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ドラゴンハンター

作者: 新井真


「ドラゴンハンター? ほー。復活したんだな、その制度」


 鍛冶屋の男は、入り口近くの木の丸椅子に座っている少年が発したその単語に懐かしさを感じ、思わず振り向いた。


「そうなんスよ! おじさんも知ってるっスか、ドラゴンハンター。いやあ、今まで本で読んだだけだったんで、すごくワクワクするっス!」


 少年は、群青色の被り物と上着という、かつて英雄とされたあるドラゴンハンターのような格好をしていた。こういうのは形から入るタイプだ。


「ドラゴンハンターなぁ。坊ちゃんが生まれる前くらいにゃ、そこらでドラゴンが出たもんさ」

「知ってるっス! 歴史書で読んだっス!」


 ドラゴンは本来、高い山の上や深い森の中、水の底や地中など、人間とは全く別の場所で生活する存在だった。だが、時代が進むにつれて次第に人里に現れるようになった。雷雲と共に国にやってきて、畑や家を荒らしていく。当時は、非常に大きな問題になった。

 そんなドラゴンをなんとか討伐出来ないかということで始まったのがドラゴンハンターだ。そして肝心のドラゴンの数の減少により、ドラゴンハンターが廃止されたのは10年前の出来事だった。


「俺、トップドラゴンハンターになりたくて、この間から剣術習い始めたんス! 先生からは筋がいいって褒められちゃってェ」


 自分で言っておきながら、恥ずかしそうに頭をかく。

 探し物が見つからず、鍛冶屋は台から降りて次の4×4の引き出しの棚の捜索に移った。少年のあとにはもう一人、20代後半くらいの長身の男がつかえている。少年の隣で不機嫌そうに座っている。二人は少年の言葉に驚きを隠せなかった。鍛冶屋は引き出しに指を詰め、隣の男は視線を虚空から少年へと移した。


「習い始め――!? 坊ちゃん、今までなんかと戦ったことあるのか? いや、戦ってなくてもいい、武器を使ったことは? えーと、この辺だったかな……」

「ないっス!」

「ええー……。それは危ない。そんなにドラゴンハンターになりたいのか?」

「はいっス! 先代のトップドラゴンハンターは様々なドラゴンをバッタバッタと斬り倒し、この国を救ったんス! すっげえカッコいいと思いません!?」


 興奮のあまり立ち上がる少年。憧れの人物の武勇伝を語る。


「あのなあ、ドラゴンってのは、例外はあるけど基本的にでかいんだぞ? 今のお前の何倍もある。そいつがどんなに強くっても、バッタバッタってのァ、嘘だろ。うん、嘘だ」

「嘘じゃないっス! トップドラゴンハンターの像のプレートにもそう書いてあったっス!」

「像……あの汚いやつな」

「汚いとはなんスか! 汚いとは! 侮辱とみなすっスよ!?」

「ああ、すまんすまん。おっ、あったぞ」


 鍛冶屋は、右上の棚から緋色のリボンを見つけた。そして完成していたゴテゴテした刃を持つ剣の柄に結んだ。


「完成だ。お待ちどう」

「うおおー! これで先代ドラゴンハンターとおんなじっス! これで気も引き締まるってもんス! ありがとうっス、鍛冶屋さん!! これ、お金っス!」


 机に置かれた剣をひょいと持ち上げ、代わりに袋に入ったお金を置く。中の硬貨がジャラリと音を立てる。


「おう、頑張れよ! 街への道は分かるか? 最初の分かれ道を右に曲がって、あとはずっと真っ直ぐ行きゃ、そのうち城が見えるはずだぞ!」


 剣を片手に走っていく少年に、笑顔で手を振る鍛冶屋。そして、やっと邪魔者はいなくなったとばかりに、順番待ちをしていた男が立ち上がった。

 真紅の長髪と紫紺のコートをなびかせながら、ため息交じりに歩み寄る。


「……やかましい少年でしたね。リボン探し、お疲れ様でした」

「おうっ。待たせたな。ヒッ、金貨ァ!?」


 鍛冶屋は少年の置いていった金袋の中身を確認し、その金額に驚いた。男はまたため息をつき、頭を抱える。


「金持ちの子供がちっとばかし剣を習った程度でドラゴンハンター採用試験に出る時代か。まだ10歳程度だろ。平和ボケが酷すぎる。親は一体なにを考えているのか……」

「そういうことは言いなさんなって。俺は15くらいになりゃあ、剣一本持っていろんなとこ駆け回ったもんだ」

「5年は大きいと思います」

「悪い。んで、注文なんだっけか?」

「あ、一番大きく丈夫な剣を……」

「あいよ」


 棚をどかし、後ろの倉庫から一番大きな剣を探しはじめた。


「全く。あんな式典用の装飾だらけの剣でドラゴンを狩ったわけがないだろう。先代トップドラゴンハンターが使っていた武器は未だに分かっていないんだ」

「おっ、兄ちゃんも詳しいね」

「この程度、ドラゴンハンターを志す者には常識ですよ。しかもあの子ども、今まで武器を扱った経験がないときた。あの程度でトップドラゴンハンターになろうとは、ふざけるのも大概にしてほしいものだ」

