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第29話「大勇者」


 無粋とは知りつつも、答え合わせをさせてもらう。

 さっきまで勇者パーティのゾンビどもと戦っていたのは、虫どもの形作った俺の分身だ。

 そして俺本体はといえばシャロン・ヘルティアに扮し、本物のシャロンは茂みの中で息を潜めていた。

 最初に大量の虫を呼び寄せ、視界を遮ったのは、全てこの為だ。


「ぐぶ」


 ギルゼバがどす黒い血の泡を吐き出し、ぐらりと傾いた。

 彼はゆっくり、ゆっくりとその身体を横たえ、そして静かに息絶える。

 それこそが死霊術師(ネクロマンサー)ギルゼバの、実に呆気ない最期であった。


「……お前には辞世の句も勿体ない、そのまま朽ちていけ」


 俺は亡骸を一瞥して、それから残されたルグルス・ヘルティアの死体を見た。

 ギルゼバが死んだことにより、彼もまたその呪縛から解かれる。

 手の内からずるりと聖剣が滑り落ち、そして彼自身もまたゆっくりと傾いていって――しかし、倒れない。


 他でもない、娘であるシャロン・ヘルティアが冷たくなった彼の身体を抱き留めたのだ。


「……」


 シャロンは一言も発さなかった。

 無言のまま、父の身体を抱き留めていた。


 ここから、彼女の表情はうかがえない。

 ただ一つ分かるのは、月明かりに照らされた彼女の肩が、僅かに震えていたことだけだ。


「……ガガルジ、答えてくれ……」


 おもむろに、シャロンは震える言葉で紡いだ。


「父は、我が父ルグルス・ヘルティアは……最期まで、勇者だったのだな……?」


 俺は答える。


「ルグルス・ヘルティアは俺たちの脅威、まごうことなき大勇者だった、最期の、その時までな」


「……そうか」


 シャロンは、どこか満足したように頷いて、それからルグルスに何事かを語りかけた。

 本来ならば聞き取れようはずもない小さな呟き。

 しかし、俺の虫たちは聴き取ってしまう。


 ――おやすみなさい、お父さん。


 シャロンは今までの労苦をねぎらうように優しく、ルグルスの亡骸を地べたへと横たえた。

 そして――


「怪蟲神官、ガガルジィっ!!」


 彼女は握りしめた両拳をわななかせながら、背中越しに俺の名を呼んだ。


「――お前は卑怯で、狡猾な男だ! あの場面で、私にはお前を斬り捨てられないと知っていてあえて私にトドメを刺させた! 父の誇りにかけてお前を殺せないことを、知っていたのだ!!」


 そこまで言って、シャロン・ヘルティアはこちらへ振り返る。


「今回は完敗だ! 悔しいが私の負けだ! だが、だが……私はいつか必ず、正々堂々と貴様を切り伏せられるよう強くなる! ヘルティアの剣で貴様を斬る! だから――」


 彼女の目には、確かにあの日(・・・)見たものと全く同じ、決意の炎が宿っている。


「だから今回は見逃す! ただそれだけだ!」


 満月の下、そう宣言した彼女の表情は、どこか晴れやかであった。

 こうしてシャロン・ヘルティアの孤独な戦いは、ひとまずの幕を下ろしたのである。


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