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第9話「夜の森の動く骨」


 ラカムの村の東側には、小さな森がある。

 密生した針葉樹林が陽の光を遮り、昼夜問わずひんやりとした重たい空気が渦巻いていることから、ついた名前が「夜の森」だ。


 ここには子どもはおろか、村の大人たちですら近寄らない。

 いつからか幽霊が出るという噂が立ち始めたから、そもそも用がないから……

 考えられる理由は多々あるが、一つ確かなことがある。


 こんな薄気味悪い場所に足を踏み入れる奇特な人間は、せいぜい俺と彼女ぐらいなものだろう、と。


「――る、ルード? ぜったいに走っちゃだめよ? ぜったいよ?」


 と、震える声でミュゼル嬢。


「走りませんよ」


 俺はその何度目になるのか分からない台詞に、若干うんざりして応えた。


 ちなみに走らないのではなく、走れない。

 ミュゼルがその小さな手で引きちぎらんばかりに俺の袖を掴んでいるからだ。


「歩きにくいです、ミュゼル嬢」


「しょっ、しょーがないでしょ!? くらくて、よく見えなくて、ころんじゃいそうなんだから!」


 だったら帰ればいいのに……とは、あえては言わなかった。

 言ったら、面倒なことになるに決まっている。

 だからこそ俺は、万の不満を噛み殺して、ミュゼル嬢を丁重にエスコート(・・・・・)しているわけだが……


(……俺は一体、なにをやっているんだ)


 自然とため息がこぼれてしまう。


 それも当然だ。

 なんせこの森に入ったのは、怯えるミュゼル嬢を振り払うため。

 彼女がついてきては、元も子もないではないか……


(ミュゼルがいる以上、香炉を焚いて虫を操ることもできないし、かといって今更後に退くこともできない……はあ、これじゃ本当にただの散歩じゃないか……)


