魔王の転移先は日本のようです。
「……なんのつもりだい魔王?」
「それはこちらの言葉だ! お前が! あの勇者をこちらに呼んだのか!」
「さっきそう言ったじゃないか」
「なぜだ!」
「なぜ……ねえ。 それは何についてのなぜだい? 彼を呼んだ理由? 力を与えた理由? 君の国が滅んだ理由?」
魔王の剣に炎が宿りその火はアーロンを包み込み火柱を立てて燃え上がる。
魔王が使える最上位の魔法攻撃で触れれば炭になるまで燃え続ける炎。 体を燃やされれば言葉など話す余裕はないはずだが――あの生意気な声は消えない。
「彼は実に都合のいい人間だった。 普通の倫理観があり。 差別主義でもない。 そのくせ優しさと正義感がある、理想的な召喚対象だったよ。 だから彼を呼んだ」
炎の渦が掻き消されアーロンは平然と立っている、着ている布すら燃えてない。
ならばと魔王は剣術を繰り出す。
鉄の鎧すらも切り裂くことが出来る技を駆使して目、腕、腹、足、全ての部位に刃を振るうがそれはアーロンにとってそよ風程度の物でしかなかった。
「力を与えたのはサービスだよ、勝手に召喚して何も与えないのは可愛そうだろ?」
「ふざけるな! そんな理由であんな巨大な力を与えたのか!」
剣を投げ捨て拳を振るうがそれもアーロンには届かない。
――どれだけの血が流れたか知っているか?
――どれだけ死体が積み重なったかわかっているのか?
「貴様が! 貴様がああああ!」
怒りから頭に血が上った魔王はただひたすらにアーロンを殴りかかる。 攻撃が通じないなら意味がないなどとゆう考えは今の魔王にはない。
ただただ、目の前の神を殺したかった。
世界を戦火の渦にした元凶を殺したかった。
だがそれは叶わず現実は触れることすら出来ない。
「ちょっと離れてくれるかな。 熱くさいよ君」
軽く指でつつくような仕草でアーロンは魔王に触れる。 ただそれだけなのに魔王が着ていた鎧は吹き飛び体は空中に投げ飛ばされた。
「なぜ彼が世界に喧嘩を売り君の国を滅ぼしたかって? それは彼の正義がそうさせたのであって僕が口を出してやらせたわけじゃない。 君は彼にとっての悪だった。 ただそれだけの理由さ」
「悪だと? ……確かに奴は余のことをそういっていたな」
飛ばされた衝撃で頭からは血を流し、右腕に違和感を感じて首を動かすと右腕はなくなっていて血を流していた。 この一方的なやられぐらいはついさっきまで戦っていた勇者との戦いのようだ。
「なぜそんな奴を余達の世界に送り込んだ。 お前達神はお互いに干渉しないんじゃなかったのか?」
「神様同士だって話し合いもするし、気に食わなかったら殺し合いもする。 まあ殺し合いと言っても僕達神は対等で制約があるから道連れ覚悟の殺し合いなるだけなんだよ。 だから誰もやろうとしないってだけ」
かなりの距離を飛ばされた魔王にアーロンはたった一歩で近づく。
「ミユがファルガスの生き物に刻んでいるのは「ミユ・ユズハは神である」ってことだげ、それ以外の言い伝えや伝承は君たち人間の想像でしかないよ。 だけど、神様がたくさんいてそれぞれ自分の世界を持っているのは正解だ。 そして――」
アーロンが手を伸ばし魔王の左足に触れた。 その瞬間、魔王の左足は見えない何者かに一口で食いちぎられた。
「ぐああああああああ!」
「人間に僕達は倒せない。 存在の次元が違うんだよ」
だから大人しくしていろ、そう言わんばかりの態度でアーロンは魔王を見下す。
「さて。 君を僕の世界に召喚するまでまだ時間が掛かるから、聞きたいことがあるなら言ってみてもいいよ」
あいかわらずニッコリと笑いながら見下ろしているアーロン。 右腕と左足を失いながらも魔王は力強くアーロンを睨む。 もはや立つことも出来ず、勝ち目がないことも実感している。 それでも怯まず魔王は口を開き問い出す。
「……なぜ勇者を呼んだ? 勇者が来たせいで世界の均衡が崩れ公国の支配が広がり戦争の火種が飛び火したんだぞ」
ファルガスでは国が多く存在するため国境沿いの小競り合いも必然的に起きていた。 だがそれは小さな争いであり、大きな戦争に発展するようなことは百年近く起きていなかった。
争いずつも国同士で妥協し話し合う。 時にはお互い血を流し、時には援助し合い手を合わせる。 国々はこの絶妙なバランスを築くことで平和を保っていたのだ。
だがそのバランスは勇者の召喚で崩壊する。
一人で軍隊を相手に戦い、その知識で見たことのない武器を作り出す。 ファルガスの常識を大きく覆す存在。 本来存在しないはずの違う世界の人間――それが勇者。
中立国だった公国は勇者の力を利用し、平和目的の侵略が開始し世界は争いの渦にのみこまれた。
勇者が来なければ世界は秩序を持って回っていたはずだ。 なのになぜ呼んだのか?
