第6話「大凶」
五人の山賊どもは、全身打撲の者からただ気を失っていただけの者まで。
そしておぞましき死霊術師ギルゼバは、多大なる心的外傷を負ったが、最後はきちんと尻尾を巻いて逃げ帰った。
死傷者がただの一人も出なかったのは奇跡である。
危機は、去ったのだ。
「――お怪我はありませんか、御二方」
俺はつとめて丁寧な口調で言い、グルカス夫妻の前にひざまづいた。
咄嗟の判断で敬語を作ったのは我ながら冴えていると思ったのだが――どうしてか警戒されまくっている。
特にアルシーナ母はそれが顕著だ。
まるで得体のしれない化け物にでも対面してしまったかのように、腕の中のアルシーナを強く抱いて、決してこちらから目を離そうとしない。
……目を逸らした瞬間、噛みつかれるとでも思っているのだろうか。
おかしいな、位置関係的に、俺が虫を操ったところは見えていなかったはずなのだが……
「……た、助けてくれて……助けてくれたんだよな? ……うん、ともかく助かった、感謝する、俺はグルカス、こっちは妻のクロエと娘のアルシーナだ、よろしく……」
一方でさすがというかなんというか、アルシーナ父もといグルカスは肝が据わっている。
感謝の言葉とともに握手まで求めてきた。
俺は小さな手のひらでこれに応える。
「ご丁寧にありがとうございます、僕はルード――」
前もって考えていた偽名である。
「――五歳です」
「え? ご、五歳?」
グルカスは目をぱちくりさせる。
あれ? なんだこの反応は?
外見年齢は間違いなく人間の五歳児相当のはずだが……
「何かおかしいですか?」
「い、いや、随分と大人びてるんだなと思って……それにとても強い、あの死霊術師をあっという間に倒してしまっただろう?」
「たまたま、向こうのゾンビが暴走しただけですよ、未熟な死霊術師で助かりました」
「……しかし、剣で勝っていたぞ?」
「向こうは死霊術師、剣に関しては素人です、僕は幼い頃に少し剣を習いましたから」
「少し……?」
「はい、少し」
にっこりと微笑む。
グルカスは、引きつったような笑みを返した。
クロエは相変わらず怯えるような視線をこちらへ向けてきていて、にこりともしなかった。
……彼女の不信感を解くのは難しいようだ、ひとまず後回しにしよう。
(最優先するべきは)
俺はちらとクロエの腕の中の赤ん坊を見やった。
赤ん坊――アルシーナは、小さな瞳でじっとこちらを見つめている。
(あれがアルシーナか……やはりというかなんというか、ただの人間の赤ん坊にしか見えない……だが)
魔王様は言った、アルシーナはいずれ勇者となる者、確実に接触せよと。
なら、この千載一遇のチャンスを逃す手はない。
ここからが俺の演技力の見せ所だ。
「つかぬことをお伺いしますが……」
俺は深刻な表情を作り、尋ねる。
「ネズの村はどちらの方角か、知っていますか?」
「ネズの村……?」
グルカスは首を傾げる。
その時、それまでずっとだんまりを決め込んでいたクロエが、口を開いた。
「ねえ、ネズの村ってあれじゃない……? ふた月前、魔王軍に滅ぼされたっていう、あの……」
「え、ああ、確かに風のたよりで聞いたことはあるが……」
「――そんな」
俺はあからさまにショックを受けた表情。
これを受けてグルカス、何かを察したらしく……
「まさか、君は……!」
――かかった。
「……ええ、その村の出身です、三か月も前、父は理由も言わず僕を村から連れ出しました、ですが、ああ、まさか滅んでいただなんて……」
「なんてこと……!」
クロエは思わず口元を押さえる。
自分はなんて残酷な事実を、子どもに伝えてしまったのだろうと。
――だが、もちろんその反応も織り込み済み。
そも、ネズの村が滅んでいたことも知っていて聞いた。
魔王軍四天王の一人なのだから知っていて当然である。
「父はこれを予見していたのかもしれません……だから僕だけでも助けようと、村を……」
「お、お父さんは?」
「三日前にモンスターに襲われて……残された僕は父から教わった護身術で今日までなんとか生き残ってこれましたが……そんな……」
「ひどい話だ……!」
握りしめた拳をわなわなと震わせるグルカス。
俺は努めて「モンスターに故郷を滅ぼされた挙句、唯一の肉親を殺されるも懸命に涙を堪える健気な少年」を演じ続けた。
――よし、いいぞ、あと一押し。
あと一押しで、アルシーナの両親の信頼を勝ち取ることができる。
そうすれば村へ潜り込むのも容易になる、アルシーナの家との関係もできる。
ははは、自分の演技力が怖い、次は舞台俳優にでもなってやろうか――!