 と、こんな具合でかれこれ十数分、あてどもなく「夜の森」を散策する俺たちであった。


「……ねえ、ルード?」


「なんですか、ミュゼル嬢?」


「あなたはこわくないの? ……もちろん、あたしがこわいって意味じゃないけど」


「怖い、ですか……」


 ……例えばそこらの草陰から暴漢、もしくは野良のモンスターが飛び出してきたとしよう。

 そして襲われるとする、なんの問題もない。

 ルード少年とは仮の姿で、俺の正体は魔王軍四天王の一人、怪蟲神官ガガルジだ。

 その気になれば歴戦の冒険者や、ドラゴンだって簡単に倒せる。


「……全然、怖くありませんよ」


「つ、つよがってるんじゃないかしら?」


「そう思うなら、ご自由に」


「……あなたのそういうとこ、とても子どもには思えないわ」


「ミュゼル嬢もまだ子どもだと思いますが」


「あたしはあなたよりもふたつ年上なの! まほう(・・・)だって使えるんだから!」


「――へえ、それはすごいですね」


 これは世辞でなく、素直な感想である。

 人間で彼女ほどの年頃の子が魔法を使えるというのはそれぐらい珍しいことだ。


「なにが使えるんです?」


「ふぁいあーぼーるよ! すごいんだから! とくべつに見せてあげるわ!」


「今度、今度でお願いします、こんなところでファイアーボールなんか使ったら大火事ですよ」


「し、しってるわよ! こんど見せてあげるって言おうとしたの!」


 ふんっ、とそっぽを向く彼女。

 袖はしっかりと掴んだままだ。


「……ルードは」


「なんです?」


「なんだか、ほかの男の子たちとは、ちがうかんじがするわ」


 俺は人知れず、ぴくりと肩を震わせた。


「……大人びてるって、よく言われます」


「いいえ! みんなが子どもすぎるのよ! まったく、つかれちゃうわ!」


「そりゃ子どもですからね」


 至極当然の答えを返す。

 それにしても……なんだろう、今日のミュゼルはやけに口数が多い。

 ふだんはレディがどうこうと言って、すましているのだが……


 そう思った矢先、彼女はひときわ強く俺の袖を握りしめて


「……ルード、いざとなったらまもってね、あたしはレディなんだから」


 ……まぁ案の定というかなんというか。

 やっぱり内心は不安で仕方ないようであった。


「ええ、守りますとも守りますとも、だからそんなに強く袖を引っ張らないでくだ――」


 その時だった。

 俺は咄嗟に彼女の身体をかばい、立ち並ぶ木の幹の一つに身を潜めた。


「ルード!? な、なにを……」


 更に間髪入れず、彼女の口を手のひらで塞ぐ。

 一応言っておくが、俺はアルシーナ以外の人間がどうなろうと知ったことではない。

 これはただ、もしもミュゼルが見つかったりすれば必然的に俺も巻き込まれる形となるので、成り行きとして彼女をかばっただけだ。


「(……誰かいる)」


「(う、うそ……!?)」


 ミュゼルがひゅっと息を吸い込んで、途端に身体を強張らせた。


「(む、むらの大人? あ、あたしたちをさがしに来たのかしら……)」


 残念だが、その線は薄いだろう。


「(ミュゼルは知らないが、俺に動く骨の知り合いはいない)」


「(え……ひっ!?)」


 ミュゼルがようやく彼らの姿を認めたようで、顔を青ざめさせた。

 彼女の視線の先には二足歩行をする人骨があり、かくかくと音を立てながら森の中をさまよっている。


「(ルード、す、スケルトンよ……!)」


 ミュゼルの言う通り、それはスケルトンである。

 その身に魔力を宿した者が死んだ時、土地の魔力と反応して偶発的に生み出されるアンデッドの一種だ。

 厄介なのは、自然発生したアンデッド系のモンスターはたいていの場合、理性が飛んでいるということ。

 ヤツは俺が四天王の一人であろうと関係なしに襲い掛かってくるだろう。


(虫を使うか? いやしかし、それではミュゼルに俺が虫を操るところを見せることになってしまう……それはもっと厄介だ)


「(に、にげましょうルード! ねえ、ねえってばぁ……!)」


 結局それが一番、ということか。


「(よし、逃げようミュゼル、幸い向こうはまだこちらに気付いて……)」


 俺はちらと、スケルトンの様子を窺う。


「(なっ)」


 ――スケルトンが、いない。

 まずい! 迷っている間に見失ってしまった――!


『もしもし、そこなお嬢様、何かお探しですか』


 俺とミュゼルはぴたりと動きを止め、同時に後ろへ振り返った。

 そこには一体いつの間に回り込んだのか、腰骨を曲げてミュゼルの顔を覗き込むスケルトンの姿が――


「ひっ」


 ミュゼルが、ひときわ強く俺の袖を握りしめ、引きつった声をあげる。

 対するスケルトンは、顎の骨をかくかく鳴らしながら、そのくぼんだ眼窩でミュゼルを見つめていた。


『それとも、この老骨になにか御用ですかな? なんつって……』


 ――もはや一刻の猶予もない。

 虫たちをフル稼働(・・・・)、全身が一度ざわりと波打ち刹那――俺はミュゼルを抱え上げ、スケルトンに肉薄する。


『およ……ガコォッ!?』


 呆気にとられるスケルトンの頭蓋骨を、顎下から蹴り上げる。

 190㎝の()体が大きく仰け反った。


『ガコッ……!? ちょ、ちょっ! まって……!』


 すかさず体勢を立て直すスケルトン。

 しかしその時俺はすでに、打ち付ける掌底でスケルトンの右大腿骨を吹っ飛ばしている。

 もちろん、ミュゼルを抱きかかえたままだ。


『ガコォ!? ひ、ひいいっ!?』


 がしゃん、と崩れ落ちるスケルトン。

 足は奪った。あとは――


『ひ、ひどい坊ちゃんだ! や、やむをえません! 骨皮柔術奥義!』


「――む」


 他の骨も外してやろうとしたところ、スケルトンが残った左足と腕を駆使して、俺の幼い肢体を絡め取る。

 そしてその刹那――とてつもない浮遊感。

 気が付くと身体が空中に投げ出されて、視界が逆さまになっていた。


 ……まさか、本当に柔術を使うとは。

 肉も身もないのによくもまあこんな芸当が……


「きゃあああああああっ!!?」


 逆さまになった視界がよっぽど恐ろしいらしく、俺の腕の中でミュゼルが絶叫する。

 すごい声だ、やはり彼女もまだ半分赤ん坊のようなものなのだな――


 などと考えながら、俺は勢いをつけて空中でぐるりと回転、そして着地する。

 当然、ミュゼルは無事だ。

 そして――


『あなた、何者ですか……?』


 足元でかたかたと音がするので見下ろしてみる。

 するとそこには、俺がさっき空中で回転するついで(・・・)に外してやった、ヤツの頭蓋骨が転がっていた。


「そういえばお前、口が利けるんだな、アンデッドにしては珍しい」


『もう少し早めに気付いてくれるとうれしかったです、それとあの、不躾ですが、私の大腿骨拾ってもらえませんかね』


 どこの誰のものとも知れぬ頭蓋骨は、悲壮感たっぷりに顎骨をかたかたと鳴らす。


 ミュゼル嬢はついぞ、俺の服の袖から一度も手を離さなかった。


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