第26話「勇者パーティ」
Bランク冒険者、シャロン・ヘルティアは知っていた。
死霊術という技法をもって死者を使役し、操る者たちの存在を。
だが、死霊術師とは決して表舞台には出ない影の者たち。
ゆえに、シャロンが実際に死霊術師と出会ったのは、今回が初めてである。
これまでのシャロンは、少なくとも死霊術師に対していい印象は持っていなかった。
生命倫理に反する者たちという曖昧な認識のもと、そこはかとない嫌悪感を抱いていたのだ。
しかしここにきてそのイメージは大きく転換する。
「これが……」
シャロンは感じていたのだ。
自らの胸に宿る、死霊術師への、確固たる憎悪を――
「――これが!! 人間のやることかあああっ!!」
シャロンは魂からの咆哮をあげた。
全て、全て理解してしまったのだ。
死霊術師ギルゼバを囲う四体の死者は、シャロンのよく見知った人物である。
優しいあまり少し臆病すぎるきらいがあるが、一本芯が通っていた、魔術師のニーシア。
勝気で負けず嫌い、すぐに怒るけれど、本当のところではパーティの誰よりも面倒見がいい、武道家のルリ。
細かいことは気にしない性格で、酒と女を好むお調子者、しかし誰よりも友情に厚い男、騎士ドラテロ。
そして最後の一人は、首から上がなくともシャロンには理解できてしまう。
最愛の父――大勇者ルグルス・ヘルティアの亡骸である。
「あ、ああああ、父上……!」
シャロンの頬を涙が伝う。
大勇者、ルグルス・ヘルティア。
獅子のように雄々しく、太陽のように輝かしかった父が、今や足下さえおぼつかない動く屍として自らの前に立っている。
かつて苦楽をともにした仲間たちの亡骸とともに、だ。
この時のシャロンの心中とくれば、誰かに推し量れようはずもない。
シャロン自身ですら、嵐のように荒れ狂う自らの胸中を制御することなど、微塵もできなかったのだから。
そんな彼女を見て、ギルゼバはぱちぱちと乾いた拍手をした。
「亡き父との再会――美しい筋書きだ、実にすっきりする、これでこそあの男から死体を譲り受けた甲斐があるというもの」
「き……さ、まぁぁっ……!」
「何か不満でもあるのかね? よく見るといい、死体は死後すぐに冷凍保存されたらしくてね、おかげで状態は良好で……む?」
言っている途中でギルゼバは何かに気が付いたらしく、ニーシアのゾンビへと歩み寄った。
ニーシアの額には先ほどシャロンの魔法で貫かれた穴がぽっかりと空いている。
ギルゼバは顔をしかめた。
「……ふうむ、これはもう駄目だな、脳が破壊されていて魔法が唱えられない、ただ動かすだけならともかく――」
そこまで言って、ギルゼバは何を思ったのかニーシアを蹴り倒した。
ニーシアは受け身も取らず、その華奢な身体を力なく地面に打ち付けて、もう二度と動かない。
瞬間、シャロンの頭の中は白く染まって――
「魔法も使えない魔術師など、いっそいない方がマシだ」
「――っ!」
シャロンは己が衝動に身を任せて、駆け出した。
頭にあるのは純粋な殺意のみ。
ギルゼバの喉笛を掻っ切ってやろうと剣を振りかざす――が、叶わない。
目にも止まらぬ速さで両者の間に割って入ったルリが、刃を打ち払い、更に掌底をもってシャロンの腹を打ち据えたのだ。
「ぶぐっ……!?」
その時シャロンは、まるで腹に鉄球でも食らったのかと錯覚したほどだったという。
口中から赤い液体がこぼれ出る。
更にすかさずドラテロがシャロンの懐へ飛び込んできて、大槍を振るった。
ゆっくりと動く時間の中、シャロンはドラテロを見る。
快活に、白い歯を覗かせて笑う、あの頃のドラテロはどこにもいない。