「まあまあ、兄ちゃん。そう怒んないでやってくれや。夢を持つのは自由だろ。……あっちの方かな」

「少しは身の程を弁えてほしいということですよ。遊びじゃないんですから」


 気を紛らわそうと、男は髪をかきあげた。


「ほら、これはどうだ? 立派な大剣だろ?」


 しばらくして鍛冶屋は、自分の身長ほどの剣を背負ってきた。ガタイのいい鍛冶屋と似通った背丈を持つ、この男ならば扱うことは苦ではなさそうだ。


「感謝します。これは……素晴らしい武器ですね。こんな隠れたような場所ではなく、もっと街の近くで鍛冶屋をされてはいかがですか。あなたのような腕があれば、儲かること間違いなしですよ」


 一振りすると、男の目の色が変わった。あつくなってそう言うが、肝心の鍛冶屋は「別にいいんだよ」と冷めた様子。

 男は金を払い、採用試験の行われる会場に向かおうとした。と、店から出る際、新たに来た別の客にぶつかりそうになった。


「おっと、すまない」

「いえ、こちらこそ」


 お互い短く謝罪する。

 やってきたのは、鍛冶屋の顔なじみの青年だった。長身の男は、また子供かと顔を曇らせた。

 青年は、長身の男が見えなくなるまでその姿を見ていた。


「珍しいな。俺の他に客が来てるなんて。もしかして初めてか?」

「ばかやろう。客が来ねえと、俺が生活できんだろうが」

「それもそうか。オッチャン、とりあえず剣をくれ。前に一回頼んだことあったよな」

「剣? お前もドラゴンハンター試験か?」


 鍛冶屋は青年に問いながら、壁にかけていた細く軽い剣を渡した。値段をつけた中でも一番安いものだ。


「そうさ。うん、あんがと。これ、金な」

「おい、大丈夫か。ドラゴンハンターはいつもの動物を狩るようにゃいかねぇぞ」

「この剣があるから平気さ。じゃあな!」

「あっ、待てっ……。ったく、平気なわけねぇだろ……」


 青年は鍛冶屋の制止を聞かずに店を飛び出していった。


「懐かしいわね。ドラゴンハンターなんて」


 ふと部屋の奥から鍛冶屋の妻が姿を見せた。


「あんたもああいうタイプだったわよね。『俺は道具には頼らない』なんて言って、出来損ないの剣を無料(ただ)で持ってっちゃって」

「いざ作る側に立ってみりゃ、なんでもいいのかよってなるもんなんだな。ま、いつも通り失敗作を引き取るんじゃなくて、剣一本買ってってくれただけ良かったとするか……」


 鍛冶屋は寂しそうに体を丸める。その様子を見て、妻は口に手をあて、ふふふと楽しそうに笑った。


「もうすっかり丸くなっちゃったわね。国をわかせた先代トップドラゴンハンターさんは」

「るせぃやい」


 彼女が来たということは、そろそろ昼飯時だということだ。鍛冶屋は一度休憩をとろうと準備中の札を持って扉のそばに移動した。


「おっ?」

「あっ、あの、すみません。武器を見せて欲しいんですけど……」

「オレも、いいですか?」

「ぼくも」


 気がつくと店の先には行列ができていた。格好からして、採用試験に参加するであろう者たちだった。


「こ、これは一体!?」

「この森にいい武器鍛冶屋がいるって聞いたんですよ」

「それは、どんなやつだ!? 背の高い……」

「い、いえ。青っぽい髪で、まだまだ若い、10代かそこらの……ですかね。ここの職人さんですよね。彼、絶賛してましたよ」

「……あいつめ」


 10年ぶりに復活するドラゴンハンター。鍛冶屋は、店先に並ぶ様々な顔ぶれを見て、当時のことを思い出した。


「よし。じゃあ、どんな武器が欲しいんだ?」


 彼は客に尋ねた。

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