魔王の知らない所であの勇者はなにか重要な使命があったのだろうか?
例えばファルガスを滅ぼすほどの魔物が生まれそれを倒す為に召喚されたのだとか。 それならばあの巨大な力を授けられたのも納得は出来る。 ……だが、目の前にいるこの神がそんなことを考えているとは思ず、その考えは的中する。
「ひとえに言わせてもらえば。 暇つぶしかな」
ニッコリと無邪気な笑みを作ってアーロンは言った。 その答えにあっけをとられ魔王は、ただ目の前の神をを見上げるしかできない。
「実は僕達神の寿命は君たち人間のとほとんど変わらないんだ。 だいたい六十年から八十年くらいで消滅して、新しい神が誕生する」
くるくると、両手を広げて何度もその場で回りながらアーロンの体が少しづつ浮いていく。
「新しく生まれた神は前の神から世界を引きつぐんだけど、そのせいで僕は暇なんだよ。 わかるかい魔王? すでに出来上がった世界を任せられてもやることがまったくないんだ。 僕が担当している地球は文明の進化が停滞期に入って一定の秩序が保たれてしまっているんだよ」
「……だから暇つぶしに余の世界を壊したのか?」
「その通りだよ魔王~本当に理解が早くて助かるよ」
「馬鹿にするのもいい加減にしろ。 お前の娯楽の為に余の国を! 妻を! 民を! 死なせたとゆうのか!」
「何度も言うけど、僕は勇者を召喚しただだけで殺したのは勇者自身の考えだよ」
「同じことだ! お前が呼ばなければなにお起きなかっただろう! そもそもお前は余の世界の神ではない! お前の世界があるのだろう! なぜ自分の世界でやらず余の世界を選んだ!」
喉に噛みつき食いちぎってやる。 そんな形相をしている魔王の頭をアーロンは掴み、拾い上げ自分と同じ目線にして答える。
「対岸の火事ほど面白い物はないじゃないか。 君も人間ならわかるだろ? 楽しいことはしたい。 だけど片付けが面倒だったりするのは嫌だ。 そんな気持ちが。 だから僕はミユに頼んだ。 ……おっと準備が出来たみたいだね」
アーロンがそう言うと魔王の体が少しずつ薄く透けていき、足元から消えていく。
「君にはこれから僕の世界に行ってもらうよ。 ただ魔法は使えないようするからね。 君の魔法は地球のバランスを大きく変化させてしまうから。 その変わり体は少しだけ強く設定するかれそれで我慢してね」
「今度はいったい何を企んでる?」
「ただの暇つぶしさ。 君はあの国で何をしてもいいよ。 僕を楽しませてくれ」
体と一緒に意識も薄なっていくが魔王はそれでもアーロンを睨みつけて消えかけている左腕を伸ばしアーロンの首に手をかける。
「かならずお前を殺してやる! 待っていろアーロン!」
鬼の形相でそう言い残し魔王は消えた。
体は完全に消滅し、魂はアーロンの管理する地球に送られたのだ。
「うふふ。 これで計画通りだねいったいどんなことが起こるのかな?」
ここまでは地球の神であるアーロンの思惑道理にことが進んでいた。
そう―――全てはミユ・ユズハの計画通りであり。 後ろから近づいている彼女にまだアーロンは気づいていない。