目は虚ろで肌は土気色、どこからどう見ても死体そのものである。
シャロンはすかさず、飛びかけた意識を引き戻し、剣を振るった。
がぎぃっ、凄まじい金属音とともに、火花が散る。
競り勝ったのはドラテロだ。
シャロンの剣は弾かれ、そしてシャロン自身も衝撃で遥か後方へ吹っ飛ばされる。
そして、シャロンが飛んで行った先に待ち構えていたのは――
「父上……っ!」
ルグルス・ヘルティアが、シャロンの軌道上で剣を構えている。
シャロンは咄嗟に空中で身体をひねり、そして回転の勢いで剣を振りかざした。
闇夜に煌めく二つの剣閃、そして衝撃音。
シャロンはかろうじてルグルスの剣を受け止めることが叶ったが、しかしそれだけだった。
ルグルスの人外じみた膂力によって剣ごと斬り伏せられ、地面へ叩きつけられてしまう。
「あ、ぐうううううっ……!!」
みしみしみしっ、と骨の軋む音。
シャロンは悲痛な叫びをあげ、血反吐を吐く。
ただの一振りでこれだけのダメージ――実力差は圧倒的であった。
「ふむ、どうしてそんな絶望的な顔をするのかな、分かり切っていたことだろう?」
地べたに這いつくばるシャロンを見て、ギルゼバは笑った。
「こっちはかつて魔王軍四天王さえ倒しかけた伝説の勇者パーティだ、全員がSランク冒険者なんだよ、君ごときに太刀打ちできるわけが……」
「……勘違いして……いる……ぞ」
「なんだ?」
シャロンは全身を襲う痛みをこらえながら、剣を杖代わりにして、ゆっくりと立ち上がった。
内臓が傷ついている、骨も折れているのかもしれない。
しかし、その目に宿った光は未だ消えずにいる。
その目は、ギルゼバをそこはかとなく不愉快にさせた。
「……絶望ではない、失望だ……よくもまあ、伝説の勇者パーティをこうも改悪できたものだ……」
「改悪、だと」
「そうとも……勇者の娘が言うのだから、間違いはない……彼らは、もっと強かったよ……」
シャロンは吐き出す言葉とともに胸の内から溢れ出そうになる感情を必死で抑えつけた。
本当は今すぐにでも泣き出したい、何も考えず剣を捨て、絶望に身を委ねたい。
しかし、彼女の中に流れる大勇者ルグルスの血が、そうはさせなかった。
勇者の娘としての責務が、彼女の背中を押した。
「……やはり貴様が三流だからかな」
シャロンは言いながら、不敵に笑う。
――これがギルゼバの逆鱗に触れた。
「このっ――!」
ギルゼバは怒り心頭。
ゾンビたちを押しのけて、自ら歩み出る。
そして、やっとの思いで立ち上がったシャロンを、そのまま蹴り倒した。
「ぐっ……!」
「この低俗な! ゴミクズ野郎が! 貴様今なんと言った!? 私に向かって三流だと!?」
ギルゼバは地に伏したシャロンを、狂ったように繰り返し踏みつける。
シャロンの身体には次々と青黒い痣が刻まれ、顔からは鮮血がほとばしった。
「ゾンビとして使ってやろうと思って手を抜いていればいい気になりやがって! クソが! 身の程を知れ!」
初めは呻くように小さな悲鳴をあげていたシャロンであったが、次第にそれも聞こえなくなる。
肉を打ち据える鈍い音が、夜空の下、むなしく響き渡った。
「はあ……はあ……畜生、腹の虫がおさまらん! やはり私自らが殺してやる――!」
息を荒くしたギルゼバが、腰に提げたカトラスでトドメを刺そうとした、その時である。
ぐったりと身体を横たえるだけだったシャロンが、ギルゼバの足を掴んだ。
「なっ!?」
「ゆ、だん、したな……さん、りゅう……」
シャロンが意識朦朧とした目でギルゼバを見上げる。
