第28話「誇りの宿る場所」
「く……くははは、ははははっ!! なんだ貴様、どうりで、そうだったのか!」
ギルゼバは、堰を切ったように笑いだす。
腹がよじれるという表現があるがまさにその通りで、彼の口からはきぃきぃと、絞り出すような笑い声が漏れていた。
仮面からにじみ出るのは、彼の狂喜だ。
「ただのガキではないと思っていた! だが……ははは! まさか、まさかモンスターだったとは!」
「そんなに面白いか」
「ああ、面白いとも! それにすっきりした! なるほどモンスターならば低俗な虫畜生も操れるだろう! だが――」
ギルゼバは嘲るように鼻で笑う。
「大勇者ルグルスを討った魔王軍四天王の一人という冗談は面白くない」
「冗談?」
「ああ、そんなペテンで私を怯ませられると思ったのなら、いっそ不愉快だ」
「……」
俺はぽりぽりと頬を掻いた。
そうか、そういう風に捉えるのか……
「第一、魔王軍四天王などという大層な肩書きを持ったヤツが何故こんな辺境の地で人間のフリなぞしている? そんなふざけた嘘がまかり通るとでも?」
「……ふざけた嘘なら、どれだけ良かったかな」
「なんにせよモンスターならば駆除しなくてはな、ちょうどこちらもおあつらえ向きの人間を取り揃えている」
ギルゼバがぱちぃんと指を鳴らした。
勇者パーティのゾンビたちが俺の前に立ちはだかる。
大勇者ルグルス、武道家ルリ、騎士ドラテロ……随分と変わり果てた姿になったものだ。
人間がどうなろうが知ったことではない、しかしかつて戦ったヤツらをこういう風に使われるのは――ひどく不快だ。
「……顔なじみとして、先に一つ忠告しておこう」
「うん? 忠告だと? はは、面白い、なんだ言ってみろ」
「すぐに油断するのはお前の悪いクセだな」
俺はぼそりと呟いて、香炉を振りかざした。
するとどうだ、すでにルグルス、ルリ、ドラテロの足元に回り込んでいた寄生虫たちがその長い身体をくねらせた。
彼らの名前はクロズキン。
身体の穴から体内へ潜り込み、瞬く間に大繁殖して、対象を操り人形と化してしまう虫である。
あとはクロズキンがゾンビどもの鼻から侵入し、肉体の主導権を奪うという手はずだ。
「油断していいのは完全に息の根を止めた、その時だけだ――お前も学習しないな、お喋りをしている間にすでに仕込んでおいた」
クロズキンたちは一斉に高く跳躍して、ゾンビたちの顔面に取り付き、そのまま鼻腔へ侵入――しなかった。
何故か、彼らはすんでのところで「ぎぃ」と小さく悲鳴をあげ、硬直してしまったのだ。
「なっ……!」
「……くっ、ひひひひひ! バカが! 学ばないのは貴様だよ! 引き千切れ!」
ゾンビたちは極めて機械的な動作で、自らの顔に取り付いたクロズキンを引き千切ってしまう。
見るも無残な姿となったクロズキンたちの残骸がぼとぼとと地に落ちた。
「くく、二度も同じ手を食うと思うなよ、虫野郎」
「……ゾンビに何か仕込んだな」
「その通り! 前回の失敗を踏まえて表面にたっぷり防虫加工をさせてもらった! もう虫一匹近寄れないようにな!」
「相変わらず神経質な男だ」
「几帳面と言ってほしいねぇ! さあ次はこちらの番だ!」
武道家ルリがまるで瞬間移動と見紛うほどの踏み込みで一気に肉薄してくる。
掌底――
俺はすかさず全身の虫たちを活性化し、その大砲のごとし掌底を腕で受けた。
衝撃の余波で周辺の地面が抉れる。
「……死人とはいえ、さすがだな」
ぼろぼろと、俺の腕からある物がこぼれ落ちる。
それは俺の腕を形作っていた虫たちの内数匹であり、すでに息絶えていた。
ギルゼバが「きひっ」と甲高い笑いをあげる。
「なんだそれは、虫たちがより集まっているのか? くくく、つくづくおぞましいな! 一匹ずつむしりとるように駆除してやるぞ! やれ!」
ルリは死人とは思えないほど軽やかな動きで回し蹴りを放ってくる。
すかさず手で受け止める。
ぼろりと指の一本が落ちて、死骸に変わった。
……これは、純粋にルリの驚異的な戦闘能力によるものではない。
おそらくあの「防虫加工」とやらのせいだろう。
ゾンビに直接触れるのは危険だ。
