第10話「夕暮れ」
『はーーーーーー死ぬかと思いましたよ』
そう言って、ずいぶんと風通しのよさそうな身体つきの彼は、外れた頭蓋骨を元の位置にはめ込んだ。
それは笑えばいいのか、どうなのか。
少し判断に迷ったが、別に笑ってやる義理もないので無視した。
「アンタが、村で話題になっていたお化けなのか?」
こちらの問いに対し、スケルトンはいまいち首の据わりが納得いかないらしく、微調整を続けながら答えた。
『ええ、おそらく私のことで間違いないと思われます、なんせこんなナリですからねえ』
「ラカムの村の住人か?」
『いえいえ、私しがない流れのスケルトンでございます、偶然立ち寄ったこの森の居心地がとてもよろしいので、つい長居をしてしまいました』
かこん! と音が鳴って、彼の頭蓋骨があるべき場所に戻る。
たいそうご満悦のようだが……くそ、気が散るのでやめてほしい。
「村人を襲ったりは?」
『まさか滅相もありません! 第一、襲ってどうすると言うのですか! なにもできません! そんなことをしたって、まさに骨折り損のくたびれ……』
「あーもう分かった分かった、一応聞いただけだ、じゃあ本当にただ居ついてただけなんだな」
『理解してもらえたようでなにより! ――ところで坊ちゃん! すさまじい強さでしたなぁ!』
「そんなことはない、アンタが弱すぎるだけだ」
『いやはや手厳しい! 私これでも生前はちょっと名の知れた冒険者でしたのに!』
「じゃあ腕が落ちたんだな」
『落ちたのは頭でしたけどね!』
コツコツコツ、と奇妙な音を鳴らしながら笑うスケルトン。
……なんだコイツは、骨だけの身体のくせに、生きてる人間よりよっぽど元気じゃないか。
「こんなのがお化けの正体とはな……」
ああ、ミュゼル嬢はきっと怒っているのだろうな。
あれだけ怯えていたお化けの正体がコレだと知ったら……
そう思いながら彼女の方へ振り返ると――何故か、彼女の視線は俺に向いていた。
そのくりっとした眼で、驚いたようにこちらを見つめているのだ。
「……どうしました?」
「ルードって、見た目よりずっとゆーかんなのね……」
「勇敢? 何がです?」
「だ、だってそれ、アンデッドなのよ?」
それ、と言って、ミュゼル嬢はスケルトンを指す。
「……そうですね、アンデッドです」
「こ、こわくないの?」
「怖い……?」
俺はスケルトンの彼を見やった。
彼は骨をぱきぱきやりながら、伸びをしている。
「……どこがです?」
「だって、かみつくかも……」
「あんな歯茎もない歯に噛みつかれたところでどうだと言うのです、ミュゼル嬢に噛みつかれる方がよっぽど怖い」
「あ、あたしはレディだからかみついたりしないわよ!」
「そうですね、噛みつきませんね、失礼しました」
『ちなみに私、虫歯は一本もありませんよ』
「そうか、よかったな」
『な、なんだか私の扱い、すごく雑なんですけども……』
露骨にしょんぼりするスケルトン。
無視、無視。
面倒臭いのを一度に二人も相手にできるか。
「か、かみつかなくても、ぶつかも!」
「あんな細っこい腕で殴られたってどうってことありませんよ、何がそんなに怖いんです?」
「だ、だって……しんだ人がうごいてるのよ!? こわくてあたりまえだわ!」
「別にいいじゃないですか、生きて動く人間がこれだけたくさんいるんだから、死んで動く人間の一人や二人いたとしても」
「そ、そういうものなのかしら……?」
「そういうものですよ」
ミュゼルはどこか釈然としない様子だが、半ば無理やり納得させた。
ちなみに俺がスケルトンに驚かない理由は単純明快――俺が魔王軍四天王の一人だからである。
スケルトンなんぞ珍しくもなんともない、それだけだ。
『理解してもらえたところで、改めてご挨拶をば――ご機嫌ようお嬢さん、私のことは気軽にスケさんとお呼びください』
「す、スケさん……? ご、ごきげんよう……」
『お近づきのしるしにこれを差し上げましょう、可憐なお嬢さん』
「あ、ありがとう……でもなにかしら、この白いのは……」
『野ネズミの骨です』
「ぴゃあっ!!?」
甲高い悲鳴をあげて仰け反るミュゼル。
次の瞬間には、俺がヤツの顎関節に手を添えている。
「スケルトンの間では妙な挨拶が流行っているんだな……このまま一本ずつバラバラにして、標本にしたっていいんだぞ」
『ガコッ……い、嫌ですねえ坊ちゃん、ほんのジョークですよ、ジョーク……』
ぎこちなく顎を鳴らして、スケルトンが笑う。
一方ミュゼルは、ぷくうと頬を膨らまして、必死で涙を堪えていた。
「れ、レディのあつかいがなってないわ……あたしやっぱりスケルトンなんてきらいよ……!」
『ああ、なんと不名誉なことでございます! これでは紳士の名折れ、どうぞこれをお受け取り下さい!』
「……またほねわたすつもりでしょ……」
『滅相もございません! こちら可憐なお嬢さんによく似合う一輪の花にございます!』
「……まあ! ほんとだわ! きれいなお花!」
『とてもよくお似合いです!』
「でも見たことがないわ、なんというなまえのお花なの?」
『さあ……私の肩甲骨のあたりに生えていた花です、綺麗なので摘んでみたのですが、名前まではちょっと……』
「ぴゃあっ!?」
『――ガコッ』
問答無用。
ミュゼルがひっくり返るのと同時に、俺はスケルトンの頭蓋骨を叩き落した。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
そんなこんなで、すっかり夕方である。
『また遊びに来てくださいね、素敵なお嬢さん』
「――もうこないわよ、バカァ!」
この短い時間の内に一生分驚かされたミュゼルは、去り際に涙ぐんで言った。
スケさんはそんなの微塵も気に留めた様子はなく、かちゃかちゃと手を振って、俺たちを見送った。
「しんじられない……スケさんはレディのあつかいがまるでなってないわ……!」
ひっくひっくとしゃくりあげながらミュゼルが言う。
依然、俺の服の袖は掴んだままだ。
いい加減、袖がくしゃくしゃである。
「……けっきょく、日がくれるまでいっしょにいちゃったわね、ルード」
木々の合間を縫って進んでいると、ミュゼルがおもむろに言った。
「そうですね」
「あたしもうおなかがぺこぺこよ、おひるのシチューも食べそこなっちゃったわ」
「すみませんね、付き合わせてしまって」
「ほんとうよ! こんなじかんまで森にいたって知れたら、きっとおかあさんたちカンカンになるわ!」
「それは大変だ、じゃあこれは二人だけの秘密にしておきましょう」
「秘密ね」
「秘密です」
「……ねえルード」
「なんですか、ミュゼル嬢」
「……まだおれいを言ってなかったわ、さっきはたすけてくれて、ありがとう」
「大したことはしてませんよ」
「でもルードがいなかったらきっとわたし、スケさんに会っただけでしんぞうが止まっちゃってたわ」
「そんな大げさな」
「ううん、きっとそうよ……」
ぎゅっ、とひときわ強く袖を引かれる
振り返ってみると、彼女の顔は耳まで夕焼け色に染まっている。
彼女はそれを隠すように、伏目がちに
「……またいっしょにあそびましょ」
まるで虫の羽音のようにかぼそい声で、そう言ったのだ。
「……考えておきます」
答えながら、俺は心中で深い溜息を吐き出した。
本当に、俺は一体何をやっているのだ……
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