そこでようやく、ギルゼバは気が付いた。
彼女のもう片方の手の内には、真紅の魔石が握られていることに――
「炎の魔石……!? まさか、貴様!?」
「いたみわけ、と……いこうじゃ、ないか……」
「ふ、ふざけるな!」
ギルゼバは慌ててシャロンの腕を振りほどこうとする。
しかし、一見死にかけに見えるシャロンではあったが、ギルゼバの足を掴むその腕の力とくれば常人のソレではない。
まさしく死力を振り絞っているかのように、決して離れないのだ。
「クソ! クソが! 放せ! 誰がお前なんぞと心中してやると……!」
ギルゼバは半狂乱になって、自由な方の足でシャロンの顔面に蹴りを入れる。
ぱたぱたと鮮血が撒き散らされた。
しかしシャロンは決してギルゼバを放さない。
放さずに、血の泡混じりの声でこう唱えるのだ。
「えくす、ぷろー、じょん……!」
シャロンの握り込んだ魔石が目も眩まんばかりの閃光を放つ。
エクスプロージョン――半径数十メートルに渡ってを爆風によって吹き飛ばす魔法であり、シャロンに残された正真正銘、最後の手段。
「う、うわあああああああああああっ!?」
ギルゼバの悲鳴を聞きながら、シャロンは充足感に満たされていた。
自らは勇者の娘としての責務を全うした、ここで死ねるなら本望だ、と。
そう、思っていた、その瞬間までは。
パキィン、と甲高い音が鳴り響く。
「………………え?」
気が付くと、シャロンの手の内から魔石が消えていた。
近くには片足を振り上げたままの体勢で固まる、武道家ルリの姿が。
――武道家ルリが凄まじい速度で肉薄し、手の内にあった魔石を蹴り飛ばした。
シャロンがこれに気付いたのは、遥か上空で魔石が炸裂してからのことだった。
大地を揺るがすほどの爆発が、夜の闇を切り裂く。
爆風が大地を舐め、土埃を巻き上げ――しかし、それだけだった。
ギルゼバには傷一つない。
勇者パーティのゾンビたちもまたしかり。
作戦は、失敗に終わった。
「は、は……は、はははははははははっ!」
ギルゼバが笑う、狂ったように笑う。
一方でシャロンの胸中は、今度こそ本当の絶望が支配していた。
「少しだけ、本当に少しだけヒヤリとさせられたが、万事問題なし!」
ギルゼバがカトラスを抜き取り、その湾曲した刃をシャロンに突き付ける。
その時、シャロンは見た。
仮面の内に覗く彼の瞳が、どこまでも冷たい光を返すところを……
「……今のは本当に頭にきたよ、面倒だ、もう終わりにしよう」
ギルゼバが、カトラスを高く振り上げる。
その躊躇のない動きを前にしてシャロンは自らの死期を悟った。
「では、死ね」
ギルゼバの驚くほど冷たい声音が響く。
カトラスの濡れたような刃が、月光を返す。
どうしようもない絶望の中、シャロンは諦観に満ちた目で夜空を見上げ――そして、それを見た。
カトラスの切っ先に止まり、前足を擦り合わせる、一匹の蠅を。
「……今の俺は非常に虫の居所が悪い」
シャロンではない、ギルゼバでもない。
どこからともなく聞こえてくる少年の声。
「誰だ!?」
ギルゼバが弾かれたように振り返る。
シャロンもまた彼の視線を目で追って、そして声の主を発見した。
一体いつからそこにいたのだろう。
彼は月明かりの下、佇んでいた。
「……やっとの思いで赤ん坊を寝かしつけて、さあ眠ろうかと思った矢先、どこかの馬鹿が花火を上げた……これがどれぐらい頭にくるか考えたことあるか、潔癖野郎」
――ルード少年は、至極機嫌が悪そうに吐き捨てた。
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