイチャイチャの材料にされただけだった。ひどい。やっとおっぱいばかり見ない誠実そうな男性でしかも王太子をゲットできたと思ったのに、ただの当て馬。ひどい。
「当て馬料請求しとけばよかったわ……」
言えば払ってくれたかもしれない。いや、今からでも遅くない。とにかくお金が欲しいので請求はしておこう。
「あ、あの、ブリアナ……?」
義母の戸惑った声に我に返る。そうだ、まだ扉の前に義父母がいた!
大好きな義父母に恥ずかしいところを見られてしまった戸惑いを隠すために、こほんとひとつ咳払いをする。
「えっと……夜会の招待状よ」
義母から招待状を手渡される。
「ありがとうお母様」
にこりと微笑むと、義父母は幾分かほっとした表情で居室から出て行った。
私はもらったばかりの招待状を確認する。そこには予想外の名前が書かれていた。
「ナディル・ドルマン……」
私を当て馬扱いした王太子の、現在妻になった女の兄の名前である。