などと考えていた矢先のことである。
「……クロエ、ちょっといいか?」
「いえ、言わなくてもいいわ、あなたのことだもの、何を言うかなんて分かりきっています」
グルカスとクロエが、謎のアイコンタクト。
なにやら、ある種決意のようなものが宿った目で、お互いに頷き合っている。
……なんだ? 何か胸騒ぎがする。
「ルード君」
自分でつけた偽名なのに、一瞬反応が遅れた。
「は、はい、どうかしましたか?」
「一つ、提案があるんだ、聞いてもらえないかな」
「な、なんでしょう……」
がしっと両肩を掴まれ、正面から見据えられる。
グルカスのまっすぐな瞳に射止められると、虫の知らせが警鐘を鳴らした。
しかしそんなことはお構いなしに、グルカスは言う。
「ルード君、行くところがないのなら――ウチの子にならないか?」
「えっ……はぁっ!?」
思わず素の声が出てしまい、慌てて口元を押さえる。
ちょ、ちょっと待て、ウチの子!?
なんだそれは、そんな展開は想定していない!
確かに魔王様は俺に「勇者アルシーナと親密な関係になれ」と言った……だが、これは親密すぎだ!
すこぶる動揺した。
俺の動揺が虫たちにまで伝わり、背中がざわりと波打ったほどだ。
「悪い話ではないだろう?」
悪い話だ! などとはとても言えやしない!
「う、嬉しい話です……ですがグルカスさんやクロエさんに迷惑が掛かりますから……!」
「いや、ルード君が来てくれるとかえって助かるんだよ、ちょうどアルシーナの面倒を見る人がいなくて困っていたんだ」
「く、クロエさんは……?」
「クロエは生まれつき身体が弱くてな、今日も隣町の医者を尋ねに行っていたんだ、俺も日中は仕事があるからな、ベビーシッターでも雇おうかと思っていたんだが……」
グルカスは、にかりと白い歯を覗かせる。
「――ルード君が面倒を見てくれるなら安心だ! なんてったってこんなにもしっかり者で、Cランクの死霊術師を倒すぐらい強いんだからな!」
がっはっは、と大袈裟に笑うグルカス。
きっと俺の境遇を憐れんで、わざとそんな風に笑い飛ばしているのだろう。
助け船を求めるつもりでクロエを見る。
彼女は――まるで聖母のような微笑をたたえていた。
ち、違う違う違う!! そんなのは望んでいない!
俺はただグルカス夫妻に口利きしてもらって、ラカムの村に滞在し、適度にアルシーナを見張る環境さえ整えられれば、それで良かったのだ!
誤算だ! あまりにも演技が真に迫りすぎたせいで必要以上に同情を引いてしまった!
断るなら今だ! ここは一旦出直すしかない!
「――ぐ、グルカスさん! 僕は……!」
「おいおい、水臭いことを言うなよ!」
こちらの言葉を遮って、グルカスがその逞しい腕を俺の肩に回してくる。
そして――
「お父さんでいいんだよ! これからよろしくな、お兄ちゃん!」
――決定的であった。
眩暈がして、ぐらりと身体が傾く。
世界が横たわる、青い空が見える。
そして地面に倒れ込むその寸前、俺の視界に、クロエの腕に抱き留められた勇者アルシーナの姿が映った。
彼女は――実に呑気なことに、俺が先ほど放った蠅の一匹を指でつついている。
ああ、クソ……やっぱり俺の運勢は最悪だ……
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