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第2話「魔王の間」


「大勇者ルグルスが死んだか」


 魔王城、玉座の間。

 俺の報告を受けるよりも早く、魔王ギルティア様は言った。


「彼奴ら――特にルグルスは、今までの勇者とは明らかに格が違った、放っておけば必ずや我が最大の脅威となったであろう、大儀であったなガガルジ」


「倒したのはマグルディカルですよ」


「そうか、ではそういうことにしておこう」


 薄衣を一枚隔てた向こう側、ギルティア様は鷹揚に頷く。

 ただそこに在るだけなのに凄まじいオーラだ。

 びりびりと肌が痺れるのを感じる。


 ああ、彼女(・・)は一体――


「……どうして今日はそんなにも偉ぶってるんです?」


「実際偉いからに決まっておろーがぁ!」


 先ほどまでの威厳に満ちた声音とは一転し、どこか間の抜けたような少女の声。

 それと同時に薄衣が引かれ、魔王様の御身が白日の下へ晒される。


 彼女は、魔王ギルティアは――玉座に寝そべってナッツをつまんでいた。

 一見すればただの人間の少女だが、側頭部から生えた二本のねじくれた角がかろうじて魔族の体裁をとっている。


「なんじゃいなんじゃーい、たまーにちょっと魔王っぽく振舞えばすぐにケチをつけてくる、お前はアレじゃな、子どものやる気を削ぐタイプの父親になるぞ」


「当面はその予定もないんで……というか他の部下には絶対見られないようにしてくださいね、ソレ」


「当たり前じゃ! こんな情けない姿他の奴らに見せられるか!」


 などと言いながらナッツをこりこり噛み砕く魔王様。

 情けない姿という自覚はあるのか。

 そしてなんで俺になら見せてもいいという理屈になるんだ。


「そりゃあ、お主とは長い付き合いじゃからの、四六時中この布切れで素顔を隠しながら威厳を保つのは大変なんじゃ」


「今部下たちの間では“魔王様イケメン説”と“魔王様実は老人説”の二大勢力が争ってますよ」


「え? 美少女説は?」


「ありません」


「まじか……」


「ちなみに老人説の方が優勢です」


「まじか……」


 ギルティアは露骨にショックを受けた様子で、こりこりとナッツを噛み砕いている。

 信じがたいことにこれが魔王である、俺たちの王である。


 角の生えた幼女――もとい魔王様は、ふうう、と一つ深い溜息を吐いて。


「……まあ、それはともかくとしてもよくやってくれたよ実際、マグルディカルを救い、勇者パーティを倒した」


「倒したのはマグルディカルですけど」


「失敬失敬、そうじゃったな」


「しかし勇者が死んだということは……」


「次の勇者が生まれるということじゃの」


 ギルティアが真剣な眼差しをこちらへ向けてくる。


 ――勇者とはいえ、万能ではない。

 今回のように力ある魔族の手にかかることもあれば、自らが勇者に選ばれたのだと気付く間もなく、人間同士のいざこざに巻き込まれて死んでしまうことも往々にして、ある。

 そんな時、勇者と言う責務はどこぞの誰かに託される。

 このようにして我々魔族と勇者は、気の遠くなるほどの長い間、勇者たち(・・)と戦い続けてきたのだ。


「勇者として選ばれた人間は、成長すれば必ず俺たち魔族を脅かす存在となる……前々回の勇者シルファの時のように、勇者として覚醒しきる前に見つけ出せれば良いのですが」


「そのことなんじゃが」


「なにか問題でも」


「実は、次なる勇者を捕捉することに成功したのじゃ」


「……なんですって?」


 なんの冗談かと思った。

 しかし、ギルティア様の表情はいたって真剣である。


「いくらなんでも早すぎませんか? 前勇者ルグルスが倒れて四日――今回の勇者はまだ生まれたばかりの赤ん坊のはずだ、見分けようがない」


「長年の研究の成果はあったというわけじゃな」


「研究? 一体なんの話を……」


「実は、勇者という役割がどのようにして次なる勇者へと譲渡されるのか、その仕組みを僅かながら解き明かすことに成功した」


「そんなバカな!?」


 ――勇者システムの仕組みを解析した、だって?

 歴代の魔王たちがついぞ解くことのできなかった永遠の謎を、彼女が解き明かしたというのか?