「ああ本当に厄介だな」
俺はすかさず背中から例の剣――スイギュウの大顎、その片割れを取り出す。
この隙を見計らったかのようにルリが鋭い前蹴りを放ってきたので、俺は剣の腹でこれを受け止めた。
びりびりと大気が震える。
「ほう? 意外とやるようだな、Sランク冒険者の攻撃を受け止めるとは……だが」
ギルゼバが仮面の下でいやらしく口元を歪めるのが見えて、俺は咄嗟に体勢を低くした。
頭上スレスレを大槍が薙ぐ。
騎士ドラテロが背後から襲い掛かってきていた。
「くっ……!」
更にそこから流れるようにルリが踵落としを放ってくる。
咄嗟に腕で受け止めると、肘から先が丸ごとぼろりと崩れ落ちた。
「くはははははっ! 貴様がどれだけ強かろうが、こっちはSランク冒険者が三人だ! 勝てる訳がないだろう!」
「ぐうっ!」
俺はスイギュウの剣でルリの腕を斬り飛ばし、彼らから距離をとる。
吐き出す息が荒い。
俺の輪郭がしきりにぶれる、虫たちの結合が弱くなり始めていた。
一方ルリは斬り飛ばされた腕になど見向きもせず、虚ろな瞳でこちらを見据えながらじりじりと距離を詰めてくる。
ドラテロも、ルグルスも同様だ。
「これは親切心から言うのだがね、いい加減、諦めることをお勧めするよ」
ギルゼバがくつくつと笑いながら言う。
「貴様がなんのために戦っているのかは知らん、興味もない、だがな、どうせ無様な屍を晒すこととなる、そこになんの意味があるというのだ?」
「……」
俺は答えない。
虫たちを落ち着かせながら、ギルゼバを睨みつける。
一方で彼はお構いなしに、かつ自らの勝利に酔いしれるように饒舌に語った。
「職業柄、私は常日頃から思っていた、死ねばただのモノだ、どんな聖人だろうが大罪人だろうが、死ねばタダのモノに成り下がる、ゼロだ、ゼロになるのだ、こいつらが最たる例だろう」
ギルゼバは比較的近くにいたルグルスの背中を無造作に蹴り飛ばす。
「人類の希望、大勇者? ――はっ、どこの誰とも知らぬ連中の為に尽くした結果がコレだ、生前の行いなど関係ない、ただの肉の塊ではないか」
「……!」
虫たちがざわめく。
輪郭がぶれて、人型を維持することすら困難になり始める。
しかし、抑えきれようはずもなかった。
……ああ、俺はこの一か月で相当おかしくなってしまったらしい。
グルカスのくだらない下ネタを繰り返し聞かされて、虫たちのチューニングが狂ってしまったのだろうか?
はたまたクロエの作る野菜シチューで、虫たちが腹を下した?
それとも、アルシーナが、ミュゼルが……
でなければ説明がつかない。
俺がこんなことを口走ってしまうことの、説明が――
「――次に繋がっている」
俺は荒い息を吐き出しながら、確かにその台詞を口にした。
「……なんだと?」
ギルゼバが怪訝そうに首を傾げた。
俺は、無事な方の手でスイギュウの剣を構えなおし、そして宣言する。
「子孫を残すために食らい……食らうために殺す……感傷も躊躇も当然ある……! だが、それでも人は愚かしく繋いでいくのだ……それだけの事をしてでも生きなければならない、その理由を……!」
「っ……!」
ギルゼバがたじろぎ、これに合わせて勇者パーティが彼の身を守ろうと武器を構えた。
構うことはない、俺はギルゼバを見据えて、吼えた。
「――俺は大勇者ルグルスの誇りを食らった者だ! そして俺の血肉がお前だけは許さんと言っている! それ以上の理由がいるか下衆野郎ぉっ!!」
「っ……!? や、やれ!! 勇者どもぉ!」
悲鳴にも似た彼の合図に従って、三人のゾンビが飛び掛かってくる。
最初に武道家ルリ。
間違いなく今までで最も速く、鋭く、そして重い、さながら流星のような蹴り。
俺はすかさずスイギュウの剣でこれを受け止め、そして衝撃を逃がす。
剣は弾かれてしまったが、代わりにルリの懐へ潜り込んだ俺は、硬質化した五本の指で彼女の腹を切り裂いた。
ザガン流拳法の達人ルリは、ここで完全に沈黙する。
間髪入れず、騎士ドラテロの槍が俺の頭の右半分を穿った。
普通ならば致命傷、しかし俺にとっては違う。
「ぐ、おおおおおおっ!!」
俺は自らの頭を貫通した槍を絡め取り、そして咆哮とともに、ドラテロごと地面へ叩きつける。
凄まじい速度で叩きつけられたドラテロの身体は、地面を割り、そして耐え切れずに崩れ落ちる。
一騎当千の騎士団長ドラテロは、その運動を完全に停止した。
そして最後にルグルス……
そう思って振り返ろうとしたとき、身体に違和感。
無事な方の片目で見下ろすと、額に大穴をあけたニーシアがまるですがりつくように俺を拘束していて……
「し、しまっ……!」
「くははっ! 油断したな虫野郎! これで終わりだ!」
一瞬の動揺。
それが命運を分けた。
ざんっと空を裂くような音がして、次の瞬間、気付く。
大勇者ルグルスの聖剣によって、俺の身体がニーシアごと真っ二つに切り裂かれていることに――
「――」
ゆっくりとスローモーションに動く世界の中、俺は自らの身体が崩れ落ちていくのを見た。
聖剣の一撃は、虫たちを根こそぎ焼き払ってしまった。
もはや形を維持できない。
身体は末端から崩壊していき、そして大量の虫の死骸の中には、小さな香炉だけが残った。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「……やった」
たっぷりと間を置いて、ギルゼバは噛み締めるように言った。
それまで呆けたようだった彼であるが、口に出すと実感がわいてくる。
やった、やったぞ!
「私の勝ちだ、ははははははははっ!!!」
ギルゼバは自らの勝利を高らかに宣言し、狂ったように笑い続けた。幸福の絶頂だった。
「きひひぃ……ひぃ……! くくく、惨めだなぁ……! モンスターの分際で偉そうに講釈を垂れやがって、なにが血肉が許さないだ! 肉の一片すら残らなかったではないか!」
彼は虫たちの死骸を踏みにじり、唾まで吐きかけた。
そしてひとしきり勝利の余韻に浸ったのち、ぐりん、と彼女を見る。
ただ這いつくばり、呆然とこの一部始終を眺めるしかなかった、彼女――シャロン・ヘルティアを。
「くくく、安心しろ、もちろん君のことも忘れてはいないとも、ゾンビどもは随分減ってしまったが、なあに大勇者ルグルスとその娘のセットなら、そこそこ収まりがいい」
「ひっ……!?」
シャロンはそこでようやく事態を理解したかのように、恐怖に怯えた悲鳴をあげる。
しかし、傷ついた身体では逃げ出すことはおろか、身をよじることさえ満足にできない。
ギルゼバは、まるで猫が鼠を追い詰めるように、じりじりと詰め寄って、そしてしゃがみこんだ。
狂気に染まった瞳と、頼りなく震える瞳が交差する。
「今の私は非常に気分がいい、辞世の句のひとつぐらいなら聞いてやってもいいぞ、ええ? 勇者の娘よ」
「……っ!」
シャロンは、ぎゅっと口を真一文字に結ぶ。
最後の抵抗として、必死で悲鳴を堪えているようでもあった。
そんな様が、ギルゼバの嗜虐心をそそる。
「どうした? 何もないのか? 人生最後の晴れ舞台だ、気の利いた格言のひとつでも残してみろ」
「……だい、じ、なのは……」
「ほう、大事なのは? なんだ、人生において大事なものとはなんだ!?」
「……ではなく……ために……っ」
「ははは! 聞こえんぞ! もっと腹から声を出せ!」
ギルゼバは彼女を嘲笑い、そしてわざとらしく耳を寄せた。
シャロンは、ぐっと息を呑み、そして、その言葉を口にする――
「――大事なのはどう戦うかではなく、なんのために戦うか byルグルス・ヘルティア」
「……え?」
「すぐに油断するのはお前の悪いクセだ、完全に息の根を止めるまで油断するなと言っただろう」
シャロンの像がぶれ、そして変化していく。
ハーフエルフの少女が、見る見るうちに栗毛頭の少年に――
「貴様っ……!?」
「もう遅い」
ずん、と鈍い音。
ギルゼバはゆっくりと見下ろした。
自らの腹から生える、大きく湾曲した、一本の剣を――
「……父の仇だ、消えろ三流」
スイギュウの剣をギルゼバの背中に深々と突き立てた本物のシャロン・ヘルティアは、決意に満ちた目で言った。
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