 魂の在り方、上位存在の意思、それはすなわち神の領域へと踏み込む行為――


「まぁまだその尻尾を掴んだという程度の話じゃ……しかし次の勇者は、間違いない」


 彼女はおもむろに一枚の古びた地図を取り出し、ある一点に印をつける。

 それは魔王城から見て北北西に位置する、遠く離れた辺境の地――


「ラカムの村、ここに生まれるアルシーナという名の赤子、それが次の勇者じゃ」


「なんと……!」


 俺は思わず言葉を失ってしまった。

 なんせ彼女は、生後一週間も経たない赤子が次の勇者であると断言したのだ。

 これがもし本当だとすれば、前代未聞の出来事である。


「や、やはり殺すんですか?」


 我ながら、馬鹿なことを聞いている。

 当然、殺すに決まっているだろう。

 不穏分子は、無力な“芽”の内に摘み取るに――


「はぁ? なーーーにを馬鹿なことを言っておるんじゃ、殺すわけがなかろう、勿体ない」


 しかし、彼女の反応は予想していたものとはだいぶ違った。

 「いいか?」彼女はナッツをこちらへ突き付けて言う。


「この赤子を殺したところでどうなる? すぐに次の勇者が生まれるだけじゃ、加えて次も勇者が特定できるとは限らないのじゃぞ」


「それはごもっとも……しかしだからといってどうするつもりで?」


「決まっておる、保護(・・)するんじゃ」


 ……彼女が何を言わんとしているのか分からない。

 勇者を保護? 遠からず俺たち魔族の脅威となる存在を、保護?


「もう少し分かりやすくお願いできますか」


「鈍いのう、いいか? 勇者は赤子、まだ何も知らぬ、とくれば……使い道は色々あるではないか」


「……まさか!」


 そこまで言われて、俺はようやく彼女の意図を理解した。


「勇者を洗脳して、仲間に引き込むつもりですか!?」


「かっかっか、それができれば御の字じゃがなぁ」


 ギルティア様は満足げにナッツを噛み砕く。

 細く開いた瞼の先に覗く、その瞳の中には、確かに魔王らしい黒々とした漆黒が穴をあけていた。


「まぁそんなにも上手くいくとは思っておらん、例えばあえて勇者として覚醒させ――瞬間! 衆目の前でむごたらしく殺し、魔王軍の恐ろしさを人間どもに知らしめる! ……方法は色々あるさな」


「なるほど、それは確かに素晴らしい案です! ……が、一つ問題があります」


「なんじゃ?」


「その、洗脳したり、仕向けたり、覚醒させたりと裏から色々と手を回す面倒な役回りを、一体誰が?」


「やっぱり鈍いのう、おぬし」


 そう言って、彼女はすっとこちらを指す。

 俺は咄嗟にあたりを見渡した、しかしながらこの玉座の間にいるのは、魔王様と俺の二人だけで……


「俺ェ!?」


「理解してくれたようでなによりじゃ、では怪蟲神官ガガルジよ、急ぎラカムの村へと出向き、次なる勇者アルシーナと接触するのじゃ」


「いえ、無理無理無理! というかなんで俺なんです!? 他にいくらでも適任はいるでしょう!? 顔のいいやつとか口の上手いやつとか……!」


「たわけ! 今回の任務は極秘、しかも決して失敗は許されないのじゃ! となればお主以外に適任はおらん! ワシはおぬしを信頼しておるのじゃ!」


「そんな虫のいい……」


「つべこべ言うなぼけなす!」


「いだっ!?」


 びしっ、と額に衝撃。

 どうやらナッツを飛ばしてきたらしい。

 食べ物で、遊ぶな……!


 うずくまって痛みに悶えていると、ギルティア様は俺の前に立ちはだかって、命令した。


「――手段は問わん! アルシーナに近付け! 友人でも恋人でも、なんでも構わん! そして我ら魔王軍にとって最も益のある方向へ誘導するのだ! 任務が終わるまで帰ってきてはならん! 以上!」


 理不尽すぎる!

 二発目のナッツは食らいたくはないので、俺は心の中だけで叫んだ。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 さて、魔王ギルティアと四天王の一人ガガルジの密会の最中。

 玉座の間を隔てる巨大な扉の前で、がりがりと手指の爪を齧る男の姿があった。


「極秘の任務だって……? あの薄汚い虫野郎が何故、魔王様から直接……」


 男――マグルディカルは、嫉妬に濁った眼へ妖しい光を灯す。

 手指の爪はすでに肉まで食い込み、鮮血が滴っていた。

 しかし、彼はそんなものまるで気にした様子もなく、きひっ、と狂気じみた笑みを浮かべて。


「でも都合がいい……汚点は速やかに始末しなきゃな……ボクが清々しい朝を迎えるためには過去の“恥”なんて許しちゃならないんだ……」



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